悲恋小説のヒロインに転生した。やってらんない!
「その薔薇は二度咲けない」という小説をご存じだろうか。
メジャーでないネット小説のひとつなので知らないのが当たり前だと思う。なにせ、悲恋モノの小説だったのだ。
いわゆる悪役令嬢の目線で進行するその話は、婚約者である王太子が学園で出会う男爵令嬢と恋に落ち、自分を邪魔ものとして扱い、悲嘆に暮れているさまが凄まじくリアルに描写される。
しかも自分の家の派閥の令嬢令息がそんな悪役令嬢の気持ちを勝手に汲んで男爵令嬢に嫌がらせをするものだから、最終的には監督不行き届きだとかなんとか言って全責任を負わされ、二人の婚約のニュースが流れる中、失恋と失意とを抱えたまま追放先の修道院へ向かう馬車の中で泣き濡れるシーンで終わる。
はい。
悪役令嬢です。
わたし、主人公です。
起きて早々気付いてしまってさ、暴れたよね。
七歳児だもん。
許せ。
鏡を見た瞬間絶叫し、自分の名前を確認し、その途端大暴れ――鏡をブラシでたたき割り、人形を壁にぶん投げまくり、枕やクッションもしばきまわし、最終的には部屋のガラスも割った。
だって色合いがもうそれなんだもん!見て分かるもん!
赤味がかった金髪に猫目の緑の目!泣き黒子!挿絵にあった悪役令嬢ちゃんにそっくり!
つまりわたしあのクソみたいな王子の婚約者になるわけ!?
で、浮気されて最終的に悪者扱いされて修道院入り!?
冗談じゃない。
大暴れを聞きつけてきた使用人複数名に抑え込まれ、医者に診せられ、最終的にお父様とお母様に話を聞かれた。
「鏡を見た時に未来が見えたのです」
「「えっ?」」
「王子の婚約者となるのですが、学園に入学したとたん浮気され、浮気された被害者なのにこちらが有責の婚約破棄を食らって修道院に追放される未来を見たのです」
落ち着いたので淡々と将来のことを話せる。
気が狂ったと思われてもいいや。
いっそ、狂ったと思われて軟禁なり入院なりになったほうが未来が明るそう。
顔を見合わせ、困ったような顔をする両親。
わたしはふーっとため息を吐き、
「もう打診はされているのですよね?第一王子の婚約者にどうかと。
それで近いうちにお城にいくのでしょう?
その時の馬車は脱輪しますわ。それで、集団で顔合わせのはずがわたしだけ別日になるのです」
「……あなた?」
「他に呼ばれている家を言えばよろしいですか?」
指折りひとつひとつ挙げていくと、父の顔がどんどんまじめになっていく。
七歳児だ。
まだ外に出したこともほとんどなく、他の家の名前もろくに知らない子供だ。
それが爵位と共にあれこれ語るのだ。
未来を見たという戯言の信ぴょう性は上がったんじゃないかな。
「そうして婚約者となったあとは当たり障りなく接されるのです。
わたしはなんとかお心をと思って努力しますが全て無駄に終わるのですよ。
厳しい教育に耐え、未来の王妃として努力し、その合間合間にお会いして関係を築いたつもりなのに、ぽっと出のヴィルム男爵家の娘に全て壊されるのです」
あーあ、やってらんね。
「未来が変えられないなら、婚約者となるのが既定路線なら、わたし努力しません。
結婚間際の年齢になって浮気をするような盆暗野郎のために使う時間も労力も惜しいじゃないですか」
仮の住まいとなった客室のベッドの上、わたしは座らされていたのでふて寝とばかりに布団に潜り込む。
そうしてお二人に背を向け、またため息を吐く。
「貴族の娘ですもの。政略結婚は受け入れますわ。
でも結局破棄されて使い終わったゴミみたいに捨てられると分かっているのに受け入れるなんて、とてもじゃないけどごめんです」
その後、両親とは布団にもぐったまま色々会話をした。
というかお母様はわたしの話を信じてくれているようで、お父様に本当に婚約者選定の話はあるのか、いつなのか、あれこれ聞いてはわたしに補足を訊ねてきた。
それでじわじわと怒りのボルテージが上がっていき、最終的にお母様は私を抱き上げて(布団は剥がされた)
「どうしてもこの子をバカ王子の婚約者にするというのならわたくしは実家に帰ります!!」
まさかの三行半宣言。
そうして呆気にとられたお父様を無視してメイドたちに大至急荷造りを指示し、最低限の荷物を詰め込んで、もう出ていくとなった段階でやっと我に返ったお父様が待ったをかけた。
「わ、分かった!なんとかする!」
