夏の終わり。君と見た花火を僕は忘れない
「ごめんね。優菜ちゃんたちと行く予定なの」
高校3年生の夏終わり。俺の高校での目標でもあった住吉川花火大会に好きな女子とふたりで行くという野望は、たったひと言で潰えた。
何かその後にも言っていたのだが、フラれた事実に耐えきれない俺はトボトボと席へ戻る。
俺をフったのは長い黒髪を後ろでひとつ結にしているクラスメイトの藤原茜。
クラス内カーストでは2軍に属するのでタイプ的には俺と同じなのだが......1軍女子でも敵わない圧倒的な容姿で普段は小難しい小説ばかり読んでいるのに、いつでも愛想がいい彼女はクラスの誰からも人気があった。
俺と彼女との出会いは高1まで遡る...。
「おい荒薙フラれたからって何しらけた顔してんだよ!今年もクラスの男子で屋台まわろうぜ!」
俺が回想に入ろうとしたところで邪魔をしてきたのは1軍の菊池敦也。イケメンでスポーツ万能だが唯一びっくりするような理由で彼女がいない。
そう、奴は自然にひと言多いのだ。
今のも“フラれたからって”の部分は明らかに必要がないのに...だが本人は気づいていないし、いい奴なのは間違いない。3年一緒にいればわかる。
「わかったわかった。男子はどこで集合する?」
うちの高校はクラス替えがないので、高1の時から男子での集団行動が当たり前になっていた。ただ、この住吉川花火大会については高1の時は男子全員集合だったのも高2では半分近くにまで減少している。
そして今年はさらに少ない。
今敦也のまわりに集まっている男子はいわば高校における恋愛の負け組。俺も今年こそは抜け駆けするはずだったのに...。
補習終わりの教室では男子と女子がそれぞれ集まって花火大会について話し合っている。
女子の方も去年よりは人が少ない。
ここで男女団体で花火大会をまわる提案が出てこないのはある意味わかりきっていた。そう、女子は1軍のほとんどがいるのに男子グループに1軍は敦也ともうふたり。あとは俺含め金魚のフンってわけだ。
俺をよそに男子の集合場所は決まりつつある。屋台が最も多い河川敷へと降りる階段。というか3年連続同じ場所だ。
そして俺は何も話を聞かずに退屈していたわけではない。話し合いに参加しつつも小説から目が離せていない藤原さんを見ていたのだ。
どうしても読みたいのか、話を振られても気づかなかったり聞き返したりといつもとは何か違いを感じる。心ここに在らず感がすごかった。
「よし!じゃあ4時くらいに集合な〜」
敦也の合図でみんなそれぞれ荷物をまとめていったん帰宅する。集まるのはその後だ。
*
住吉川花火大会のメイン会場近く。相変わらず浴衣姿のカップルかウェイ系の陽キャが跋扈している。家族連れもいるがやはり治安のよくないメイン会場周辺では少ないらしい。
もうすぐ集合時間なのにまだ俺含め3人しか集まっていない。しかも敦也すら来ていない。
まさか、全宇宙の男子の憧れ...逆ナンにあったとかじゃないよな? でも敦也は黙っていれば馬鹿みたいにモテるのも事実。ここにいるウェイ系の中にも飢えた女はいるだろうし、あるかもしれない。
「お〜い!お待たせ!腹減ってたこ焼き買ってたら遅くなったわ」
どうやら杞憂だったらしい。敦也がまだ集合していなかった男子全員を引き連れて来た。1軍男子ってやっぱりすごいな。
そこからは射的に輪投げ、お面を買ったり綿菓子を食べたりかき氷の早食い大会、ラムネ飲み干しRTAをしたりとかなり充実していた。
当然輪の中心にいるのは1軍の敦也たちであって、俺は脇役にすぎない。でも、高校最後の夏祭りにふさわしい“青春”を俺は噛み締めている。
気がつけば西日も弱くなり、紅白模様の提灯がいっせいに光出した。
「ごめん俺ちょっとトイレしてくる」
風情もへったくれもないが、これもある意味男子しかいないからできることだな。
やはり全国から100万人が集まる花火大会だけあってトイレ待ちは長蛇の列が出来上がっている。他のトイレへ行くことも考えたのだが、グループと合流する面倒さと俺の尿意が微かに上回っていた。
さあ、出し終わればこっちのもの。あいつらとどこで合流するか...てかあれ?合流場所の話をしてなかった。
まあスマホで居場所聞けばいいか。
