傷心
「もう、このまま死んでしまおうか……」
ふいに口から漏れでたそれは、間違いなく今現在の私の本心だった。
冷静になって自らの過去を振り返ってみると、裏切られ続けた人生だった。
けれど、そんな人生の果てに出会ったのがシャーディーだった。
最後に、本当に最後にこの人を信じてみようって思えた。
それから私は彼女の為だけに生きた。
彼女だけが生き甲斐で、彼女以外何も要らない、彼女が傍で笑ってさえいてくれれば私は生きていける。
彼女の為ならば、命を捨てることさえも迷わなかっただろう。
それほどに私は彼女、シャーディーを愛していた。
でも先日、そんな彼女と袂をわかってしまった。
心を抉られたような痛みに襲われた。
本当はすがりついて、泣きついて、鬱陶しがられても傍にいたかった。
…………でもそんなことは出来なかった。
私はどんなときも彼女のためを思って行動してきた。
そして今回私が彼女のためを思って出した結論、それは私がギルドを去るというものだったから。
◇
「これからどうしようか……」
今まではシャーディーが立ち上げたギルドに所属して依頼をこなしていたけど、それは別に魔物と戦いたいとか、お金を稼ぎたいからじゃない。
シャーディーがいたからだ。
彼女の為にギルドを大きく有名にしようと、ガムシャラになって戦った。
強大な敵に腕を喰いちぎられかけたり、命の危機に陥ったことも一度や二度じゃきかない。
だがその時の痛みすら、この心の痛みに比べればかすり傷のようなものだ……
「お金もまだ余裕があるし…………」
私は基本的に無駄遣いをしない。
寝泊まりはギルドの世話になってたし、食事もそんなに贅沢するタイプでもない。
装備品は多少はいいものを使ってはいるが、それでもお金は貯まる一方だった。
ここを出て、違う国に行くのもありかもしれない。
私が現在住んでいる【スーファロ王国】は、このムルルント大陸で1、2を争う大国だ。
ギルドの数も多いし、商業も栄えてる。他国からの出入りも激しい。
そしてシャーディーのギルド【白銀の百合】は、この国でも数える程しかない、王国指定の優良ギルドだった。
この優良ギルドというのは、一年に二回以上Sランクの依頼を成功させることによって国に認められる制度で、優良ギルドになれば貴族や王族などからもおいしい依頼が入りやすい。
ギルドを立ち上げた時は私とシャーディーの二人だけだった。
当初はとにかく二人でひたすらに剣を振って、魔法を使って、あらゆる依頼をこなした。
お金がなくて馬小屋で一夜を明かしたこともあるし、依頼料をちょろまかされたこともある。
だけど、それでも私たちは止まることなく、悲観することなく頑張り続けた。
その甲斐あってか依頼をこなすたび、それに比例するように仲間も増えて、そして今じゃ【スーファロ王国】を代表する優良ギルドのひとつだ。
怒涛の大躍進といえるだろう。
今にして思い返すと数年前のことではあるけれど、遠い過去のように感じてしまう。
そう思うのはきっと、もう彼女の隣には戻れないと私自身が自覚してしまってるからだろう。
「あれは……」
これからどうするかと【スーファロ王国】の主要都市 《ファルファス》の夜の街を歩いてると、柄の悪そうな数人の男が、抵抗する少女を路地裏へと連れ込むのが見えた。
「人さらいの連中か……?」
この国には孤児などの身寄りのない小さな子供を拐っては奴隷として売り飛ばし、日銭を稼ぐ連中が多数いる。
主に闇ギルドの者がほとんどだが、今回はなにか様子がおかしいように思う。
まず路地裏に連れ込まれる前に見えた少女の服装。
あれは孤児が着るにしてはどうみても高価過ぎる。
あれではまるで、どこかの貴族の娘だ。
そして、それを拐おうとしてる者達の服装も、全身を覆う真っ黒な外套という怪しさ全開の格好だった。
まぁ理由はどうあれ、あんな年端もいかない少女を多数で拐おうとする輩に正義なんてものがあるわけもない。
私はあとを追って路地裏へと急いだ。
◇
「やめて、離してッ! 汚い手で私に触れないで!」
