未来の約束
小説『未来の約束』の序章と第1章を小説らしい文体で執筆していきます。
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『未来の約束』
序章 陽乃市の朝
陽乃市の朝は、どこまでも穏やかだった。
澄み切った青空の下、並木道を抜ける風が柔らかく枝葉を揺らす。広々とした歩道では、ベビーカーを押す母親や、電動自転車で登園する父親の姿が行き交い、カフェのテラス席では、コーヒーを片手に談笑する若い母親たちがいた。
ふと目を引くのは、その傍らで動作する育児支援AI「ママリー」。タブレット端末の画面に表示された穏やかな女性の顔が、育児に関するアドバイスを次々と語りかける。
「赤ちゃんの体温は正常範囲内です。今朝のミルクの量も適切でしたね」
「お子さまの気分が少し落ち着いていないようです。お気に入りのおもちゃを使ってみてはいかがでしょう?」
この街では、育児は決して「個人の負担」ではない。親たちは社会の中で支え合い、国の制度が後押しすることで、子どもを産み育てることが当たり前のように思える環境が整っていた。
——だが、この理想郷は本当に完璧なのだろうか。
陽乃市は、日本の未来をかけた社会実験だった。
2035年、日本は深刻な少子化の危機に直面していた。
出生率は1.0を割り込み、地方都市の多くが消滅の危機に瀕していた。政府は打開策として、特定の地域を**「未来創生特区」**に指定し、少子化対策の新たなモデルケースを作り上げることを決断した。
その代表的な都市が、ここ**陽乃市**である。
無料の保育・教育制度、地域全体で育児を支えるコミュニティシステム、柔軟なワークスタイルの導入……この街では、政府の強力な支援を受けた独自の社会モデルが構築されていた。
だが、この街を「理想の未来」と呼ぶ者がいる一方で、「国家による実験に過ぎない」と批判する者もいる。
この街は本当に、日本の未来を救う希望となるのか——それとも、ただの幻想に過ぎないのか。
そして今、その答えを知らぬまま、一人の男がこの街に足を踏み入れようとしていた——。
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第1章 転勤
新幹線の窓に映る自分の顔を見て、**深澤悠人**は小さくため息をついた。
流れ去る景色が、都心のビル群から次第に郊外の緑へと変わっていく。
新幹線の中は静かで、天井のスピーカーからは微かにクラシック音楽が流れていた。
——陽乃市か。
悠人は、今日が自分にとって何かの節目になる気がしていた。
35歳、独身。大手企業のエリートサラリーマン。
彼は合理的で、無駄を嫌う性格だった。仕事は効率がすべてであり、プライベートに時間を割くことを良しとしない。結婚にも興味がなく、「家庭を持つ」という考えは彼の人生において選択肢にすら入っていなかった。
そんな彼がなぜ、育児支援が充実した未来創生特区「陽乃市」に行くことになったのか。
——それは、二週間前の辞令だった。
東京本社の会議室で、上司はいつもの穏やかな笑みを浮かべながらこう言った。
「次の勤務地は陽乃市だ」
「……陽乃市?」
悠人は聞き返した。あの少子化対策のモデル都市。ニュースではよく目にするが、まさか自分がそこに行くことになるとは思わなかった。
「なぜ、俺が?」
「お前に、新しい価値観を学んできてもらいたい」
悠人は言葉を失った。
価値観——?
それが理由なら、ますます理解できない。彼は育児や家庭に興味がある人間ではないし、陽乃市の理念にも特に共感していない。ただ、上司の言葉には、何か含みがあるように思えた。
「……俺にできる仕事なんですかね?」
「お前なら、何かを見つけられるはずだ」
何かを見つけられる——?
悠人は、納得できないまま辞令を受け入れた。そして今、新幹線に揺られながら、陽乃市へと向かっている。
車内のモニターが陽乃市の観光案内を流し始めた。
「子どもたちの未来のために——陽乃市へようこそ」
穏やかなナレーションが流れ、画面には明るい笑顔の親子たちが映し出される。公園で遊ぶ子どもたち、親同士の助け合い、AIが育児をサポートする光景——まるで未来都市の宣伝のようだった。
理想の街。
そう言われているが、悠人はどこか違和感を拭えなかった。
「本当に、こんな街がうまくいくのか……?」
ふと、遠くから赤ん坊の泣き声が聞こえた気がした。
新幹線が減速し、アナウンスが流れる。
「まもなく、陽乃市に到着いたします」
悠人は、これが自分の人生にとってどれほど大きな転機になるのかを、まだ知らなかった——。
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【ここまでで序章+第1章(導入)】
この調子で、小説として完成させるためにじっくりと執筆を続けていきます。
引き続き、この方向性で問題ないか、ご意見いただけると嬉しいです!