『ただ今電話回線が大変混み合っております。 しばらく経ってからおかけ直しください』
まいったな。よく考えればわかることだが、これだけの人混みで電話なんてまともに機能するわけもなかった。
とりあえずあいつらと別れた場所まで戻ってみるが当然クラスメイトの姿はない。最悪だ。俺の高校生活最後の夏祭り、彼女もできず友達とも逸れてひとりでまわる羽目に......。
「あの...荒薙くんだよね?ここで何してるの?」
聞こえるはずもないのに、この山のような人の群れの中で俺を呼ぶ声が後ろから聞こえた気がする。
振り返ると、紺色の下地に白や赤の花火が描かれている浴衣を着た藤原さんが立っていた。
「俺はその、クラスの男子連中と逸れちまって」
「そうなんだ...ここじゃ話しにくいしちょっと人の少ないところに行こ?」
昼間のこともあって全然目を合わせてくれない藤原さん、やっぱり気まずいよな。早く敦也たちと連絡とって合流しないと。
俺と藤原さんは休憩スペースの端にあるベンチまでやって来た。この間会話ゼロ...超気まずい。
「あのさ、藤原さんはどうしてひとりなの?」
「トイレに行ってたらどこで待ち合わせか聞いてなくて。携帯も繋がらないし」
「え、俺もなんだけど」
そうなんだって藤原さんはようやく少し笑ってくれた。
「藤原さんさえよければ一緒に探さない?」
俺の提案に藤原さんは少し驚く。
「荒薙くんがいいなら...」
内心ガッツポーズした。フラれたとはいえ俺は藤原さんのことが好きな気持ちに変わりはない。
そんな彼女としばらく一緒にいれる。気を抜けばすぐに顔がにやけてしまいそうだ。
*
ということで今俺の隣には浴衣姿の藤原さんがいる。横を歩いているからわかるがすれ違う男たちがみんな彼女をチラチラと見ていた。
はたから見れば今の俺と藤原さんはカップルも同然。心臓が張り裂けそうだし自然と背筋が伸びる。
一方の藤原さんは人混みが苦手なのか縮こまって歩いている。なんとか気を紛らわせてあげたいけど、あいにく俺に女子を楽しませる技術はない。
というか、藤原さん歩く速度も遅くなって来てるし何か無理しているのでは?!
そう思ってからの俺の行動は早い。
「藤原さん!ちょっと休憩しよ。飲み物買ってくるからそこのベンチで待っててほしい!」
きょとんとしている藤原さんをベンチまで送り急いで自販機に飲み物を買いに行く。ただ、スピードを重視したせいで藤原さんが何がほしいかをまったく聞かなかった。
痛恨のミス...と思いつつも日本人ならみんな大好き『よ〜しお茶』を2本買うことにした。
できるだけ早く藤原さんの座っているベンチへ急ぐと、なんかいかにもウェイ系な金髪と茶髪の男二人組が藤原さんに話しかけている。
「ねえお姉さんかわいいね。俺たち見ての通り花がなくて、よかったら一緒に花火見ようぜ」
「ごめんなさい。友達と来ているので...」
「は?友達とか近くにいねーじゃん!意地張ってないで俺らと遊ぼうぜ」
まわりの人たちはただ見るだけで何もしてくれない。かく言う俺もペットボトルを2本抱えて見ていることしかできなかった。
「ごめんなさい...友達が......」
誘いを断る藤原さんの目には涙が見えている。
「いいじゃん友達とかさ!俺らと遊んだ方が絶対楽しいっっ」
「ご、ごめんなさい!その子、ぼ僕のツレなので。あ...茜!行こ!」
気がついた時には僕が藤原さんを庇うように二人組の前に立っていた。
「は、こいつが友達?っんだよ彼氏持ちかよ。」
「ガチしけるわ〜かわいい子独り占めとかないわ〜」
そう吐き捨てながら去っていく二人組。僕の足は産まれたての子鹿以上にプルプルと震えている。
「ごめん遅くなって」
「いいよ...ありがとう。荒薙くんってかっこいいとこもあるんだね」
藤原さんは僕の目を見て、溢れ出しそうな涙すらアクセサリーにして笑ってくれた。
藤原さんのこんな顔、見たことないかも。
俺ははやる気持ちを押さえつけて、少しぬるくなったお茶を彼女に渡した。
『まもなく、花火の打ち上げを開始します。大変混雑しますので、係員の指示に従って行動してください』
会場中に響き渡る放送でスマホの時計を見た。
......ってもう8時15分じゃねえか!