《ファルファス》の夜の路地裏で、少女が高い声で叫んだ。
「まさかここまで逃げてたなんて、さすがに驚きましたよ。ですがもう終わりですね」
男が口を開く。
少女を追い詰めていたのは、黒い外套を纏った3人組の男。
そしてその3人に指示を出してるのは、後ろで偉そうに立つリーダー各の男。
「嫌ッ、私はこんなところで死にたくない、死ねないのよッ!」
3人の男に迫られ、少女はジリジリと路地の壁に追い詰められていくが、語気を強め抵抗をやめない。
少女は高価な刺繍が施してある緑のワンピースを着ていたが、よく見ると所々破けていて綺麗とはいえない状態だった。
しばらく体も洗えていないのか、肌の啜れた汚れも目立っている。
だがそんな身なりをしてなお、少女は美しかった。
腰まで伸ばした甘栗色の髪に、赤銅色の瞳。ややつり上がり気味の目からは気の強さが窺える。
そして幼いながらに整った顔立ちは、将来美人に育つであろうことを予想させる。
「駄目ですよ。泣いて喚いて、命乞いしたって、あなたはここで終わりだ。もう諦めてくださいよ」
リーダー各の男が、諭すように言う。
「嫌よッ! 私は、私を命懸けで逃がしてくれたお母様の為にも、死ぬわけにはいかないッ!! 絶対にあなたたちを許さないんだから!!」
少女の目に浮かぶのは怒り。
こんな危機的状況にあっても、絶対に敵を許さないという覚悟。
「はぁ~、自分の状況を冷静に判断してから喋ってください。あの御方の精鋭である私がわざわざ出向いてるんです。逃げられるとでも思ってるんですか? どう足掻いても無理だ」
「――――近づかないでって言ってるでしょッッ!!」
少女は近付いてくる男たちを追い払うように手を振る。
その手には小さなナイフが握られていた。
冒険者が戦闘で使うものとは程遠い、果物を切るような小さなナイフが。
「ふふ、そんなものがあったところでどうなるというんですか。本当に往生際が悪い。これ以上騒がれて人が集まってきても困ります。一思いに楽にしてあげなさい」
リーダー各の男がそう指示を出す。
男の部下であろう者たちが腰から剣を抜き、そして振りかざした。
絶体絶命のピンチ。
少女は抵抗することを諦め、そして祈った。
(誰か、お願い、誰でもいいから――――)
「――――助けてッ!!!」
少女が叫び、鋭利な刃が振り下ろされる寸前だった。
「ずいぶんと物騒なことになっているな」
聞こえてきたのは剣と剣がぶつかる音と、緊迫したこの場には似つかわしくない、落ち着いた女の声だった。
◇
私が男たちの後を追って路地裏へと出向くと、年端もいかない少女が今まさに命を奪われようとする瞬間であった。
私は即座に少女と男たちの間へと入り込み、3本の剣を同時になぎ払った。
剣を失った3人は後ろへと下がり、距離を取る。
「……何者です、あなたは」
すると後ろへと下がった3人の更に後ろから、もう1人の男が私の方へと近付いてきた。
「何者かと言われてもな……少女が襲われそうになってる場面に出くわした、ただの一般人だが?」
一応聞かれたことに素直に答えてみる。
無論、こいつが聞きたいのはこういうことではないのは理解しているが。
「おかしいですね。ただの一般人が、私の部下3人の剣を同時に弾き飛ばすなんて芸当、できるとは思いませんが」
この男が頭か。他の者を部下と呼んでるし間違いないだろう。
それにこの魔力と佇まい……明らかに他の3人より強い。
「世界は広いんだ、そういう一般人もいるということだ。目の前で起こったことを信じたらどうだ?」
「まぁそれもそうですね。それはさておき、そこを退いてくれませんかね?」
「私が退いたら、お前はこの子を殺すだろ? 退くわけがない」
実際に私が間に入らなかったら少女は確実に死んでいた。
大の男が3人で少女に斬りかかるなんて、到底許せることではない。
いくらシャーディーと離れることになって傷心の私でも、さすがにこれは見逃せない。
