準備
翌朝、出発の準備をするべく私達は《ファルファス》の街を歩いていた。
まずはネルルファの服装を何とかしなければならない。
【ゲルゾルの里】への道程は険しい。
何せゴジ山と呼ばれる巨大な山脈を越える必要がある。
遭遇しないに越したことはないが、ゴジ山にはAランクの魔物も生息している。
それなりの準備が必要だ。
「まずはお前の服と装備を買いにいく。それから、山越えに必要なものも買って、昼には馬車で出発しようと思ってる」
「……わかったわ」
「どうした? 何か問題あるか?」
どこか不機嫌そうなネルルファ。
もしかして朝が弱いタイプなのか?
「問題はないわ。ただ、あなたが昨晩私の耳や尻尾を弄くり倒したせいで少し寝不足なの」
甘栗色の髪を耳にかけながら私を睨む。
長の娘と聞いたせいか、そんなどうでもいい所作にすら優雅さを感じる気がする。
ちなみに昨晩はシャツ1枚しか身にまとっていなかったが、今日はさすがに短パンを履いてもらった。
尻尾の穴を開けるのには苦労したが。
「そ、それはすまなかった。あまりにモフモフしてたから、つい触り過ぎてしまった」
昔から動物を触るのは好きだった。
だからというわけじゃないが、ピクピク動く耳と揺れる尻尾を見たら無性に触りたくなってしまった。
「まったく、触るのはいいけど限度ってもんがあるわッ! あなた寝たあともずっと私の尻尾を離さなかったんだからね」
「だからすまなかったって。ほら、あそこの店だ」
冒険者御用達の店【銅の槍】ここは私が昔から世話になってる店で、今回必要な買い物は粗方ここで済ませるつもりだ。
「あら、セフィーじゃないの。いらっしゃい、今日はどんな用かしら?」
ガラス戸を開けて中に入ると「リンリーン」という来客を知らせる鈴の音と共に、顔馴染みの店主ナダラが早速声をかけてきた。
ナダラは元冒険者の女性なんだが、若い頃に足に怪我をしてしまったせいで激しい動きが出来なくなってしまった。
それでやむなくお父さんの店を継いで、今じゃここの店長ってわけだ。
「ああ、今日はこの子の装備を一式揃えて欲しいんだ。ゴジ山を越える予定だから、それなりの装備を頼む。金はいくらかかっても構わないから」
そう言いながらネルルファの頭にポンと手を置こうとしたが、即座に払われてしまった。
昨日触り過ぎたせいで警戒されてる…………
「わかったわ。それにしても狐の獣人なんて珍しいわね」
ナダラの視線がネルルファの耳と尻尾をとらえていた。
昨日《変化解除》をしてからネルルファは本来の姿のまま行動している。
昔は獣人が差別されていた時代があったみたいだが、今じゃそんなことする国はほとんどなく、大抵仲良く共存している。
猫に犬、虎や狼に至るまでいろんな種が存在していて、人間はそれらを総称して獣人と呼ぶ。
ネルルファが魔法で姿を変えていたのは、追っ手から身を隠す為だったのだろう。
それよりも、私はネルルファが猫の獣人だと思ってたから、ナダラの言葉に少し戸惑った。
そういわれて見ると、狐に見えなくもないが……いやなんか狐にしか見えなくなってきたんだが……
尻尾も凄いフサフサだし、耳も猫より長いような気がする。
……目も狐っぽいし。
「……なによ、ジロジロみて!」
ジトッとこっちを睨んでくるネルルファだが、背が低いせいか上目遣いにしか見えない。
よし、この件はあとで機嫌が良さそうな時にそれとなく聞いてみよう。
「いや、なんでもない。ほらサイズ合わせとかがあるから、ナダラについていけ」
「あなたはどうするの?」
不安げに聞いてくるネルルファ。
「私はその間に他に必要な物を揃えてくるから、ナダラの言うことをちゃんと聞くんだぞ?」
「……でも」
「ナダラは信用出来るやつだから大丈夫だ。それにすぐ戻るよ」
ポンと頭に手をおいて、撫でる。
お、今度は払われなかった。
「わかったわ。なるべく早くしてね」
昨日命を狙われたばかりだし、不安なのだろう。
まぁ、何かあってもナダラなら大丈夫だ。
何せ足を怪我してるとはいえ、元々はAランクの冒険者だ。
そこら辺の輩に遅れをとることはない。
「さぁ服とか装備はあっちだからいきましょ。えーと、ネルルファちゃんでいいんだよね?」
「ええ、よろしく」
ナダラが気を使ってくれたのか、明るくネルルファに声をかけながら奥の棚に向かっていく。
こちらにパチッと片目を閉じて微笑むナダラに軽く手を振って、私は店を出た。
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