「なんとかってどうしますの!?」
「きみの実家頼りになるが、きみの生国で婚約者を作ってしまおう。
そのために一度きみにはフランシーヌを連れていってもらったほうが、早い……」
あ、お父様泣きそう。
ラブラブ夫婦だものね。
「あちらで良さそうな令息を見繕って婚約者にすればよろしいのね?」
「ああ。顔合わせは急な帰省ということで延期を申し出る。
だからテレンシア、きみとフランシーヌはこの国から一度出なければならない」
「そうね。では、その間テオドールは頼みます。
あの子はもう十三歳ですもの、母離れは済ませておりますし、かわいい妹のために少しくらい我慢してくれるでしょう」
「ああ。私はその間、のらくらと王家を躱しておく」
きびきび話が進んでいく。
テオドールとは兄の名前だ。この公爵家の跡継ぎで、屋敷内で教育を受けてばかりでなく領地に実際に赴いて視察したりもしている将来性のある人で、忙しいからかあまり顔を合わせたことはない。
貴族だとこういうのが普通、なのだと思う。
うちは両親は仲良しだから「前世」の記憶的にバグりそうになるけど、本来はそんな家族仲良好なのは普通じゃない。
外面として仲良しっぽくすることはあるけど、普段の生活では食事時に集まっても事務的な会話だけでプライベートは各自別々、なんてことが多々……っていう知識はある。
家庭教師の人が言ってたからね!
だからウチが珍しいだけだから失望しないようにってね!
メイドにチクられてその家庭教師はクビになってたけど。
話はザクザク進んで、翌朝にはわたしとお母様は生国である隣国に旅立っていた。
稀少な転移魔術によってあちらの王都へ飛んだので移動時間は一瞬。
お母様が隣国の、具体的にどこらへんの出身かってーと……王家です。
兄兄妹の三人兄妹の末子なので、非常に大事にされていたひとです。
だから王家はわたしが欲しいのよね。隣国の愛され姫様の娘だから。
魔術師ごとこちらに来たので、あちらはえっちらおっちら頑張って馬や馬車で来るか、稀少な転移魔術の使える魔術師を探して引っ張り出してくるしかない。
しかも転移魔術師がいたとして、こちらの王都の中に転移できる魔術師でないとあまり意味がないという。
そういうわけで、速やかに母の兄となる国王陛下と王弟殿下にご挨拶して、元々母が住んでいた部屋と、その隣の部屋が準備された。
万が一にも何かあったら戻っておいでということで転移魔術師がお母様の嫁入り道具としてこちらの王家負担で雇われ派遣されていたわけで、もちろん部屋も常に手入れされていたよう。
里帰り当日はわたしもお母様も採寸で忙しくて、二日後にはこちら風のドレスが「既製品で申し訳ありませんが」と申し訳なさそうに運ばれてきた。早いよ!
七歳児とは言え、教育を受けなきゃいけないのは確かなので、わたしはひとまず与えられている教育用の本を読んで過ごす。
その間に母上が兄嫁たちと相談して嫁入り先になりそうな家を探してくれて、五日後には全員呼んで顔合わせの日程が決まった。というか翌日だった。早すぎるって。
その結果、相性の良さそうな侯爵家のご長男との婚約が確定した。
黒髪青目で眼鏡をかけた、現段階でもクール系美少年。成長してもこれは美しいひとになるな……と思われる人なんだけど、若干照れ屋。でも紳士的で、「フランシーヌ嬢、こちらの菓子もおいしいですよ」と小皿に焼き菓子を取ってくれたり、おしゃべりに疲れたなというタイミングで「ちょうどあちらの花が見ごろのようなので、見にいってみませんか」と誘ってくれて休憩させてくれたりした。
二つ年上だから大人びて見えるのもあるかもしれないけど、なんていうか印象はいい。この感情が恋や愛になるかは分からないけどね。
「では、ボストン侯爵家と婚約ということで。テレンシア姫が当主代行としてサイン致しましたので、正式に関係が結ばれました」
「ええ、よしなに」
この辺りで信仰されている女神教の神殿より来訪した神官によって、婚約は正式に認められた。
そうである以上、同じ女神教を国教とする本国では婚約を撤回させることは難しい。本人たちの意思ならともかく、他家――王家であっても。
念のために「婚約を結んですぐ帰国するわけにもいかない。娘は王家に預け、時たま夫人が様子見に帰国する」という形に落ち着いた。
よっしゃー!クズ王子との婚約が消滅した!
