鬼と新勇者
朝日が登る中、メイド服を着た六人の少年少女と茶髪の女性が薄暗く、巨大なスクリーンのある部屋に居た。
「これは、無限蟲の映像だ」
スクリーンが光り、暗い宙に浮かぶ無数の無限蟲を写した。
「今、無限蟲が三兆匹ほどこの世界に迫っている。この世界の人口の五千倍だな。君たちにはこいつらを倒すために協力してほしい」
神風は六人に向けてそう言った。ロトは、それを聞いて笑う。
「その後、私達を自由にしてくれますか?」
「もちろん。迫害される種族を救うことにだって協力するさ」
神風はロトたちに向けてサムズアップをした。
「待て。少数種族は貴様が思うよりも困窮した状況にある。我々の種族の独立を手伝うのが先だ」
サラミスが、神風に向けてそんなことを言い放った。神風は、それに対して呆れた表情をとる。
「君、一応奴隷だよ?」
「君は現在の状況を分かっていない。勇者が魔族との戦闘に用いた兵器は、人類によって模倣され、迫害に用いられている。それを解決する責任はあるはずだ」
神風はサラミスの言葉を聞いて衛星と繋がる端末を起動し、上空からの人類の様子を見る。国境付近で人型の兵器が三桁ほど蠢いていた。
「まあ、そうだけど……」
「ならば、それが先決だ。合法的に人材を集めるだけの余裕が、無限蟲の襲来までにあるようだしな」
「……わかったよ。君たちの種族の解放からにしよう。だがその前に、君たちを強くしてやらないとな」
神風が六人に向けて手招きをし、七人は部屋の外に出て移動するトロッコに乗って球体のような部屋の前までやってきた。
「この部屋の中は、時間の流れが外の十六分の一になっている」
神風が部屋の分厚い扉を開け、その中に続く道を歩く。先に進むほどに歩みが速くなっていき、その先の扉を開けてその先の大きな部屋の中に出た。六人はなにも言うことなくその部屋の中に入った。
「天井がわからない……」とカーヒルが呟く。
「ここでは全ての生物の怪我が一瞬で直り、空腹などもなく活動できる。魔法についての書物も充分にある」
「だから?」
ロトが神風の言葉に対して疑問を投げかける。そして、神風の口角が上がった。
「勇者神風を殺してみせろ。そうすれば、独立の旗頭になれるさ」
そう言いながら彼女は、シリンダー軸に砲身がついた回転式拳銃を取り出す。
「歳が一桁の子供もいるんだぞ!」
激昂しながら神風を静止するために彼女に向かって歩き出したロトの脳天に穴が開く。ロトは後ろに倒れ、しばらくすると穴が塞がって立ち上がった。
「ここで何度も死んでおいた方が、後悔しながら蟲や人に殺されるよりもましだよ」
「……先に少し魔法書を読んでもいい?」
「いいよ、そっちで勝手に訓練をしててもいい。覗いたりはしないさ」
六人は、書物の元へ逃げるように集まった。
「僕たちは戦いについて空っぽだ。だからいろいろやってみよう」
ロトの言葉に頷き、六人は書物を読み漁った。一月後、一度目の勇者殺しが始まる。
「ほう、それを再現したか」
六人は神風の持っていた拳銃の姿を再現したものを彼女に向ける。それらは。閃光を放って目をくらます。神風はその光からの防御のため、目を腕で覆う。
「「砂丘爆現!」」そう叫んだカーヒルとファテフの前に魔法陣が現れ、そこから現れた凄まじい砂塵が神風に襲い掛かる。
「なるほど!」神風は、砂塵の外に脱出するように飛びのく
サラミスは、髪を持ち上げて黄色い感覚器官を出す。
「砂塵の向こうだな」
「驀進散弾」アマトールが両手に魔法陣を出し、そこから二発の砲弾が打ち出される。
それらは、砂塵を通り抜けて神風の前に現れる。
「太平の水弾」神風の周囲に無数の水の弾が現れ、散弾を包んで不発に抑えた。
「爆熱の弾丸」メララの言葉と共に、炎の弾丸が彼女の眼前から放たれ、散弾に直撃して爆発を起こす。砂塵が吹き飛んだ代わりに、白い蒸気が神風の周りを覆った。
