表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
千紫万紅〜終末世界に咲く華乙女〜  作者: 東雲大雅
第二章 咲耶姫

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/53

第23話 「ーー千紫万紅……咲耶姫」

 ひまわりは目の前に迫る野狐を、追い払うように技を繰り出す。


「平安初段!ーー慈恩!」


 野狐の動きは俊敏になったものの、耐久力まで変化することはない。ひまわりだけでなく、ビオラの援護射撃も功を奏し、仙狐までの道はすぐに開けた。


「あとはお願いね!桜ちゃん!」


「任せてください!ひまわりさん!」


 ひまわりは方向を変え、ビオラ達の元へ向かった。仙狐が尻尾を動かし、残りの野狐が標的を変えたからだ。


「ここで倒れていただきます!」


 仙狐に向け刀を振るう。


「無駄ダト思イマスガ、コレモ記録ノ一環デス。少シ相手ヲシマショウ」


 無機質な声と共に尻尾が動く。桜の刀は、防御の尾に受け止められてしまった。


「まだまだです!霞艶武ーー御神楽!」


 桜の刀が激しく舞う。どの太刀も力を込めた渾身の一撃だった。だが、全て仙狐の尻尾に阻まれてしまう。その尻尾を切り裂ければ楽になるが、まるで刃が通る気配はない。


 仙狐も、ただ防御してるだけではない。桜が振り終えた瞬間を狙い、制圧の尾で反撃する。 

 その尻尾は強烈で、桜を簡単に薙ぎ払ってしまう。倒れるたびに立ち、仙狐に向かって刀を振る。


 しかし届かない。


 息を吸うたび、胸の奥が焼けるように痛んだ。


 肺に空気が入る感覚すら、遠い。


 ――まだ、立たなければ。


 そう思うのに、足が言うことを聞かない。

 刀を握る指先の感覚が薄れ、刃の重さだけが、やけに現実的だった。


(わたくしが……皆さんに宣言したはずでしたのに)


 皆に野狐を引き付けてもらい、仙狐を倒すのが自分の役目だ。


 それなのに今は、誰よりも前で、誰よりも無様に倒れている。


 視界の端で、仲間たちの姿が揺れた。


 銃声。怒声。野狐の咆哮。


 ――それらがすべて、「自身への信頼」を訴えてくる。


(もし、ここで倒れたら……)


 その先を想像した瞬間、胸の奥が締め付けられた。


 自分が敗れることで、誰かが傷つく未来。

 守ると決めた背中が、崩れていく光景。


 ――怖い。


 その感情を認めた瞬間、喉が震えた。

 強くあらねばならない。

 冷静で、優雅で、折れぬ桜でいなければならない。


 そう在り続けてきたはずなのに。


(……わたくしは、本当は)


 負けるのが怖かった。


 選択を誤るのが怖かった。


 皆の期待に応えられない自分を見るのが、何より怖かった。


 刀が、かすかに震える。


 それは疲労ではない。


 否定し続けてきた弱さが、ようやく声を上げただけだった。


 先ほどまで、猛々しく向かってきた桜の姿を見て、仙狐は心底理解出来ない様子だった。


「何故ソコマデシテ戦ウノデスカ?戦力ニ差ガアルノハ明確デス。ソレヲ理解出来ナイ訳デハナイデショウ?」


「……貴方には、理解出来ないでしょうね……」


「我々ニハ理解不能デス。人間トハ儚イ生物デス」


「ええ。儚いからこそ退きません! それがわたくし、咲耶姫です!」


 その瞬間、桜の中で何かがハマった。


 千紫万紅ーー自身が持つもう一つの名を唱えること。各花が象徴する感情・本質を“恐れず受け入れた時”、花と魂が共鳴し、己の華園を創り出す事ができる。


 桜は刀をゆっくりと鞘にしまう。


「ーー千紫万紅……咲耶姫」


 刀が鞘に収まり切った瞬間、淡い光と共に、辺りは濃い霧に覆われた。


 仙狐は周囲を見渡す。数メートル先すら見えない。徐々に霧が薄くなっていく。

 最初に瞳に映ったのは、1本のサクラの木だった。


 その木に咲いている花は、まるで散る運命を受け入れるかのように揺れていた。

   

