表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未来の約束  作者: 蔭翁
2/42

**第2章「陽乃市の現実」**

第2章 陽乃市の現実


 「まもなく、陽乃市に到着いたします」


 新幹線の車内アナウンスが流れ、悠人はスーツの袖口を軽く整えながら、窓の外に広がる景色を見つめた。


 駅へと近づくにつれ、都市の輪郭がはっきりと浮かび上がる。低層のビルが整然と並び、緑地が豊富に配置された街並みは、いかにも計画的に整備された未来都市といった印象を与えた。


 悠人はふと、車内のスクリーンに映るPR映像を眺める。


 「子どもを産み育てることが、誰にとっても幸せな選択となる社会を——」


 ナレーターの落ち着いた声が響く。


 映像には、育児を楽しむ親たち、整備された保育施設、そして街全体で子どもたちを見守る様子が映し出されていた。理想的すぎるその光景に、悠人はわずかに眉をひそめる。


 「そんなにうまくいくものか?」


 彼の経験からすれば、社会というものはそう簡単に変えられるものではない。制度を作ったところで、実際に動かすのは人間であり、そこには必ず軋轢や矛盾が生じるものだ。


 それを、この街はどう克服しているのか。


 悠人の脳裏には、今回の転勤を命じた上司の言葉が浮かぶ。


 ——「お前なら、何かを見つけられるはずだ」


 その「何か」とは、一体何なのか。


 新幹線がゆっくりと減速し、悠人の乗った車両がホームへと滑り込んでいった。


 陽乃市駅——日本の未来を担う、特別な街の入り口。


 悠人は、静かに深呼吸をして、ホームへと降り立った。



---


1


 改札を抜けると、広々とした駅前広場が広がっていた。


 悠人はスーツケースを引きながら、周囲を見渡す。


 清潔で整然とした街並み。街路樹が並ぶ歩道にはベビーカーを押す親子の姿が目立ち、至るところにAI搭載の案内ロボットが設置されている。


 「いらっしゃいませ、陽乃市へようこそ!」


 突如、流れるような女性の声が響いた。


 視線を向けると、駅前の大きなデジタルサイネージに、**AI育児支援システム「ママリー」**の映像が映し出されていた。


 画面の中のママリーは、穏やかな笑顔を浮かべながら続ける。


 「ここ陽乃市では、すべての親が安心して子育てできる環境が整っています。困ったことがあれば、ママリーがいつでもサポートいたします」


 悠人は、その様子をじっと観察する。


 「……本当にここは、育児天国ってわけか」


 ふと、近くのベンチに腰掛けていた若い母親が、スマートフォンを操作しているのが目に入った。画面には、ママリーのアプリが開かれている。


 「お昼寝の時間はあと10分ですね……了解です」


 まるで家庭教師と会話するかのように、彼女はスマホに話しかけている。


 悠人は軽くため息をついた。


 便利な世の中になったものだ。しかし、これは本当に良いことなのだろうか?


 「親がAIに頼りすぎることで、本来持つべき判断力を失うのでは?」


 そんな疑問が、彼の胸中に浮かぶ。


 陽乃市は、確かに最先端の育児環境を整えている。だが、その分、どこか「人間の感覚」が希薄になっているようにも思えた。


 悠人は改めてスーツケースを引き、迎えの車が待つロータリーへと足を向けた。



---


2


 「深澤さんですね?お迎えにあがりました」


 ロータリーに停まっていた黒い車の前に、スーツ姿の男性が立っていた。


 「真鍋啓介まなべ けいすけ」。


 陽乃市の市長であり、未来創生特区のリーダー。


 42歳、がっしりとした体格に、鋭い眼差し。陽乃市の施策を推進する中心人物だ。


 「初めまして、市長の真鍋です。ようこそ、陽乃市へ」


 悠人は軽く会釈しながら、車に乗り込んだ。


 車内は静かで、窓の外には整然とした街並みが広がる。


 「この街、どう思いますか?」


 運転席から真鍋が尋ねた。


 「よく整備されている印象です。ただ、まだ実際のところはわかりませんね」


 悠人は率直に答えた。


 真鍋は小さく笑い、フロントミラー越しに彼を見た。


 「……いずれ、わかりますよ。この街が、本当に理想なのかどうか」


 その言葉には、どこか含みがあった。


 悠人は、ぼんやりと窓の外を眺めながら、自分がこれから関わることになる「未来の実験都市」の真の姿を、知ることになるのだろうと感じていた。


 ——理想と現実。その狭間にあるものとは、一体何なのか?


 車は静かに、陽乃市の中心へと進んでいった。



---


【第2章 完】


この章では、悠人が陽乃市に到着し、表面的な理想の姿を目にしながらも、どこか違和感を覚え始める様子を描きました。


次の章では、彼が実際に市内で生活を始め、人々との関わりを通じて、**陽乃市の「見えない課題」**に気づいていく流れを描いていきます。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