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行為は好意との因果を

 日が暮れる。オレンジの帯が西の空に滲んで、すぐに紺色に変わっていく。車の往来する四車線の橋のたもとには一級河川が流れている。


「結婚しようよ」


 自転車を停めて、マオくんが私を振り返る。逡巡という言葉を知らなかったころ。


「うん」


 と頷くと、マオくんは目を細めて微笑む。目尻が少し垂れるから、そんなところが可愛らしくてたまらない。

 家は互いに反対方面の電車。それまでは二人きりの時間を大切にしたい。ずっとこんな日々が続きますようにと、祈らないまでも、信じて疑わない自分がいた。


 世界からマオくんが抜け落ちると、明かりの届かない海底の悲しみが私を包んだ。二三年はずっと、心臓をじかに握られるような痛みに悶えた。


 涙が枯れることはなく、それは私が正常な代謝を行っているからで、お腹は空くし、寝ているときはマオくんを忘れてしまう。


 私のなかには別の私がいて、マオくんを繋ぎ止めようとすればするほどに、よりいっそう遠く離れていくような気がして。


 マオくんとの関係を知る人は、私に対して慎重に言葉を選んだ。

 逆に初めて築いた関係は、その領域を容易く越境してくれる。


「ねえ、あの人素敵じゃない?」


「今度飲みに行くんだけど、メンバーが足りなくて」


「もっと似合う服を着た方がいいよ」


 出会い別れを繰り返す度にさらされるあらゆる接触による介入は、嵐をさまよう難破船の心地を提供してくれる。


 羅針盤を失って、私は宇宙の海原にぽつんと浮かぶ島に取り残された状態で、たまに周囲を艦隊や客船が通り過ぎていく。


 ときに大砲を撃ち込まれ、またあるときは悠々とした娯楽を見せびらかしてくる。


 同時に更なる憂いを呼び覚ましてくれる。


「あちら側だったのか」


 駅までへの帰り道に、少し高い位置にあるマオくんの肩を見上げていた私が夕暮れの空に輝く一番星の美しさにため息を漏らす。


 翻って時を同じくして、灼熱の太陽に首筋を焼かれながら、どこから狙われているか定かではないから、五感を剥き出しにして、息を殺している少年が居はしまいか。


 あのままマオくんと続いていたとして、世界が延長されたとして、果たしてそれは正解なのだろうか。


「やっぱり、ごめん」


 そう言ってしまう将来を否定できない。盲目の青春期には互いを愛し合うだけですべてが成り立つ。

 年収、ステイタス、子ども、あれこれを考える今、タイムマシンでマオくんの告白を、二つ返事で承諾できる自信は、正直なことろ、ない。





(了)

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