47 市民集会
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47 市民集会
それから数日後、悠人と葵は市役所の会議室を借り、市民向けの意見交換会を開くことになった。
「未来創生特区」の施策がどれだけ機能しているのか、市民の生の声を直接聞くためだ。
「本日は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます」
会場には20名ほどの市民が集まっていた。若い夫婦、シングルマザー、共働きの家庭、高齢者、外国人家庭など、さまざまな立場の人々が参加している。
「私たちは今、陽乃市の育児支援制度の現状を分析し、より良い形に改善するための調査を進めています。皆さんが実際にこの街で暮らして感じたことを、率直にお聞かせください」
悠人がそう切り出すと、最初に発言したのは30代の母親だった。
「私は、この街に引っ越してきて本当に助かっています。特に無料の保育サービスとAI育児支援は大きいですね。前の町では保育園の空きがなくて、一度仕事を辞めざるを得なかったんです。でも、ここではそういう心配がないので、キャリアを諦めなくて済みました」
それに対し、別の男性が手を挙げた。
「ただ、無料保育といっても、実際には枠が限られているんですよね。仕事のシフトが変則的な人間にとっては、予約制だと使いづらい面もあります」
「なるほど……柔軟な対応が必要ということですね」
悠人はメモを取りながら頷いた。
次に発言したのは、高齢の女性だった。
「私はもう子育てを終えましたが、今は地域の育児ボランティアとして活動しています。昔に比べると、親が一人で抱え込む育児ではなくなったのはいいこと。でも、ボランティアの負担が増えているのも事実です。もっと支援の手を広げる方法を考えてほしいですね」
「ボランティア制度の持続可能性……これは重要な課題ですね」
悠人は改めて考え込む。
さらに、外国人家庭の代表として、先日話を聞いた王さんが手を挙げた。
「私たち、日本語、まだあまり分からない。でも、支援のこと、知りたいです。もっと簡単に分かる情報がほしいです」
葵がすぐに答える。
「そうですね。支援の周知方法についても改善が必要ですね。多言語対応のガイドブックを作ったり、サポート窓口を強化したり……」
こうして、市民たちの意見は次々と交わされ、悠人はその一つひとつを丁寧に記録していった。
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48 データと実体験のギャップ
市民集会を終えた後、悠人と葵は資料を整理しながら振り返っていた。
「やっぱり、データだけじゃ分からないことが多いですね」
葵が言うと、悠人も頷いた。
「そうだな。政府に報告するには数値的な成果も必要だが、今日の話を聞く限り、まだ見えない課題が山積みだ」
「でも、市民の生の声をこうして集められたのは大きな収穫です。現場の意見と、データの乖離をどう埋めるかが今後のポイントになりますね」
「そうだな……データとしては陽乃市の出生率は上がっている。でも、それだけでは“成功”とは言えない」
悠人は資料を見ながら考える。
「子どもを産み育てる環境が本当に整っているのか、それを示すにはどうすればいいか……」
「例えば、育児の負担が軽減されたと実感している親の割合や、この街に住み続けたいと思う人の増加率なんかを調べるのもいいかもしれませんね」
葵の言葉に、悠人は顔を上げた。
「それだ。出生率だけでなく、“住みやすさ”を数値化する指標を作るんだ」
この瞬間、悠人の中で新たな方向性が見えてきた。
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49 政府との交渉へ
市民の意見をもとに、悠人たちは報告資料を作成し、ついに政府との交渉に臨む日を迎えた。
「これまでの成果を報告する場とはいえ、慎重に進めないといけませんね」
「ええ。でも、ここで認められれば、陽乃市の取り組みが全国的に広がる可能性もある……頑張りましょう」
二人は強い決意を胸に、会議室へと足を踏み入れた——。
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