花火の打ち上げ開始は8時30分から。よって今からの合流は絶望的だし、花火をいい位置から見るのはほぼ不可能だろう。
「あのさ荒薙くん。私、住吉川から打ち上がる花火を見るのにちょうどいい場所知ってるんだけど、さっきのお礼に...行かない?」
「行く!絶対行く!」
俺は藤原さんと花火が見られるならどこでもいいと思い即答した。
*
花火大会のメイン会場から歩いて10分ほど。住吉川の隣を流れる松川の河川敷に俺と藤原さんはいた。芝生の上にふたりで座り、花火の打ち上げ開始を待っている。
「こんなところよく知ってるな」
「ここはね、私と家族の思い出の場所なの。私が小さい頃は毎年家族でここに来て、花火を見てたんだ」
いつもと変わらない口調で話しながら夜空を見上げる藤原さんは、少し悲しそうにも楽しそうにも見えた。
俺が相槌を打とうとしたところで、1発目の花火が夜空を彩る。
まさに夢見心地だった。好きな人とふたりきりで、誰からの邪魔も受けずに花火を見れる。
そして色とりどりの花火が夜空を明るく照らす中、俺の視線は段々と藤原さんへと吸い込まれていった。
藤原さんの目には涙が浮かんでいて、花火の鮮やかな色彩を瞳に宿している。儚いとはきっと彼女のためにある。そんな気がした。
俺の視線に気づいてか不思議そうに藤原さんがこっちを見る。
街中に響き渡る花火は視界の端の方でチラチラとしている。
胸の鼓動が伝わってしまいそうなほど強い。
言わないと、一生後悔する。
「藤原さん、好きです。付き合ってください」
藤原さんが俯き、涙を拭ってもう一度俺の目を見つめた。
俺が見てきた藤原さんの中で1番眩しくて、1番距離の近い笑顔。
藤原さんの口が開く。
今年1番大きな花火は、1番肝心なところをかき消してしまった。
最後の花火の光が消え、夜空に静寂が戻る。
「......私でよければ、喜んで」
*
俺は人生の絶頂を噛み締めていた。俺の横には藤原さんがいる。ただ横にいるだけではない、手を繋いでいるのだ。
「ねえ、悠真って呼んでいい?」
「いいよ。藤原さんがいいなら俺は」
「藤原さんって...私のことは茜って呼んでよ!」
「あ、茜?」
「なに?」
「なんでもない」
こんな取り止めのないのない会話でも、今の俺にはすべてが幸せに感じた。
「おーい!荒薙!どこ行ってたんだよ〜」
「茜〜!なにしてたの探したよ!」
人混みの向こう側に敦也たちとクラスの女子たちが見える。
バレたら面倒だよな。俺は急いで握っていた手を離そうとすると、茜は俺の手を離そうとしなかった。
「ねえ悠真、このまま行ったら私たちのことバレちゃいそうだね」
満更でもなさそうな茜はさっきよりずっと強く俺の手を握る。
「そうだな〜まあ、それもありか!」
茜の手をしっかりと握り直す。
きっと、これからの学校生活は面倒で溢れているだろう。でも俺は隣に茜が、藤原茜が居ればそれでいい気がした。
もう高校最後の夏が終わる。だけど、俺たちはこれからもずっとこの夏を、ふたりで見た花火を忘れないだろう。
お久しぶりです四条です!
初めて短編を書いてみましたがいかがでしたでしょうか? テーマは『夏祭り』です。私は行事から始まる恋をしたことがないのですが、皆さんはどうでしょうか。青春っていいですよね。すべてがキラキラして見えてきますよね。
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