ロトが背中の刃物のような鋭さのヒレを広げて、蒸気の中に飛び込む。ほんの一瞬、神風の腹をヒレが切り裂き、ロトは神風の拳銃による散弾を至近距離で受ける。
水蒸気の煙幕が晴れ、傷の治った神風とロトが立ち上がる。
「合格。誰が考えたんだ?」神風がロトに尋ねる。
「皆で知恵を絞った」
「なおさらよし」
「外では、まだ二日が経過した程度か。早速、独立に行こうじゃないか」
数時間後、海上要塞から一隻の巡洋艦が煙も上げずに出港した。
「どうやって動いているんだ?」艦橋のガラス窓から海を眺めながらサラミスが呟いた。
「無限蟲の襲撃が終わっても生きてたら好きなだけ教えてやるさ」
「楽しみだな、何年後だ?」
「二年後だよ」
近くの港に巡洋艦は到着し、帆船と外輪船が停泊している岸から少し離れた洋上で双錨泊を行う。
「この先の森で、人間とそれに協力した鬼人族と蝙蝠族の部隊が動いているようだ。この船に残るか、上陸するかの二組に別れたい。私と共に上陸したい子は居る?」
神風の質問に人猫族の二人とアマトールが手を上げる。
「よし、この船の戦闘時のマニュアルは置いておくから万が一の時は頼んだ」
四人は小型艇に乗り、巡洋艦から出発して港に接岸する。それを見て、港の監視員がやってきた。
「勇者様。なんの御用ですか?」
「全人類のための重大な作戦の最中だ。詳細は語れない」
「そうでしたか、申し訳ございません」
「私の責任だ。悪かった」
すぐに四人は港街を離れ、街道を歩き始めた。
「あなたは、結局人間のために戦うのか?」アマトールは神風に質問を投げかける。
「もちろんだ。私は人だから」
「じゃあ、人間の仲間を集めれば良かったんじゃないのか」アマトールは、神風の言葉に憤りを覚え、それを口から吐き出した。
「……? 君たちを集めたじゃないか」
「俺はアグリガット族だ。他の奴らも少数種族。人間族はいない」
「私にとっての人とは、意見と良識を持つ生き物のことだ」
「そんな視点、あんただけだ」
「それでいいさ。人それぞれだ」
「そうか、そうだよな」
彼らが雑談をしているうちに、人間達の部隊が彼らを包囲していた。額から二本の赤い角が生えて長い黒髪を左右に分けている、肌も薄桃色の身長と胸と尻の大きな鬼族の女性が、四人の前に立った。巨大な金棒を持っている半面、肌の露出の激しい意味のないような防具しかつけていない。
「あたしは、鬼族の戦士ローガ。元勇者様が召使を連れて何の用で?」
「人狩りを止めに来た」
「元勇者様も言い方が悪い。新たな魔王が生まれないための作戦行動をそんなふうに言うとは」
「人間の国の議会に行って、平等宣言でもしたほうが効果的だ。それをやってやるからどけ」
「なるほど、それは無理な話だ。私たちのような種族と組むことさえ、議会は腐った魚を食わされたような顔をしたというのに」
「それが真実であれば。革命でも起こそう」
「ならば、逆賊だな」
神風の倍の4m弱の身長のローガは、その体躯からの怪力とそれに見合わない速さで、神風の首をむしり取った。
「こいつの躰、胸も尻も薄いな。召使も雌は一匹だけか」後ずさりする三人の方に時々視線を向けながら、ローガは神風の躰を物色した。
「なあカーヒル。鬼人族の女には付いてるってほんとなんだな。妹を守ってやれよ。……じゃあな」
アマトールは魔法を発動させ、ロケットのような者を出現させる。それは、有無を言わせず港街の方へ二人を掴んで飛んで行った。
「長い仲だったようだな、あの人猫族とは」ローガは楽しそうな表情をする。
「そうでもない。ただ、家族ってのを守ってみたくなった。俺に父親はいないが、父親になったつもりでな」
「どうでもいいな。ああそうだ、思い出したが、前殺した人猫族の女、夫がいて使い心地も経産婦だったのに、ガキがいないのは不思議だったな」
アマトールは歯を食いしばった、激情に駆られた表情をローガにみせた。
「言っとくが死ぬ気はない。俺はまだからっぽで、人ってのを知らないからな」
