たどり着いた場所
(邸を飛び出したのはいいけど、街までどうやって行くかなんて考えてなかったわ)
邸を出たわたしは、30分ほど歩いて街にたどり着いた。
馬車で何度も街には行っていたので道は覚えていたのだが、もうすぐ秋。
まだまだ昼間の陽射しはとても暑くて歩き慣れていないわたしにはフラフラだった。
街中のはずれにある大きな家、公爵邸ほどではないけど街中では目立つ3階建の白い大きな邸。敷地にはさらに大きな建物が幾つかある。
トントントン
しばらくすると扉を開けて出てきたのは、顔見知りの侍女のリーサという女性だった。
「シャノン様、どうされたんですか?突然来たということは……まさか!……」
「そうなの、邸を出てきたの。しばらくこちらで厄介になることになるのだけど、先生はいらっしゃるかしら?」
「先生は、ただ今往診に出掛けておりますがいつシャノン様がいらっしゃってもいいように準備はしておりました」
「ありがとう」
わたしは歩き疲れたのとやっと辿り着いたのでホッとしてそのまま倒れ込んでしまった。
◇ ◇ ◇
(ここは何処?)
目が覚めたら知らない部屋にいた。
……あ……邸を出て来たんだった……
しばらくボウッとしていると、
トントントン
「あ、はい」
「シャノン様、お加減はいかがですか?」
ヘンドリー家の侍女のリーサが顔を出した。
リーサはカウンターに置いてあった水差しからコップに水を注いで、わたしに手渡した。
「ありがとう喉が渇いていたの」
水を一気に飲む。
(そういえば今日何も食べてないし、お茶もアイリスのことがあって飲んでなかったわ)
バタン!
すごい音がしたので、扉の方に目を向けると
「シャノン!大丈夫か?」
慌てて入って来たのは、先生の息子であるロイズ・ヘンドリー19歳。
短髪の赤髪、はっきりした顔立ちでどう見ても騎士って感じだけど、父親の跡を継ぐ医者の卵である。
そう、わたしは幼馴染であるロイズの家に今身を寄せている。
◇ ◇ ◇
2週間前邸に来てくれたロイズの父、ロバート・ヘンドリーはわたしの幼い頃からの主治医である。
わたしは子供の頃喘息が酷くてよく先生に診ていただいていたので、公爵家に嫁いでからもそのまま先生に主治医をお願いすることにしていた。
子どもの頃、喘息がひどくてあまり外に出られないときは、寂しいだろうからと往診の時にいつも同い年のロイズを連れてきてくれて、一緒に本を読んだりカードゲームをしたり、勉強をしたりして過ごした。
私にとってロイズは優しい兄のようで、先生は父親のような存在だった。
忙しい侯爵当主の父とはあまり接点がなかった。母は幼い頃、流行病で亡くなりさらに父との会話はなくなってしまった。
たから、先生達と過ごす時間は私にとって温かな気持ちを運んでくれた。
そんな先生にラウルとアイリスのことを伝えると、離縁するなら我が家に来たらいい、看護師助手として雇ってくださると言ってくれた。
何も出来ないわたしだけど、このままラウルといても離縁されることはわかっていたので先生に甘えることにした。
実家の侯爵家に帰れば父に罵倒され縁を切られて市井に出されるか、修道院へいくか、後妻として年上の男性の下に嫁がされる。
それなら少しでも仕事をして自立して生きていたかった。
父はわたしのことなんて居ても居なくてもどうでもいい存在。侯爵家にとって役に立たなければただのゴミでしかないわたし。
だったら先生に迷惑かけるけど、温かな先生の側で仕事を覚えてなんとか生きていく道を探したかった。
わたしにも少しの貯えと子どもの頃から持っている宝石や母の形見の宝石がかなりある。
たぶん、よくわからないけど、たぶん、これらを売ればひとり身でもしばらくは生きていけると思う。
◇ ◇ ◇
「ロイズ大丈夫よ、心配かけてごめんなさい」
「良かった、まだ顔色が良くないな。ゆっくり寝ろよ」
ロイズは、医者の卵で今は医学の大学に通っている。
学校が終わり帰ってきたらわたしが来て倒れたと聞いて慌てて部屋に訪れてくれた。
「シャノンちゃん、お久しぶり」
後ろから声がかかったのはロイズの母、ロバート先生の奥様のノエル様だった。
わたしはベッドから起き上がり慌ててご挨拶をしようとしたら
「ダメよ無理しちゃ。元々身体が弱いのに最近睡眠もお食事もまともにとっていなかったのでしょう?