「ではあなたも死ぬことになりますが、いいのですか? 今ならまだ間に合いますよ。名も知らぬ今日会ったばかりの小娘のために死ぬなんて、馬鹿馬鹿しい話でしょう?」
たしかに見ず知らずの他人に命をかけれるかと言われれば悩むところではある。それはどんな人間でもそうだろう。
だがこいつはなにか勘違いをしている。
それは、私が負ける前提で話を進めてることだ。
こいつがそこそこの実力者なのは間違いないが、それでも私が負ける相手ではない。
「馬鹿馬鹿しくなんかないさ。何故なら私は死なないからな。お前らのような複数で少女に襲いかかる輩は私が絶対に許さない」
「ふ、なるほど。よくわかりました。あなたの死因は――――――下らない正義感ですッ!」
男の手元が高速で動く。
月の灯りを反射しながら、小刀がかなりの速度で私へと投擲された。
中々のコントロールだ。何もしなければ小刀は私の眉間へと突き刺さるだろう。
だが、それは何もしなければの話だ。
まったく、舐めてもらっては困る。
私は小刀の刀身を人差し指と中指で挟み取って、更に速いスピードで男の眉間へと投げ返した。
「《影壁々》」
男へと向かっていった小刀は、もうすぐ刺さろうかという直前で黒い壁に阻まれ、勢いを殺され地面へと落ちた。
さすがにそんな簡単にはいかないか。
小刀を防いだあれは、魔法で創り出した影の防壁だろう。
そしてあの速度の小刀を焦りなく防ぐ辺り、やはり実力者だ。
「いきなり刃物を急所に投げてくるとは……もはや話し合いは必要ないな」
もし、万が一にもこいつらが引いて、今後この子に手を出さないと誓えば見逃そうかとも思ったが、無駄か。
「ふ、それを軽々と投げ返してきといてなにを言ってるんですか……」
今しがたの攻防の影響か、男が私をみる目が明らかに変わった。
ちゃんと脅威として認識してもらえたようだ。
「私はお前たちが何でこの子を狙ってるのか、そこにどんな事情があるのかもわからないが、今の攻撃で命を脅かされたのは事実だ。私を殺そうとしたんだ、殺されても文句は言えないな」
「ただのお人好しの馬鹿かと思いましたが、多少は戦闘の心得があるようですね。いいでしょう、もう気は抜きません」
男が纏っていた黒い外套を脱ぎ捨てる。
私はその一瞬の隙をついて、地面がヒビ割れるほど足に力を込めて駆けた。
「なっ!?」
「ぐ、はっ……」
「カハッ」
私はリーダー各の男を無視して、部下の男3人を一閃のもとに両断した。
――――ボトッという音と同時に男たちの上半身が地面へと落ちる。
「3人まとまっていては数の利を活かせてないな。まぁお陰で斬りやすかったが。あとはお前だけだな」
剣についた血を地面に払って、リーダー各の男を見据える。
「部下なんていくらでも代わりはいますよッ!《影無双夢想》」
その直後、地面から現れた黒い無数の影が一斉に私へと迫ってきた。
咄嗟に飛んで交わそうとしたまではよかったのだが、
「ふふ、無駄です。私の影はどこまでも追ってきますよ。あなたの体を穴だらけにするまで、どこまでも!!」
影は空中にまで伸びて、襲いかかってきた。
全てを避けるのは厳しいか……仕方ない。
「《聖母ノ光斬剣》」
避けれないのなら斬るしかない。
剣に魔力を込め、魔法を発動させる。
私の剣から放たれし聖なる光の刃が、闇夜を照らし、影を斬り裂いた。
夜にこの攻撃は目立つから出来れば使いたくはなかったが、そうも言ってられない状況だ。
「なッ!? この光の魔法は……あなた、まさか――――」
部下が死んでも顔色ひとつ変えなかった男が、今日初めて見せた焦燥感。
最後まで喋らせることなく、光の刃はそのまま男へと直撃して爆ぜた。
「私の光の刃はお前程度の魔法など簡単に斬り裂く。それが闇魔法ならばなおさらだ」
それにしても、何故こんな連中に少女は狙われていたんだろうか。
そこら辺も詳しく聞く必要があるか。
私は後ろで震えてる少女の元へきびつをかえした。
多分タイトル変えます。とりあえず今はこれで。
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