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自己紹介

 



「大丈夫か?」


「あ、ありがとう。助かったわ。強いのねあなた」


 そう言いながら手を差し出すと、少女はやや警戒しながらも私の手をギュッと握った。

 柔らかく小さな、か弱い手だ。私の豆だらけの硬い手のひらとは違う、女の子の手。

 そういえばシャーディーの手もこんな風に柔らかく暖かかったな。

 彼女も私と同じく剣を扱っていたはずなのに、何であんなに綺麗な手をしてるのかと、よく疑問に思ったものだ。


「腕には多少自信があるからな。で、何であんなやつらに狙われてたんだ? 命を狙われるようなことをしたのか?」


「そんなことしてないわ!」


「じゃあどうして」


「それは…………」


 押し黙る少女。

 あんなことになってたんだ、訳ありなのは明らかだが。

 まぁいくら助けられたからって、今日会ったばかりの私に何でもかんでも喋る義理はないのかもしれない。


「とにかくここを離れよう。この騒ぎだ、直に衛兵がくる」


 目立ったのは私の魔法のせいもあるが……

 私はひょいっと少女を抱えて歩き出した。


「え、え? ちょっとどこに連れて行こうってのよ!?」


 ジタバタと予想以上に暴れる少女。

 それにしても軽いな。

 背は小さめだが、それを加味しても軽すぎる。


「落ち着け、別にとって食おうってわけじゃない。このまま衛兵に捕まっていいのか? もし捕まったとしたら根掘り葉掘り事情を聞かれることになるぞ。それでもいいなら構わないが」


