第21話 栄華の夢
しばらくするとヒガンバナは落ち着きを取り戻し、自らベゴニアの胸を離れ、自身の腕で涙で濡れた顔を拭おうとする。
それを見たベゴニアはフッと笑うとヒガンバナにハンカチを差し出す。
お礼を言い、ハンカチを受け取ったヒガンバナは顔を拭うとスッキリとした表情でベゴニアを見つめる。
「ありがとうございます!おかげさまで元気が出ました!」
「それは良かったわ。じゃあ、早く戻りましょうか。多分あの子達も帰りが遅くて心配してるでしょうから」
ヒガンバナの笑顔を見て満足気に頷いたベゴニアは踵を返し来た道を戻ろうとする。
あっ、と声をかけられ、進めようとした足を止めてヒガンバナの方を振り返る。
「どうしたの?まだ聞きたいことでもあるのかしら?」
「それも無くはないですが・・・もう少しこの花達を見ていってもいいですか?」
少し俯きながら恥ずかしそうに話すヒガンバナを見て、満更でもない表情とどこか嬉しそうな声で返事をする。
「フフッ、そういうことね。いいわよ、好きなだけ見ていきなさい」
はい!という元気な声と共に早足でベゴニアの横を通り抜け、色とりどりの花達をまじまじと見つめるヒガンバナ。
その様子を少し離れた場所で見守るベゴニアの顔には自然と笑みが溢れていた。
しばらくベゴニアの華園を堪能したヒガンバナは、この美しい華園がどのような理由で創られたのか気になり、思い切って質問する事にした。
「この華園はベゴニア様の千紫万紅で生み出されたものなんですよね?」
「うん?・・・えぇ、そうよ。創ったのはかなり前の話だけど・・・」
いきなりの問いかけに少し驚いたベゴニアは、不思議そうな顔でヒガンバナを見つめる。
「あの・・・ここで誰かと闘ったんですか?」
本来、千紫万紅はこの荒廃した世界から美しい自然を取り戻すために与えられた力であったが、昆虫騎士団との闘いが始まって以降、純粋に花を咲かせることのみに使用する者は減っている。
いつしか美しい華園は、その場所で激しい争いが起きた事を証明するものへと変わっていってしまった。
一瞬、ベゴニアの表情が曇ったのをヒガンバナは見逃さなかった。そしてその表情を見られた事に気付いたベゴニアは、静かに目を閉じ、短い吐息を漏らすと再び目を開き正面からヒガンバナを見据えると、優しく微笑みながら答える。
「その通りよ・・・・・・ここはワタシにとって、決意と決別の場所。何が起こったのかを隠すつもりはないけれど、貴方1人に話すべき事じゃない・・・。ごめんなさいね」
「いえいえ! 私こそ失礼な事を聞いてしまってすみませんでした・・・今のは忘れてください!」
ヒガンバナは慌てて両手を振り、すぐに頭を下げる。
ベゴニアの踏み入って欲しくない領域にずけずけと入ってしまったと後悔の念に駆られる。
そんなヒガンバナの心を軽くさせようと、ベゴニアはヒガンバナの頭をそっと撫でる。
「気にしなくていいのよ。せっかく立ち直ったと思ったのに、今度は別の事で落ち込まれてたらキリがないわ。ワタシの事を思う気持ちがあるなら、本当に気にしないこと。・・・いいわね」
冗談まじりに話すベゴニアの言葉を聞き、これ以上謝ること自体が失礼だと感じたヒガンバナは、頭を上げ、先ほどまで撫でられていたベゴニアの左手を両手で握り、分かりました!と力強く返事をする。
そして真剣な眼差しでベゴニアをまっすぐ見つめ、最後にもう一つだけ聞いておきたいことを話す決心をした。
「ベゴニア様、最後に一つだけ聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「いいわよ。さっきの質問にはきちんと答えてあげられなかったし、何でも聞いてちょうだい」
