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世界の脅威

 魔族は他の人間種族を超えて世界を支配するべく侵略に乗り出し、特に特徴を持たない人間種族の国家が異世界から呼び出した戦士、勇者によって旗頭を片っ端から潰されて散り散りとなった。


 少なくとも人間によって滅ぼされたばかりのホワイトヘッド国の少女はそれを悪い報せだと受け取った。


 鎖に繋がれて、服を剥ぎ取られ、将来美しく強かに成長するであろう躰は奴隷店の看板のような扱いを受けていた。


 店の前でぼろきれを着て立つ銀髪碧眼の少女の前を通り過ぎて、麦わら帽子を深くかぶった一人の女性が店内に入っていった。


 店の男が彼女を出迎える。彼女は、鎖に繋がれた奴隷達の前で指を横に動かす。


「ここからここまでと、店の前の子をください」


「六人で200万です」


「はい」


 女性は金貨を数枚取り出して、ふくよかな店主の男に渡した。店の中に風が吹き込み、女性の帽子が宙に舞い、彼女はそれを空中で掴んだ。彼女の目の中で絶えず走査線が走り続けている。


 そこで店主は彼女の容姿が伝え聞く勇者のものだと分かった。彼はそれに目を丸くする。


「割引などは……?」


「必要ないです。六人は外のコンテナに運んでください」


「分かりました。行きなさい」


 店主の声に従い、六人の奴隷の鎖が壁から外されて、店の外に置かれたコンテナの元へ連れていかれる。そして店主は銀貨を二枚勇者に向けて投げ、彼女はそれを受け取る。


「ぴったしのはずですけど……?」


「いいや、私にとっては正解だ」


「……わかりました」


 彼女は銀貨を懐に仕舞い、コンテナの上に飛び乗る。


 地面と平行に回転する翼を持った航空機がワイヤーをたらす。コンテナの各所にワイヤーが接続され、それらは纏めて空中に浮き上がった。


「天使法第103条。天使に勇者と定められた者は勇者という特権を世界の中の脅威が存在しないときに行使してはならない。だるいことになるな」


 しばらくすると街の上を飛ぶコンテナの上に太陽以上に明るい光が降り注ぎ始める。


「来たか」


 勇者の呟きと共に、白い服を纏った金髪碧眼で肉感的な体型の女性が降りてきた。頭の上に光の輪がついている。


「訳は分かっているようですね。勇者神風疾風(しんぷうはやて)よ」


 天使の手元に灰色に輝く重金属でできたクレイモアが現れる。 


「もちろん。しかし君こそ、わかっているか?」


 神風の頭の上にアーチ状の金属でできた定速機が浮かぶ。中空の扇形とも呼べるようなそれから光が放たれ、輪を形成する。


「天使法1条。自らの輪を破壊された天使は、天使でなくなる!」


 天使は神風の言葉を受け、そのクレイモアを振り上げて動きを止める。


「いいだろう、この銀の剣を食らわせてやる」


「ならば私のは、青銅の足だ!」


 神風の右足が、強烈な緑色の光を発する。両者の間に、空間が歪むような緊張が張りつめていた。


「カミカゼキィィーック!」「ソユーズバラァァーシュ!」


 神風の蹴り上げと天使の振り下ろしが彼女らの叫び声と同時に放たれる。剣戟と蹴撃がぶつかり、宙に広がる無間の闇を切り裂くような閃光が辺りに走った。


「でりゃあ!」


 神風の声と共に、あらゆる進化の過程を吹き飛ばして魚を蜥蜴にしてしまうような衝撃が彼女の右足から放たれ、同時にクレイモアはへし折られた。


 一瞬遅く神風の頭上を莫大な貫徹力の衝撃波が飛んで行き、宙に浮かんでいた機械は爆裂霧散してしまった。彼女の右足は輝きを失う。


 天使は武器を捨て、拳を固める。神風もそれに倣った。


「ジェットパンチ」「ソユーズクラーク」


 天使の拳は、正確に神風の薄い胸を貫いた。神風の拳は蒸気を後ろに放ちながら進み、天使の輪を砕く。神風の肘関節が外れ、下に力なく降りた。


「うっぐっ」


 胸に突き刺さった拳を抜かれ、神風は口と胸の穴から赤い血と概ね赤色の組織片をたらしながらコンテナの上に倒れ込んだ。


「最後に、名前を聞きたい」


 肺を損傷しているはずの彼女が、自身の躰に無茶をさせて言葉をしぼりだす。


「私の名は、イグロフ……いや、もはや天使でなくなった私がこの名を使うのは……」


 日の入りの方角を眺め、黄昏ようとした彼女は視線を落とす。


「ならば、蒼龍とでも名乗るがいいさ」


 神風は自身の体を瞬時に再生し、天使をコンテナから蹴り落とした。


「いいだろう。また会おう! 今度は蒼龍として!」


 蒼龍は落下しながらコンテナに向けて叫んだ。


(あの翼、飾りなんだ……)


 しばらくして、コンテナは海上の巨大な基地に到着する。


 コンテナから降りた一人に手招きされて中から出てきた六人は、眼前に広がる光景に困惑した。それは彼らがディーゼルエンジンも持たないような科学文明と、つい最近ウラン炉に近い出力を出せるようになった魔法文明の存在だからではなかった。


