アイリスの悩み事
シャノンが邸を出てから1カ月が過ぎた。
今日もラウル様に会いに行った。
騎士団の詰所には行けないし、ベルアート家の邸には、何故か怖い門番の人が表も裏も配備されていて、わたしが行っても門前払い!
「ちょっとわたしは公爵夫人になるのよ!」
今日の門番に何度も教えてあげているのに黙って門を閉じたまま、返事すらしない!
「こんなことしてたらラウル様からクビになるわよ!ねえ聞こえてるの?返事くらいしなさいよ!」
今日の門番達、ほんと蝋人形みたいだわ。
息してるのかしら?
思わず下から門番の顔を覗き込んでみた。
(う~ん、目は微妙に動いているわ。息もしてるわね)
じっーと下から覗き込んでいると、門番は右を向いてしまった。
(あら、普通に動くのね)
「ねえ貴方達、わたしは伯爵令嬢よ!もうすぐ公爵夫人になって貴方たちの女主人になるの、門を開けなさい!」
「・・・・・・」
「貴方達、いったいいつまでこんなことをするの?わかってるの?きちんと仕事をしなさい!」
「・・・・・・」
ハア。
(わたしが公爵夫人になったらみんなクビにしてあげるわ)
こんなやりとりを1時間してわたしは帰ることにした。
言葉の通じない人と話すのは疲れるわ。
「明日また来るわ、愛するアイリスが来たことをラウル様に伝えておいてね。よろしくね」
◇ ◇ ◇
わたしは、門番達にわたしのことをいつものように教えてあげてから帰宅した。
お父様が帰っていたので執務室に向かった。
「お父様、ラウル様からの返事はまだ来ないの?」
「アイリス返事はきたのだが、お断りの手紙だったよ」
お父様は渋い顔をしていた。
「どうしてなの?ラウル様はわたしを愛してるとおっしゃってたのよ?」
「公爵はまだ離縁されていないそうだ。それなのにこちらから縁談の話を持っていってお怒りのようだ」
「お父様もご存知だと思うけど、ラウル様とわたしは何度も閨を共にしているの。愛し合っているの。シャノンとはすぐに別れるっておっしゃってたの!」
お父様は困った顔をした。
「そのことは一度公爵に話しに行った。
うちの娘を傷モノにした責任をとって欲しい、娶っていただかないとこちらも醜聞になると伝えたんだ」
「わたしは傷モノではないわ!ラウル様の大切な女性よ!」
(ほんとお父様ったら失礼だわ。何が醜聞よ!わたしはラウル様に愛されているのよ!)
「アイリス、手紙の中に写しが入っていた。これはお前が書いたんだろ?」
『誓約書
わたくしアイリス・ベンジャミンは何があってもラウル・ベルアートに迷惑をかけないことを誓う』
「ええ、書いたわ
それがどうしたって言うの?」
ラウル様に抱かれた後、
「『アイリス、自分には妻がいる。問題を起こせば公爵としても騎士団副隊長としても醜聞になり困ることになる。悪いが誓約書を書いてくれ』
と言われたから会えなくなるのは嫌だから書いたわ」
ラウル様に抱かれて幸せなわたしは何も考えずに誓約書を書いた。
その時はシャノンと離縁してわたしが公爵夫人になれるなんて思わなかったのだもの。
ラウル様に会える、抱いてもらえる。
その嬉しさだけしかなかったの。
「お前の純潔を奪っておきながら酷い人だ」
「え?純潔?奪う?」
わたしがポカンとしているとお父様が怪訝な顔をした。
「アイリスの純潔を無理矢理奪ったんだろう?」
「お父様、何を言ってるの?わたし高等部の学園では何人も恋人がいたのよ」
とコテンと首を傾げた。
「お、お前は……」
お父様は何故か青い顔をして小刻みに震えていた。
(体調でも悪いのかしら?)
「わたしはラウル様が好きだから差し入れに少し媚薬を入れてみたの」
ふふふ
「そしたらわたしを朝まで離してくれなくて、とっても幸せだったわ」
あの時のことを思い出すだけで幸せ。
初めて彼に抱かれた時、絶対に彼を離さないって決めたの。
それからは彼への差し入れに少しずつ媚薬を入れていたの。
口にした時に目に入った一人に対して興奮する媚薬。
外国でしか手に入らないのだけど、学園の時の先輩(元彼)がわたしに使ってたのだけど、たまたま見つけて、お願い(脅した)したら譲ってくれたの!
「お父様、でも数回しか使ってないのよ?だって元彼から少しだけ貰ったものでなくなっちゃったから。彼がわたしを抱いてくれたのは媚薬のせいだけではないわ」
「公爵は誓約書をもとにこちらからの訴えも縁談の話も受け入れることはないと言ってきた」
「あれはラウル様の醜聞にならないように書いただけだわ。わたしとの結婚が醜聞になるなんてあるわけないわ!愛し合っているんだからみんなに祝福されて幸せになるのよ」
「……アイリス……お前はわかってない」
「わかってないのはお父様よ!ラウル様に聞いてみて、わたしを愛しているって言ってくれるから」
(お父様までわたしとラウル様のことわかってくれない・・・私たちの愛は永遠なのよ!)
とにかくラウル様に会ってお話しするしかないわ。
◇ ◇ ◇
アイリスはラウルに邸で言われた言葉はとっても嫌だったのでなかったことにした。
『「はあ?
何を言ってるんだ、お前はシャノンを抱けない時の性の捌け口だ!その辺にいる女と一緒だ!
ただ穴があるから挿れているだけだ、娼館に行かない時の代わりでしかない」
「『愛してる』って言ったじゃない!」
「言ったんじゃない、お前がシャノンに全て話すと言ったから仕方なく言ったんだ!そのせいでシャノンは出て行ったんだ!」
「シャノンと別れるって言ったじゃない!」
「それもうるさいお前の口を塞ぐためについた嘘だ!」
「ひどい!ひどいわ!愛してるのよ!」
アイリスは気が狂ったように泣き叫んだ。
「セバス、邪魔だ!排除しろ!」』
この時のことは、アイリスは覚えていたくなかった。
だから、忘れることにした。
いや、自分の記憶から追い出したのだ。
(わたしはラウル様に愛されている女性なの)