第17話 「何で・・・動けないの?」
野狐と最初に対峙した時、ヒガンバナに油断はなかった。慢心もない。普段通りの戦闘が始まるはずだった。
2体の野狐が目前に迫る。牙を剥きヒガンバナの首元目掛けて飛びかかってきた。
牙が首元にかかる寸前で避ける。
「あれっ・・・?」
妙な違和感。いつもなら、もう少し早く身体が動いたはず。気のせいだと思い再び野狐と対峙する。
今度は一体のみが爪を立ててヒガンバナの顔をねらう。爪が顔に届く刹那、身体が動いた。後ろに身体を下げ何とか避けれた。数本の前髪が爪に擦り宙を舞う。
(おかしい・・・)
すぐに距離を取り、身体を振ってみる。どこにも問題ない。
「もう一度・・・・・・」
まっすぐ野狐を見つめる。両手を前に出し防御の構えをとった。いつもなら相手の動きに合わせて自然と身体が動くはず。
その構えに呼応するように再度2体の野狐が飛びかかる。手の届く距離まで近づいてきても、身体は動かない。野狐の爪が皮膚を掠めるぎりぎりのところで、やっと身体が反応し、直撃は免れた。
「何で・・・動けないの?」
単調な攻撃。目で追えないスピードでもない。むしろはっきり見えている。なのに反応できない。いや、反応しなかった。
そしてヒガンバナは違和感の正体に気づいた。
「敵意を、感じない・・・!」
野狐の無機質な瞳からは何も読み取る事は出来ない。まるで鏡を見るように、自分の顔を反射するだけだった。
ヒガンバナの技は全て、相手の攻撃を利用して返すカウンター型。自分から攻撃を仕掛ける技は一つもない。それでもヒガンバナがこれまで苦戦してこなかったのは、相手の敵意を読み取り、それに合わせて反撃出来る能力があったからだ。
ただ、今回の野狐との戦闘ではその能力が使えなくなっていた。
戦闘中、初めてヒガンバナの表情が曇る。対応策を考えるも、野狐は待ってくれない。2体の爪や牙がヒガンバナを襲う。
ヒガンバナも反撃のため構えた。普段なら相手が襲ってきた瞬間、どこにどんな攻撃をすればいいか直感で分かる。しかし、野狐の攻撃を受けてもその直感が働かない。
攻撃を紙一重で躱すのも限界が来た。上下左右から迫る爪がヒガンバナの衣服を裂き、やがて薄皮へと到達する。ついにヒガンバナは体勢を崩し地面へ倒れた。そして野狐の牙がヒガンバナの首筋に届きかけた刹那ーー。
桜の刀身が野狐の牙を弾き返した。
「ヒガンバナさん!ご無事ですか?」
桜は後ろに倒れるヒガンバナに軽く視線を送る。ひどく疲れ切った顔のヒガンバナ。桜を見て安堵したのか、目尻が下がる。
「桜ちゃん、ありがとう。私どうしちゃったんだろう? 身体が上手く動かないの・・・」
「安心してください・・・!私が代わりに相手をします!」
「ヒーちゃん!! 大丈夫⁉︎」
「ちょっとヒガンバナちゃん、どうしたの!?」
桜に続き、ひまわりとビオラもヒガンバナの元に辿り着いた。ひまわりはしゃがみ込み、ヒガンバナの肩を支える。ビオラはヒガンバナの前に立ち、桜と並んで野狐と対峙した。
野狐が首を左右に振り、周りを確認する。
「他機体ノ活動停止ヲ確認。対象ノ連行ヲ断念。報告ノ為一時撤退シマス。」
「了解。一時撤退シマス。」
2体の野狐はすぐに向きを変え、森の奥へ走って行く。
「あっ!待ちなさい!!」
ビオラが走って逃げていく野狐に向かって銃弾を放つ。野狐の身体に命中するも、野狐の足は止まる事なく、どんどん距離は離れていく。
ビオラも走って野狐を追いかけようとするが、桜がそれを制した。
「追ってはいけません、ビオラさん! 何があるか分かりませんし、まずは状況整理が先です!」
「でもっ・・・!・・・・・・桜お姉ちゃんの言う通りだね。今は見逃してあげる!」
桜の制止に一瞬戸惑ったビオラだったが、単独行動の危険、敵情報の不足、何よりヒガンバナの異変を鑑みて桜の指示に従う事にした。
「ビオラさんはいい子ですね」
桜はビオラを見つめ優しく微笑む。そして自身も刀を鞘に戻して後ろを確認する。ひまわりに支えながら立ち上がるヒガンバナの姿が目に映った。
「皆さんお疲れ様でした。状況整理の前に治療が必要ですね。とりあえず、あそこの民家に入って身体を休めましょう」
4人は近くにあった古びた民家に入っていく。その足取りはどこか重たかった。