なのに暑い中歩いてこちらまで来るんだから、倒れて当たり前でしょ!」
ノエル様は、本気で怒っていた。
「シャノンちゃん、連絡くれればすぐにお迎えに行ったのに、無理しないで。貴方は私達にとって娘のようなものよ、貴方のお母様、ジョアンが亡くなるとき、約束したの貴方のことを守るって」
そう、わたしの亡くなった母とノエル様は従姉妹でもあり友人でもあった。
流行病で身体が弱ってきて母はもう自分が長くないことに気づいていたみたい。
ノエル様達にわたしを気にかけて欲しいとお願いしてくれていた。
父は忙しく家庭を顧みない人だったので、まだ3歳だったわたしを一人残すのが母の心残りだったと言っていた。
ノエル様は身体の弱いわたしを気にかけてよく先生とは別でロイズを連れてわたしの元にお見舞いに来てくれた。
なのでロイズは往診とお見舞いと、よくわたしと過ごすことが多かった。
わたしの初恋の人でもあるんだけど、これはロイズには内緒。
ロイズは中等部の頃からエリアナという伯爵令嬢と婚約しておりお付き合いをしているので、わたしのことは手のかかる妹だとしか思われていない。
わたしの初恋はあっけなく終わった。
誰にも打ち明けられず、そっと奥に仕舞い込んでしまった。
ロイズに会うのが辛くて一時期は恋人もいるのでわたしから避けていた。
そのうち会話も減っていき、会うこともなくなり、今日久しぶりに会った。
ラウルとは、切なくなるほどの愛情はなかったけど、少しずつ打ち解けて穏やかな愛情を持って過ごしてきたつもりだった。
偶にロイズの顔を見て胸がチクッとする時もあるけど、ラウルの優しさにホッとして今は忘れることができていた。
まさかまたこの家でロイズと過ごすことになるなんて思ってもいなかった。
「ノエル様、わたしはこの近くに家を借りております。ロニーが準備してをしてくれています。わたしが邸を出て行ったのでロニーもあの邸を辞めてわたしの元に来てくれることになっております」
「シャノンちゃん、私たちは貴方をここで預かるつもりよ」
「ありがとうございます。でも、雇っていただくだけでもありがたいのです。ここにいることは出来ません」
「シャノン、何を遠慮してるんだ、別にうちで働かなくてもずっとここにいていいんだ」
ロイズの優しい言葉に彼は何を言ってるんだと思った。
「ロイズ、貴方は今学生だけどいずれおじ様の後継者としてヘンドリー伯爵家を継ぐべき人よ。エリアナ様と結婚もされることでしょう」
わたしは少しため息をついて
「わたしがここにいたら醜聞でしかないわ働かせてもらうだけでもありがたいの。何処にも行くところがないわたしをおじ様が雇ってくださったんだからそれだけで充分なの」
「シャノンちゃん、ロイズのことを気にかけてくれたのね、でもロイズは普段寮に住んでいるからたまにしかこちらには帰ってこないのよ」
「そうだよ、エリアナだって俺とお前は兄妹みたいなものだってわかってるよ」
「ええ、勿論兄妹みたいなものよ、でも、エリアナ様だってそれが続いたらいい気持ちはしないわ、わたし、人の気持ちがわからないところがあるからアイリスやラウルのほんとの気持ちにも気づかなかったの、もうそんなの嫌なの」
◇ ◇ ◇
わたしはロニーが来るのを、先生の邸で待たせていただいた。
というよりまだフラフラしてベッドから起き上がれないので強制的に寝かされている。
トントントン
「はい」
「入るよ」
「先生」
「大丈夫かい?かなり酷い貧血と軽い栄養失調だ。しっかり食事をしていっぱい寝て、こころも体も元気になったらここで働いてもらうからしばらくはここにいなさい」
先生が優しく微笑んだ。
「あ、ありがとうございます。ご迷惑をかけて申し訳ありません」
わたしは寝たまま頭を下げた。
先生の優しい言葉に、この2週間寝られなくて食欲もなくてただただつらくて悲しくて、自分の感情をどうしていいか分からず
泣くことも出来なかったのに先生の顔を見たらホッとして涙が溢れて止まらなかった。
「シャノン嬢、いっぱい泣いて辛いことなんて流してしまえばいい」
わたしの頭をずっと撫でてくれた。
扉の陰でわたしをじっと見守ってくれている人がいることをそのときは気づかなかった。