準備2
「毒消しの魔晶石を5個と、癒しの魔晶石を10個くれ」
ナダラの店を出た私が向かったのは魔晶石屋。
この魔晶石というのは、簡単に言えば魔法を閉じ込めた親指大ほどの大きさの石だ。
毒消しの魔晶石には《浄化》系の魔法が、癒しの魔晶石には《回復》系の魔法が込められている。
本当はこれらの魔法が使える仲間が一緒にいるのが一番望ましいのだが、回復系統の魔法を使える者はそう多くはいない。
そういう時にこれが役立つというわけだ。
それに回復系統の魔法使いがいる場合でも、この魔晶石があれば魔力の節約にもなる。
まぁ、それ相当の値段がするが、命に関わることだしケチらないほうが身のためだ。
新人冒険者がこの魔晶石をケチッたばかりに命を落とした、なんて話は腐るほど聞く。
今回は私が個人で受けた依頼だ。
私は回復系統の魔法を扱えないので、ネルルファにもしものことがあったら大変だし、かなり多めに魔晶石を購入した。
魔晶石を買ったあとは、毛布だ。
ゴジ山をその日のうちに越えるのは不可能なため、必需品だ。
日中は暖かくても、夜は冷える。
これもいいものを買っておこう。
◇
「おお、似合ってるじゃないか」
魔晶石、毛布、食糧、その他の必要な物を買い足しナダラの店に戻ると、ネルルファが冒険者っぽい格好をしていた。
長袖長ズボンに魔物の革を使ったベスト、腰には小さなナイフケースと小物入れ用のポーチ。
高価なワンピースもいいが、こういう服も似合うな。
「でしょ? ネルルファちゃんったら可愛いから、どれにしようか迷ったわよ」
「いや、可愛いかどうかより、機能性を重視してほしいんだが……」
ナダラの悪い癖だ。
可愛い小さな女の子が好きなんだとか。
酔った時にそんなどうでもいい性癖を延々と聞かされた時は衛兵に突きだそうかと思った。
「何もしてないだろーな?」
「するわけないでしょ! いくら私好みの可愛い女の子だからって。ちょっとファッションショーを楽しんだだけよ! ねー、ネルルファちゃん?」
「ちょっと、そんなにクシャクシャしないでッ!」
こねくり回すようにネルルファの頭を撫でるナダラ。
若干不機嫌そうではあるけど、手を払わないってことは大丈夫なのか。
「ところでセフィー、あなたそろそろ【白銀の百合】でSランクの大きな依頼があるんじゃないの?」
そうか、まだナダラは私が【白銀の百合】を抜けたことを知らないのか…………
つい先日のことだから当たり前といえば当たり前か。
「いや、もう私には関係のないことだ」
「関係ないってあなた――――」
言い方が悪かったな。
関係ないっていうより、もうギルドのメンバーじゃないからどうしたって関わることはできないってほうが合ってるか…………
「――――私はもう【白銀の百合】を抜けたんだ…………だから」
「抜けたって…………それ、本気で言ってるの?」
この店には【白銀の百合】に所属している冒険者も来る。
隠してもいずれはわかることだし、嘘をつく理由もない。
「……ああ、本当のことだ」
もう、共にシャーディーと剣を振るうことは叶わない。
自ら決めたことではあるけれど、その事実が私の心に与えたダメージは計り知れない。
昨日まではこれからどうしようかと本気で悩んでいたが、死んでしまおうかとも思っていたが、まだシャーディーのことを乗り越えたわけでもないが。
でも偶然ではあるが、今はすることができた。
進むべき道はまだわからないが、今は目の前の困ってる少女を助けることに全力を尽くそうと思う。
「そっかぁ。あなたの決めたことなら仕方ないわ。なにか事情があるんでしょ。困ったことがあったら相談に乗るから、またいつでもいらっしゃいね」
ナダラは理由を聞き出そうとすることはせず、笑顔で見送ってくれた。
彼女のこういうところは助かる。
今はギルドのことを思い出してくよくよするよりも、目の前の依頼に集中すべきだからな。
「ああ、またくるよ。さぁ行くぞネルルファ」
「え!? ちょ、待ってよ」
【銅の槍】を出る。
次はいよいよ馬車を調達して出発だ。
私たちは馬車乗り場へと向かった。
◇
「セイフィール。あなた、【白銀の百合】に所属してたって本当?」
「ああ。本当だ」
「凄いじゃない! 【白銀の百合】って言ったらSランクギルドでしょ? 私でも名前くらいは聞いたことあるわ」
優良指定を受けたSランクギルドなんていうのは、そういくつもあるものじゃない。
他国にもその名前は轟いているし、ネルルファが知っていても不思議じゃない。
「あいつらを簡単に倒したのも納得だわ」
ネルルファにこのことを言う気はなかったが、知られても困ることではないし別にいいか。
逆に元Sランクギルドに所属してたことで、少しは安心してくれるかもしれない。
悪いことではないだろう。
「本当は私個人じゃなくて、【白銀の百合】みたいなギルドが助けてくれたら話は早かったんだがな」
「そんなことないわ! この7日間いろんなギルドにいったけど誰も助けてくれなかった……私の言うことを信じて、助けてくれたのはセイフィールだけよ。だから本当に感謝してるの」
なぜだろうか。
今ので少し気が楽になったような気がする。
言葉使いが生意気なところもあるが、こういうところは素直で可愛いやつだ。
「――――――セフィー姉様ッ!?」
それはもうすぐ馬車乗り場に着こうかという時のことだった。
背後から声をかけられた。
聞き覚えしかないその声に振り返る。
「キュウラか…………」
冒険者らしい軽装で、淡い赤髪を左右で結った少女。
たしかツインテールっていうんだったか。
【白銀の百合】に所属するメンバーの一人が、そこに立っていた。
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