これだけで令嬢人生は安泰と言っていいはず。
わたしはその後、結局一度も本国には帰らなかった。
婚約者であるカイル様との交流もしたかったし、どうせこちらに嫁いでくるのなら勉強もこちらでしたほうが早いし。
叔父たちやその奥さんたちが温かく迎えてくれているから、それに甘えられたのも大きい。
どうも自分たちの子に女児がいなかったのがさみしかったみたい。
王妃様なんかは「あぁ~テレンシア様と同じ瞳!小さくなったテレンシア様を育ててるみたい!」とアブない事を仰りながら私をなでなでしてきたものだ。
ちなみに本国では王家はブチギレだったよう。
だけど隣国の王家に文句は言えないし、その正統な姫だったお母様にも文句は言えない。
なら公爵家に言えるのかといえば、婚約を交わす前、どころか、顔も合わせたことがない関係で、婚約の予約もなかった状態なのだから言えもしない。
精々泣き言を言うくらいかしらね。文句は言えないと思う。
王子はといえば、すくすく育ちつつ適当な令嬢と婚約をし、維持していた――けれど、案の定学園で浮気をかましたそう。
だけど婚約者が静かにキレて、確定で不貞となった段階で浮気相手の家が潰されたとか。
経済制裁を受けた上で悪い噂を流されて、その上で「王命による婚約に横入りしようとしている」と事実を流布された結果、貴族社会から追放され、自主的に爵位を返上して国から急ぎ出ていったんですってよ。
もちろん浮気相手の令嬢は退学したし引きずるように連れていかれたそう。当たり前よね。置いていったら何しでかすか分からないし。
王子?王太子じゃなくなったわ。そりゃそうね。やらかしたし。
王命による婚約を蔑ろにしたのを同年代の貴族全員が知ってるんだもの。
市井で流行ってる大衆小説みたいに「真実の愛」とかホザいてる人も初期にはいたらしいけど、本来の婚約者が行動した結果沈黙したみたい。そりゃそうよね、庇えば同じようになるんじゃないかって思うわよね。
だから王子は庇ってもらえる相手がいなかった。
王は王子に失望しっぱなしだし――もちろん私を娶れなかったのもある――王妃は浮気をしたという事実に頭を抱えたそう。
王は正当な妻の他に一人だけ側室を持てるけど、それは結婚した後に子供が数年以上できなかった場合に限って許される。王の血筋を残すために念のためというやつ。
そうでもない、どころかまだ王でさえないし、結婚して子作りもしてない段階で別の女性とどうこうなろうとしていたってだけでもう醜聞よ。
だから、心の病を抱えたとして表向きには離宮で静養。本当は王族の牢獄たる塔に押し込めて、よきタイミングで「処分」と決まったみたい。
というのを、結婚式前夜である今、実家の兄から届いた報告書みたいな手紙で読んでふーっと息を吐いている。
よかった、わたしは助かって。
性格悪い自覚はあるけど、わたしだって人間だもの。
酷い目に合わなかったのも勿論大事だけど、酷い目に合わせてくる予定だった人たちが「ざまぁ」されてくれたことに大いに安堵している。
王家も信頼を失って権威失墜の真っ最中らしいし、わたしにかまう余裕はなさそうだし余計よね。
カイル様は実直にわたしを大事にしてくれている。
女性の影もなく、毎週末必ず訪ねてくださって、お茶をしたり外出したりして関係を構築してきた。
予想通りにクールビューティーな美青年に育ったというのに、キツそうな外見に育ったわたしを慈しんで大事にしてくださるんだもの。こちらも信頼しようというものよ。
「お嬢様、そろそろお休みになられたほうが」
「ええ、そうね。ありがとう」
メイドたちがそっと灯りを小さくして出ていくのを見送って、布団に潜り込む。
どちらにせよ薔薇は二度咲く必要はない。
わたしは一度咲いて、そのまま幸せに終わるつもりだ。
つもり、じゃないわね。そのように努力するわ。
人は幸せになるために生まれるものよ。
一度は回避できた不幸なのだもの。今後も持てるものは全て使って、自分でも考えて努力してやっていくわ。
それが「フランシーヌ」として生まれたわたしの義務じゃないかしら。
翌日の結婚式。
あなたにふさわしいブーケを、と準備された白いバラに、わたしは感涙で瞳を潤ませ、投げたくない自分の部屋に飾りたいと駄々をこねて諭されたのは内緒だ。