 彼らから数百メートル離れた位置に、無数の滑走路がありその上に大量にミサイルを抱え込んだ航空機が2000以上も居る。それは、どんな文明の存在でも違和感を感じざるを得なかった。


「さて、自己紹介をしてもらおう」


 神風は六人を一列に並ばせた。


「そっちから見て一番右の君から」


 銀髪碧眼で腰まであるほどの長髪、そしてぼろきれを着た少女が、口を開く。


「私は、ホワイトヘッド族のロトです」


 次に、その左隣の骨格や肌がキジトラ猫に寄っている少年が口を開く。


「僕、人猫(じんびょう)族のカーヒル。左にいるのが妹のファテフです」


 カーヒルは自身の左にいる姿の似た幼女を抱き寄せ、神風を睨んだ。


 その幼女のさらに左隣の褐色肌にショートの赤髪、黒い眼の少年が口を開く。


「俺はアグリガット族。名前はしらない。二番って呼ばれてた」


 名前がないことに神風は目を丸くして、口を開こうとする左から二番目の少女をハンドサインで静かにさせた。


「アマトールって名前はどうかな?」


「じゃあ、それでいい」


「いいの……? 取り敢えずそう呼ぶことにするね」


 静かにさせられていた青い肌と金色の長髪、黒い目を持つ少女は、話が終わった所で口を開く。


「私は、デストロイヤー族のサラミス・フォン・ブラウン」


 自己紹介をしてすぐに目線を地面に向けたサラミスに向けて神風は近づき、少女の両耳付近の髪を持ち上げる。彼女の耳があるはずの場所には、黄色い昆虫のような複眼があった。


「かわいい」


「やめろ」


 サラミスは、神風を睨みつける。神風は手を引いて一歩下がった。


「最後に、君は?」


 猫背でぼさぼさした黒い髪をしており、伸びた前髪で目まで隠れている少女に神風は声をかける。


「私、単眼族のメララです」


 メララはそう小声で呟いた。神風はすぐに彼女の前髪を開く。彼女の顔には大きな一つの赤い眼があった。


「あなたもかわいいね」


「あっありがとうございます」


 メララはすぐに一歩引いて前髪を元に戻した。


「さて、まず服でも着替えたいところだが……」

 

 彼女らの居る場所から遥か上空に、巨大なひびが入る。


「あっちの建物の中に逃げろ!」


 神風は高く伸びた第七艦橋を指さし、兄に抱えられたファテフを除く五人は一目散にそちらへ走り出した。


「なんなんですかこれ!」「なんだって関係ない。俺はファテフを守る」「お兄ちゃん……」「喋ると息が続かないぞ」「そういう君は、他人に注意出来る余裕はあるようだ」(なんで売られたばっかりでこんな目に合ってるのに喋る余裕があるんだろう)


 空のひび割れは次第に大きくなり、中から有機的な円柱が無数に現れる。


「やはり、無限蟲か。迎撃しろ!」


 要塞にある無数の高角砲が上を向き、弾幕を張り始める。そして、次々とミサイルを抱えた戦闘機が離陸していった。


「念のためだ。キョウフウを出せ」


 彼女の近くのエレベーターから、背丈の十倍ほどの大きさの人型ロボットがせりあがってきた。ゴーグルのような黒い目、丸い頭、関節に取り付けられた円柱型の可動式の装甲。それらのある全身が緑色の機体だった。右手に巨大なチェーンソーが取り付けられている。


「コックピットハッチオープン」


 緑の機体の胸元が開き、神風は中に乗り込む。中の椅子に座り、左右の操縦桿を握り、ペダルに足をかける。


 キョウフウは二基並んだカタパルトの上に着地し、両脚を固定する。カタパルトは、リニアモーターの力で、キョウフウを空中へ打ち出した。


「殺人的な加速だ! ただの人間なら死んでいた!」


 チェーンソーが肉の柱を切り裂き、緑の血を流させる。


 空のひびは穴になり、巨大な肉の正六面体が現れた。そして、空は元に戻る。


「なるほど、戦艦級はこの機体では厳しいな! 乗っているのが勇者の私でなければ」


 キョウフウは、レーザーの剣を取り出す。


「回路直結。私」


 神風の目の走査線がなくなった。


「カミカゼ斬り!」


 レーザーの剣はキョウフウの大きさの十倍以上になり、キョウフウはそれを振って戦艦級の怪物を両断した。丁度、他の無限蟲も全てが撃ち落とされた後だった。


「今ので1585匹。要塞級もなかったしこの程度の数ならはぐれ無限蟲のようだな」


 神風はそう呟いてキョウフウを第七艦橋の前に降ろした。六人はそれを見て艦橋の外へ出てきた。コックピットハッチが開く。


「六人共に聞いてほしい。あれは無限蟲という怪物なんだが……説明は明日にしよう。風呂に入って服も着替えて飯も食わないと。体がすっきりしてからでなきゃ受け止められない話だから」


 六人は、頷くことしか出来なかった。

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