 よく見ると、その木は1本だけでなく、幾重にも並び立ち、鮮やかなサクラ並木を作っている。


 霞がたなびくと共に舞う花弁はどこか儚く、しかし美しかった。


 無論、仙狐にはその花を美しいと考える感情はない。今も、先ほどまでいた場所とは違う空間にいる理由、今後の活動について思考していた。


 そして、そのサクラ並木の中に、刀を構えた桜を発見する。


 その立ち姿は、咲き誇るためではなく、散る覚悟を抱いて佇んでいた。


「ココハ何処デスカ?一瞬デ場所ヲ転移スル技術ハ、確立サレテイナイハズデスガ……」


「わたくしが創り出した華園、千紫万紅によって出来た空間です。美しいと思っていただけますか?」


「……?説明ニナッテイマセンネ。我々ニハ理解デキナイ技術トシテオキマショウ」


「残念です。どうやっても分かり合えないのですね……」


「最初ニ話シタ通リ、ソノヨウナプログラムハ搭載サレテイマセン。今ハ貴方ヲ排除処理スルダケデス」


 仙狐が桜に向かい突進する。制圧の尾が桜を捉える。ーーはずだった。


 しかし尾は空を切る。仙狐の目には桜が動いたように見えなかった。いや、桜の正確な動きを捉えられなかった。


 感知の尾が桜の攻撃を察知する。防御の尾を即座に展開し、すぐに来るはずの斬撃に備えて。

 ーー来ない。


 サクラの花弁が舞う。


 仙狐が気づいた時には、統率の尾が切り離されていた。


「特ニ問題アリマセンネ」


 ここには統率を必要とする野狐はいない。桜のみ相手をすれば事足りる。


 幸い、桜を見失ったわけではない。目の前にいる。動きを感知できる。思考プログラムには何も異常はない。


 もう一度制圧の尾を振る。距離、角度、尾を振る速度。


 最適解はすでに算出済みだった。


「霞艶武ーー幽踏」


 当たらない。桜はその場にいた。気配を消していたわけではない。死角を突いたわけでもない。ただ、円を描くような足運びで半歩動いただけ。それだけで、仙狐の尾は桜に当たらなかった。


「私ノプログラムニ干渉スル、何カヲ施シタ訳デスカ」


「いいえ、霞は欺きません。ただ、道を隠すだけです」


「ヤハリ、答エニナッテイマセンネ」


 今度は前足の爪で桜を切り裂こうとする。今回も仙狐の算出は完璧だった。


 だが、当たらない。


 踏み込みが、合わない。


 距離が、合わない。


 間合いが、合わない。


 すべてが、僅かに。


 桜の刃が、防御の尾をかすめる。浅い。致命傷ではない。


 だが――


 その一撃で、防御の尾の“役割”が、狂った。


 防ぐ位置が、半歩ずれる。


 覆う範囲が、数センチ欠ける。


 仙狐は理解する。


 これは幻ではない。


 錯覚でも、干渉でもない。


 世界が、彼女の動きを正解にしている。


 霧の中、桜が静かに息を吐いた。 


「霞艶武ーー咲耶舞」


 刃が、尻尾の“間”を通る。


 胴を断ち切る角度。


 感知の尾が捉えられない位置。


 防御が、間に合わない距離。


 考えて選んだのではない。


 まるで導かれるように、桜の身体は動いた。


 刃が、胴を裂いた。


 霧が、静かに散る。


 そこに残ったのは、地面に伏した仙狐。美しく舞い散るサクラ。


 そしてーー刀を収める、咲耶姫の姿だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