アマトールは推進剤を放出する魔法陣を出してそれに乗り、空中に飛び上がった。
「最後にあたしの躰の形を覚えてさせて殺してやるから安心しろ」
「断る」
魔法陣が港とは逆方向に傾き、アマトールは森の中へ進む。
ローガが金棒を振り、その風圧で森の木々と潜んでいた兵士ごとアマトールを吹き飛ばした。
「うぐっ」アマトールは飛ばされた木の直撃を受けて森の中に倒れ、気を失う。そこへ、ローガが歩いてきて彼の足を掴んで持ち上げ、メイド服のスカートを引き裂く。
「やめろ!」彫りの深い顔に、21世紀的な陸軍の装備をした男が彼女を静止する。
「おやおや、新勇者カールさん。何か問題でも?」
「慰安目的で捕虜を使うことは規則で認められていない」
「これは捕虜ではなく、戦利品だ」
「戦利品を私物化するためには手続きがいるはずだが」
「そうだったな」
ローガは、アマトールを地面に置いた。するとすぐに緑色の光が彼を包む。光は人の形を形成し、神風の姿になった。
「さっきぶりだな。元勇者」
「今の私は勇者じゃないな。進化を司るカミカゼ光線の申し子と言って貰いたい」
「なんだそれ」
「知りたければ、頭を下げろ」
「さっき頭を毟られた奴がそれを言うかよ!」
ローガは、神風に向けて金棒を振り下ろす。神風はそれを片手で受け止め、大地がへこんだ。
「さっきの貴様とは、違うようだな」
両者は、相手に笑顔を見せた。
街道付近での戦闘が続く中、海に面した軍事基地から港に向けて人型の機械が十数機ほど飛び立った。
「この船の装備を見てみたが、砲が二門と、使いきりの弾頭発射装置が128基、他に防空装置と艦載機があるようだ」
マニュアルを読み終えたサラミスが二人に向けてそう言った。
「今、敵が迫ってるんですよね……」メララは一つの瞳を不安そうに震わせていた。
「そうだな」「そうね」
「私は、艦載機ってのに乗ってみる。行って来るね」
ロトが、艦橋を出て艦後方の甲板に移動する。彼女がそこのドアを開けた時、彼女の目に飛び込んだのは、ひざまずくような体勢の白い人型のロボットだった。
彼女はロボットに乗り込み、そこにあったマニュアルを開いた。機体の名と型式番号が記され、その先に操作の方法が書かれている。
「F-∅T。ヴェールヌイヴィーチェル。なるほど、そういう性能か。いけるか? ヴェヴィ」
ロトは操縦桿を握った。ヴェヴィは立ち上がって発進し、両脚のホバーで水面を移動する。
「あれは、人間の黒い機械!」
道中の敵の人型の航空機を右腕に付けられたレールガンによって撃ち落とし、バックパックから引き抜いた金属の剣の装置を起動させ、白熱した剣で切り裂いた。
「あっちから来ているな」
レールガンを撃ちながら地上の基地に向けてヴェヴィは進み始めた。
「敵機が向かっているから帰ってこいとは、私もまた戦場にいる身なのだが……」
カールは神風とローガの戦場から離れ、基地に急行する。
彼は暗い基地の中のひときわ大きな機体に乗り込んだ。そこから発進する間もなく、突撃してきたロトが雑に基地に向けてレールガンを撃ち、建物の上部に穴を開ける。
カールの機体、クーゲルクリーガーが腕の武装を発動する。破裂音が鳴り、橙色の円形の弾が三発半壊した建物の暗闇の中から発射されて、ヴェヴィの左前腕部に張り付いた。
「なんだ? ともかくまずそうだ」
ヴェヴィは剣で前腕部を切り落とし、レールガンを建物に打ち込んだ。橙色の弾丸は破裂し、前腕部が爆散する。そして、金属が跳ねる音が建物の中で反響する。
灰色の建物を裂き、ヴェヴィよりも大きなアヤメ色のロボットが現れた。
「この距離なら……」
ヴェヴィはレールガンを分離する。すぐにホバーで直進し、クーゲルクリーガーに斬りかかった。
「甘い!」
クーゲルクリーガーは、アヤメ色の装甲を分離して緑の細い姿になりながら実体剣を引き抜き、脚部のジェット噴射で空中に飛び上がった。
「浮いたか!」「球体関節ならば!」
