市民向け説明会の開催と、田村議員の妨害工作の具体的な展開をじっくり描いていきます。
第6章 試験プログラムの始動(続き)
30 市民説明会の準備
陽乃市役所の会議室では、説明会に向けた準備が着々と進められていた。
悠人は、資料の最終チェックをしながら、周囲の職員たちと意見を交わしていた。
「プレゼンの流れはこれで問題ないと思うが、市民の不安をどう払拭するかが課題だな」
市の担当者である佐々木が頷く。
「ええ。特に、財政面への影響と企業側の負担について質問が集中するでしょう。田村議員側がその点を煽っていますから」
悠人は資料をめくりながら、眉をひそめた。
「無駄な税金を使うな」
「企業に負担を押し付けるな」
SNSでは、すでにそんな声が散見される。
(田村議員が背後で動いているのは間違いない……)
悠人は一つ息をついて、立ち上がった。
「企業側の理解は得られた。だが、市民の納得なしにこのプロジェクトは成功しない。感情の部分にどう訴えかけるかが鍵になる」
そのとき、扉がノックされ、葵が入ってきた。
「すみません、資料作成を手伝わせてもらえませんか?」
悠人は意外そうに彼女を見た。
「説明会に参加するのか?」
「はい。市民の目線から話せることもあると思うんです。それに……やっぱり他人事じゃないですから」
彼女の言葉に、会議室の雰囲気が少し和らいだ。
「心強いな。ぜひ力を貸してほしい」
悠人が微笑むと、葵も頷いた。
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31 説明会当日
説明会は、市民ホールで開催された。
会場には、約200人の市民が集まっている。高齢者の姿も目立つが、子育て世代の夫婦や、独身の若者の姿もあった。
壇上には、悠人、市の職員数名、そして葵が並ぶ。
悠人がマイクを持ち、会場を見渡した。
「本日は、お忙しい中お集まりいただき、ありがとうございます。市の新たな取り組みについて、皆さんに直接ご説明し、ご意見を伺いたいと思います」
悠人は、まず現状のデータを示しながら、陽乃市の少子化の深刻さを説明する。
出生率の低迷、若年層の流出、地域経済の縮小——。
それらの数字は、決して他人事ではない現実だった。
「そこで、私たちは新しい働き方と育児支援の両立を目指し、試験プログラムを導入することを決めました」
スライドには、企業と連携した柔軟なワークスタイルの導入、保育環境の整備、税制優遇措置などの概要が映し出される。
「これは、市だけでなく、企業、地域、そして市民の皆さんと一緒に作っていくプロジェクトです」
悠人の説明が終わると、すぐに会場のあちこちで手が上がった。
最初に発言したのは、50代の男性だった。
「企業が負担する部分が多すぎるんじゃないか? 結局、それが回り回って市の財政に響くことにならないのか?」
悠人は冷静に答える。
「確かに、初期の段階では市の財政負担が発生します。しかし、これは長期的な投資です。若い世代が増え、地域経済が活性化すれば、税収の増加につながります」
続いて、30代の女性が質問した。
「でも、子どもを産まない選択をした人にとっては、不公平では? 育児支援にばかりお金をかけるのは納得できません」
会場がざわつく。
この意見は、田村議員の支持層がよく掲げる論点の一つだった。
悠人は、一拍おいてから答えた。
「確かに、全ての方が子育てをするわけではありません。しかし、地域全体の未来を支えるためには、子どもたちの育成が欠かせません」
彼は、スクリーンに映されたデータを指した。
「現時点で出生率が1.0を切っている状況では、20年後には社会の維持すら難しくなります。それは、全ての市民に影響を与える問題です」
会場の空気が変わり始めた。
悠人は、さらに続ける。
「この制度は、単に子育て世代を優遇するものではなく、地域全体の未来を守るためのものです。すぐに結果が出るものではありませんが、私たちの街の将来のために、ぜひご理解いただきたいと思います」
この言葉に、会場の反応が少しずつ変わり始めた——。
しかし、そのときだった。
「いい加減なことを言うな!」
突然、会場の後方から怒声が飛んだ。
立ち上がったのは、60代の男性だった。
「どうせ税金の無駄遣いだろう! 俺たちの世代には何のメリットもないのに、勝手に話を進めるな!」
ざわめく会場。
その後ろには、田村議員の姿があった——。
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32 田村議員の策略
田村議員は、静かに腕を組んでいた。
(やはり、感情の部分を刺激するのが一番だな……)
彼は、事前に支持者たちを説明会に参加させていた。
目的は市の方針に疑問を持つ市民を増やすこと。
そして、混乱を引き起こし、試験プログラムを白紙に戻させること——。
「どうして、俺たちの税金でそんなことをやるんだ!」
「企業だって、こんな負担を押し付けられて黙ってるわけがない!」
会場は、徐々に混乱し始める。
悠人は、マイクを握りしめた。
(冷静になれ……こういうときこそ、感情的になってはいけない)
しかし、そのとき——
「みなさん!」
葵が、一歩前に出た。
彼女の声は、会場に響いた。
「私は、シングルマザーとしてこの街で子どもを育てています。でも、子育ては一人の力ではできません。地域の支えがあってこそ、子どもたちは成長していきます」
葵の言葉に、会場の空気が変わり始める。
——この瞬間が、試験プログラムの成否を分ける大きな岐路となるのだった。
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【第6章 続く】
次回は、
✅ 葵が市民に伝えた本当の想い
✅ 田村議員との直接対決
✅ 試験プログラムの未来が決まる瞬間