 衛兵に捕まればこの騒ぎの原因を追及され、本当のことを話すまで解放されることはないだろう。

 何かしら事情があるであろう少女を、このまま衛兵に任せるのは気が引ける。


「それに命を狙われてるんだ、私といた方がマシだと思うがな」


「でも、あいつらはさっきあなたがやっつけてくれたじゃない。命の危険は大丈夫よ」


「いや、最後の一人には逃げられてしまったんだ」


「え!? そんな……」


 あの時、私の魔法を受ける直前、黒い影が逃げていくのは確認済みだった。

 そのまま追いかけて止めを差すことも不可能ではなかったが、こんな状態の少女を1人にするのが心配で見逃してしまった。

 またこの少女を狙いにくる可能性はかなり高いだろう。


 仮に、衛兵に捕まって参考人として保護されたとしても、あのレベルの敵が襲ってきたらどうなるか。

 別にこの【スーファロ王国】の衛兵のレベルが低いというわけではないが、そこまで重要でもない事件の関係者を厳重に警護するとも考えづらい。


「だから今日のところは私の言うことをきいて、一緒にきたほうが安全だ。どうしてもというのならば止めないが」


 ここまで話して、ようやく抱き抱えていた少女がおとなしくなった。


「……わかったわ、ありがとう。今晩はあなたの好意に甘えさせてもらうわ。私の名前はネルルファ。あなたの名前は?」


「ああ、私はセイフィールだ。親しい者はセフィーと呼ぶ」


「そう、今晩だけだけどよろしくねセイフィール」


「ああ」


 傷心のまま夜道を歩いてたら、思わぬ拾い物をしてしまった。

 とりあえずは宿を探すか……






 ◇


「本当に一人で大丈夫か?」


「……私を子供扱いしないでちょうだい! お風呂くらい1人で入れるわよ!」


 宿屋について早々、まずはネルルファを風呂に入らせた。

 あいつらの返り血がついていたし、それ以外にもなんていうか、全体的に汚れていた。

 これからのことを話すのは汚れを綺麗に落としてからでも遅くはないだろう。

 一緒に入ろうとしたら凄い剣幕で怒られてしまったが……

 女同士だし大丈夫だと思ったんだが、そういうのが気になるお年頃なのか。





 ◇


「ねぇこれって、あなたの服?」


「ああ、服を買おうにもこんな時間じゃどこも閉まってるからな。今はそれで我慢してくれ」


 風呂から上がったネルルファは私のシャツを一枚だけ羽織った状態で出てきた。

 一応短パンも用意しておいたが、小柄なネルルファにはシャツ一枚で十分なようだ。


「簡単な物だが食事も用意してもらった。食べ終えたらでいいから、答えられる範囲でネルルファについて教えてくれ」


「……わかったわ。いただきます」


 ネルルファは両手を静かに合わせたあと、食事に手をつけた。


 よほどお腹が空いていたのだろう。

 ものすごい早さで、あっという間に平らげてしまった。


 食べ終えた皿を見ると、焼き魚が綺麗に骨だけになっている。

 急いで食べてるようには見えたがテーブルや口周りは汚れてないし、スプーンやナイフ、フォークの使い方も綺麗で様になっていた。

 気品を感じるとでもいえばいいのだろうか、ちゃんとした教育を受けないとこうはならない。


「ごちそうさま。美味しかったわ」


「宿屋に用意してもらったものだ。明日にでも言ってやるといい、喜ぶぞ」


「ええ、そうね。そうするわ」


「で、さっきの質問だ。もう一度聞くが、お前は何者でお前を狙っていた奴らはいったい何なんだ?」


 本当に言いたくないのなら仕方ないが、今後のことを考えるとできれば知っておきたい。

 敵の素性が気になるのはもちろんだが、最悪ギルドに任せることになるかもしれない。

 そうなった場合にも、どのみち説明は必要になってくる。


「…………わかったわ、ちゃんと話す。ここまで親切にしてもらって、命も助けられて、何も話さないなんてお母様に怒られてしまうものね――――《変化解除》」


 少しの沈黙のあと、口を開いたネルルファ。

 そしてネルルファが発した最後の言葉と共に、彼女の体を一瞬だけ淡い光が覆った。


「…………魔法で姿を変えていたのか」


 光が収まってから見た少女の容姿は少し変化していた。

 まず頭からひょこっと、猫のような二つの耳が生えている。

 そして臀部からはこれまた猫のようなモフモフとした尻尾が。


「改めて自己紹介するわ。私は獣人の里【ゲルゾル】の長の娘。ネルルファ・ゲルゾルよ」


 食事のマナーもなってて、着てる服も高そうだとは思っていたが、納得だ。

 獣人の里のお姫様とはな。


「そんな姫様がどうしてこの【スーファロ王国】に一人でいて、あんな連中に命を狙われていたんだ?」


 直接行ったことがあるわけではないが、【ゲルゾルの里】のある場所は知っている。

 だが【ゲルゾルの里】からこの【スーファロ王国】までは距離がありすぎる。

 途中大きな山を越える必要もあるし、護衛もつけない少女が一人でたどり着けるような場所ではないはずだが。


「……お父様の側近が裏切って…………そいつがヴァンパイアと手を組んだの…………」


 これまた凄い名前が出てきたな。

 ヴァンパイア、か

 種としての数は少ないが、1人1人の強さが尋常ではないことで有名な伝説級の種族だ。



「【ゲルゾル】はまだまだ発展途中の小さな里。そこにあいつが、ヴァンパイアを引き連れてきたの。もちろんみんな最初は抵抗してた…………でも次第にヴァンパイアの馬鹿げた強さに従うしかなくなって……」


 たしかに【ゲルゾルの里】はここ数十年で出来た、歴史の浅い小さな里だ。

 まだこういった力に対抗する術を用意出来なかったのだろう。

 それに【ゲルゾルの里】は山に囲まれた場所に位置するため、近くに助けを求められるような大きな国もない。


「それでも私達は何とかしようと、他国のギルドに助けを求めようとしたの。でもあいつらは私達が里を出ることを許さなかった。少しでも逆らったらすぐに処刑。もう何人も殺されたわ」


「ネルルファ、お前はどうやってこの国にきたんだ?」


「……お母様が全ての魔力を使って、転移魔法で私をここまで飛ばしてくれたの。それが7日前の出来事よ」


 本来転移魔法なんて複数人で発動させる大魔法だ。

 それを一人でやってのけるなんて、並大抵の魔力量では不可能。

 ネルルファの母は相当魔力に恵まれた人なんだろう。


「その7日でギルドに助けを求めなかったのか?」


「求めたわよッ! 助けてって、必死にお願いしたわ! でも、誰も信じてくれなかった。私が【ゲルゾルの里】から来たってことも、ヴァンパイアが出たことも。そんな化物そうそう現れないって、取り合ってももらえなかった……」