ヴェヴィは頭部のマシンガンを起動した。クーゲルクリーガーは空中で加速し、ヴェヴィの頭上を飛び越えて広い可動域による背面斬りを敢行する。
ヴェヴィの頭部に実体剣がぶつかり、コックピット内の大型モニターの映像にノイズが走って消える。
「メインカメラとマシンガンが、こうなったら……」
ロトはその破損に叫びながらも、ヴェヴィの姿勢を下げ、ホバーで後ろに移動させる。
「しまった、着地点に。うわっ」
クーゲルクリーガーは関節による着地の暇なくヴェヴィの背中に衝突して、両者はあちこちが破損し、中のパイロットにも衝撃が走った。
「もう戦闘は出来ん。脱出する」クーゲルクリーガーの胸部のハッチが開き、そこからカールは機体のロールバーを伝って地面に降りた。同時に、ヴェヴィの胸部のハッチからロトも地面に飛び降りた。
ロトがヒレを展開して、カールを威嚇する。
「やめよう。ここで戦えば機体の武装が暴発する恐れがある」
カールは両手を上げ、自身を睨むロトを説得する。ロトはヒレを畳んで頷き、機体から離れていった。
人払いがされた基地の一室で、二人はカールの淹れた茶を呑みながら話を始める。
「君のような少女があれを操縦するとは、どういう状況なんだ?」
「あなた達が襲ってきたんでしょう」
「私は今回の作戦指揮には関与していない。元の世界から連れて来られて訓練だけさせられて今回が初めての出撃だ」
「それなら、神風と話があうかも」
「君たちの所にも私のような境遇の人間がいるのか。それはぜひ会いたいものだ。」カールの顔に笑顔が少しこぼれた。
「カミカゼコレダー!」
神風の両目から強烈な電子の爆風が青白い電流の帯として放たれ、ローガの躰を走る。
「ぐうっ」
電撃を受けた彼女はうつ伏せに力なく倒れる。神風は彼女の頭を容赦なく踏みつけた。そして足を除けて髪を掴み、地面に叩きつける。
「我々は国家を作る。そして、君たちに戦争を仕掛けてすぐさま降伏させてしまおう。それが楽だ」
神風はローガの首を掴む。
「とっとと兵を逃げ帰らせろ。ひ、と、も、ど、き」
「お前は所詮人間か」
「面倒だな。少しいじるか」
神風はローガの耳の中に指を突っ込んで頭の中で魔法を発動させた。
「あたしが、消えてく……」「今だけさ」
三種族の連合作戦は失敗に終わり、新興国によって周辺の地域は占領された。
帰りの船には乗員が一人増えていた。
「カール・フォン・レーダーだ。よろしく」
「おいロト」「はい」サラミスは、誰がどう見てもロトに対して激昂していた。
「まあまあ、そんなに怒らなくても」神風はそれをなだめるが効果はない。
「あなたも、自分の技術を分かってない。設計思想だけでも、黎明期の文明には貴重な情報なんだ!」
「我々の世界の戦争で、アクタン・ゼロというある国の技術が戦争相手の国に奪われた事故があった。今回の状況はそれと似たことになるかもしれない」カールは真顔で新興国の国家元首に向けてそう言う。
「そういえば、どこの国の人?」
「今は新興国エクソダスの人間だが」カールが少し笑う。
「そうじゃなくて」
「ドイツ連邦共和国だ。君は日本国の人間だろう?」
「どうしてわかった」
「カミカゼ、という単語を特攻という意味で使っていないからな」
「元ネタは神託なんだ。生物を進化させる光線にぴったりだろう」
ドイツ人と日本人が会い、相手は物量国家という状況に二人は思うところがあったが、口に出すことはしなかった。
「この艦の資料室でみたが、日本もドイツも……」サラミスは、余計なことを言おうと口を開いてしまった。
「大丈夫だ、イタリアの代わりに君たちがいる」
「笑っていいの……? そのジョーク。もはやアネクドートの一節」
「枢軸国と手を組まないのは何故です同士」
「イタリアが付いてくるからさ」
「これで若い恋人と上手くいくね。ヒトラーとかってさ……」
「やめないか!」
「本当のことだろ!」
「「ハハハハハ」」
六人は、彼らの言動にただ怯えていた。
「僕らの知らない言語を話している……」