ヒガンバナの真剣な眼差しに応えるように、ベゴニアもしっかりと目線を合わせる。
「私達の存在する理由って何なんでしょうか?」
「・・・もう少し詳しく聞いてもいいかしら?」
ヒガンバナの突拍子のない質問に対し、ベゴニアの発言は至極真っ当で、一見、ヒガンバナを無下にしているように感じるが、むしろ逆で、真剣に答えたいからこその発言であった。
ヒガンバナもその意図を汲み取り、軽く頷くと自身の思いを口に出していく。
「最初は人の姿を与えられ、花を咲かせるためだけの存在だと思っていました。でも、それだけならあんな力なんていらないし、そもそも昆虫騎士団との闘うために与えられた力のように感じるんです」
ヒガンバナの言う、力とは、千紫万紅を使った際の敵を排除するための能力や、個人の戦闘能力についてだ。
まるで、あらかじめ闘うことを前提とした能力が与えられているのはおかしいとヒガンバナは思っていた。
ヒガンバナの言葉を黙って聞くベゴニアは、少し目線を下げ、ヒガンバナに握られた左手を見る。その手から伝わるヒガンバナの手の震えを止めるように、そっと残った右手を添えた後、再び目線を上げ、じっとヒガンバナを見つめ、語り始めた。
「ワタシ達の力は本来、機獣から身を守るために与えられたものなのよ。貴方達はまだ見たことなかったかしらね。確かにそう思うのも無理ないわ。」
「機獣・・・?」
初めて聞く、機獣という単語に戸惑いを見せるヒガンバナ。
「機獣については明日、他の3人も含めてしっかり説明してあげる。もしすぐにでも知りたいのであれば教えてあげるけど・・・貴方が今欲しい答えはそれじゃないわよね?」
ベゴニアの発言に対し、ヒガンバナは小さく頷く。
機獣と呼ばれるものについて知ったとしても、与えられた力の使い道が昆虫騎士団から変わっただけで、ヒガンバナが本当に知りたい答えにはなっていないからだ。
結局、何者かと闘うことだけが自分達の存在意義なのか、それとも何か別の理由があるのかをヒガンバナは知りたかった。
「私達は何の為に生まれ、生きていくのですか?教えて下さい、私達の生きる意味を・・・」
少しの静寂が流れる。
ヒガンバナの不安そうな顔を見たベゴニアは優しく微笑むと、お互いに握られた両手をヒガンバナの胸の前まで持っていく。
「この夜は、栄華の夢。貴方の為に生きなさい・・・」
それがベゴニアの答えだった。
「枯れぬ華はないのよ。貴方もワタシも、いつかは必ず散る時がくる。だからこそ、誰かや何かの為じゃない・・・自分自身がしたい事の為に生きればいい。ヒガンバナ、貴方は何かやりたい事はあるかしら?」
「私のやりたい事・・・」
ベゴニアの問いかけに、ヒガンバナは自身のやりたい事を考えてみるが、すぐには思いつかなった。
少し俯きながら考えるヒガンバナの様子を見て、ベゴニアは諭すように言葉を紡ぐ。
「それを探すのも生きる理由になるわ。貴方はこれから、ここを出て色んな場所を旅する事になる。その中でゆっくり見つければいいのよ。そしてまたここに戻ってきた時、ワタシに教えてちょうだい」
「分かりました・・・!必ず戻ってきてベゴニア様に伝えます!」
「いい返事ね・・・。そろそろ帰りましょう。早く戻ってあの子達に貴方の元気な顔を見せてあげなさい」
ベゴニアはヒガンバナの手を離すと宮殿の方へ歩き始める。
その後を追うようにヒガンバナも足を進める。
ヒガンバナは少し名残り惜しむように後ろをチラリと見ると、鮮やかに咲いたベゴニアの花が、これからの門出を祝うかのように、優しく揺れていた。