 ギルドに依頼をするのにもそれなりに順序がある。

 可哀想ではあるが、こんな小さな子供が一人で来て、いきなりヴァンパイアを倒してほしいなんて言っても相手にされないのは仕方のないことだ。


「お金の準備はあるのか?」


「……今は何もないわ。でも、ヴァンパイアさえ倒せば、里は依頼料を払うわ。それは長の娘である私が約束する。今は口約束にしかならないけど…………」


 これじゃギルドに依頼するのは難しいか。

 ……どうしたものか。

 私が知るかぎり、この国にヴァンパイアを相手に出来るギルドはいくつかあるが、それにはちゃんとした額の前金か、もしくは依頼書、つまりネルルファの親の魔印付きの書状が必要だ。


 ただ、私が先日まで所属していたギルド【白銀の百合】なら……シャーディーならもしかしたら助けてくれるかもしれないが…………


 ――――いや、駄目だ。

【白銀の百合】は近々Sランクの依頼が控えてる。

 今の戦力を考えると、ヴァンパイアなんかに人員を割く余裕はない。

 事情を話せばシャーディーはきっと助けてくれるだろう。

 彼女はそういう女だ。

 困ってる者を見捨てはしない。

 それが女の子ならなおさら。

 無理をしてでも助けようと、最善を尽くそうとしてくれるだろう。

 だからこそ、ここで彼女を頼るという選択肢はない。

 ギルドをやめてなお、彼女の負担になどなりたくはない。


 …………こうなったらしょうがない。


「乗り掛かった船、か」


「……え?」


「ネルルファ、お前の依頼は私が受けよう」


「本当ッ!? それは本当なの!?」


 ネルルファのフサフサの尻尾がピンッと立った。

 さわり心地のよさそうな、綺麗な毛並みだ。


「ああ、明日にでも出発しよう。早いほうがいいだろう」


「明日って……私は嬉しいんだけど、いろいろ準備があるでしょ? ほら、ギルドの仲間に相談とか」


「いや、私はどこのギルドにも所属していないが?」


「ん?」


「ん?」


 目をパチクリさせ、首を傾げるネルルファ。

 私もそれにつられて、首を曲げてみる。


「ちょっと、じゃあ依頼を受けるっていうのはどういうことなのッ!?」


 僅かな間のあとに、今度は尻尾だけじゃなく耳までピンッと立たせながら、顔を近付けてくる。


「お前の依頼は私が個人的に受けようと思ってるんだが?」


「…………ハァ。無理よ。相手は不死の怪物ヴァンパイアよ? 最低でもAランク以上のギルドの精鋭でもない限り、勝てないわ…………」


 ネルルファの耳と尻尾が、力なく垂れた。

 まぁ、普通は無理だろうな。

 だが今回は運がいい。

 いや、相性がいいというべきか。


「安心しろ」


 ポンとネルルファの頭に手を乗せる。

 想像以上に耳が柔らかくて、気持ちいい。


「安心しろって言われたって…………何か考えでもあるっていうの?」


 うつむき加減のまま視線だけをこちらに向け、元気なく聞いてくる。


「ヴァンパイアは極端に光に弱い。そしてさっき見たと思うが私は光系統の魔法が得意だ」


 頭の上においた手の下で、ピクピクと耳が動く感触がした。


「でも、それだけじゃ…………」


 まぁ、これだけじゃ安心しろって言っても無理だろう。


「大丈夫だ。ヴァンパイアなら過去に三人ほど討伐したことがある」


 あまり思い出したくない過去ではあるが、これなら多少は安心してもらえるだろうか。


「それは本当なのッ!?」


 手のひらが柔らかい何かに押し上げられ、宙を彷徨った。

 見ると、ネルルファの耳がピンッと立っていて、尻尾はゆらゆらと左右に揺れている。

 感情が耳と尻尾に出るとは……面白い。


「ああ。私は嘘はつかない」


「じゃあ、何とかなるのね? 里の皆を、お母様とお父様を助けられるのね!?」


「任せろ。だが、こっちからも条件がある」


 さっきからずっと、気になって落ち着かなかったんだ。


「…………いいわ。なんでも言ってちょうだい。里の皆を救えるのなら、私は命だって惜しくないんだから」


 真っ直ぐで穢れのない綺麗な目だ。

 ネルルファの決意に嘘はないのだろう。


「その、少し言いづらいんだが……」


「なんでも言ってって言ったでしょ、覚悟は出来てるわ」


「――――――尻尾を触らせてくれ!!」





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