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養殖

作者: 竹下博志

私は漁業を営んでいる。

と言っても、獲りに行く方ではない。

養殖をしているのだ。

私の職場はビルの中である。中に入れば、大きなガラスの向こうに魚の群れが見えるので、その業態はわかるだろうが、外からは何をしているのか全くわからないだろう。

この辺りには、そんなビルがたくさんある。

というのも、ある時期を境にして、オフィスの需要が激減してしまった。

家に居ても仕事が出来て、その事が業務にも差し支えない事がわかってしまって、それ以降、もともとオフィス用に建てられたビルの殆どが空き家となったのだ。

しばらくの間はオフィスは無人で、そのままにして置かれたが、誰かが水耕栽培で野菜を作り始めた。そんなわけで今や、オフィスとしてのビルは殆どない。

それでも、当初は商売にならず、物珍しさだけで、見学ツアーなどでやりくりしていた様だった。だが、やり方を突き詰めてゆく中で、ついに利益を出せるようになった。

もちろん折からの不動産の高騰もそれを後押ししたという事は言うまでもない。

そのうち、地面で野菜を作るなんて、なんて贅沢な、という様な雰囲気となった。

おまけに室内なので、気候の調整が容易だし、害虫は少ないし、輸送コストも少なくて、メリットの方がより際立つ様になると、ビル内農場はメインとなり、その波は農業から、漁業に飛び火した。

というわけで、私はこのビルでマグロや鮭なんかを養殖している。

 職場の入り口には、売店がある。

マグロをフライにして、ハンバーガーみたいにしてあるものを売っている。

キンダイサンドという名前だ。以前、キンダイの意味をネット検索してみたが、忘れてしまった。仕事に関係ない事は忘れてしまうに限る。私はマグロの養殖が好きだ。

だから、純粋にその事に集中していたい。

私は、この売店でペットボトルに入ったミネラルウォーターを買うのが日課だ。

キンダイサンドは食べた事がない。ここの従業員はだいたいそうじゃないだろうか。

見学ツアー用のメニューなのだ。

とはいえ、この売店の従業員は時々、キンダイサンドをつまみ食いしている。

ひどい時は幾つか持って帰ったりもしている。

この売店の従業員は1人でシフトに入るので、どうも誘惑に駆られ易いと見え、

その前任者も同じように、キンダイサンドを横領していたのだった。

その前任者は私の告発で、クビになったが、今の従業員を再度告発しようとは思わない。

私だって、学習する。正義感がどうとかでは無い。前回のゴタゴタときたら、全く面倒だったからだ。その面倒臭さをおもえば、ハンバーガーがいくつか無くなるくらいどうだというのだ。私には関係ない事だ。

 私は、いつものようにミネラルウォーターを飲み、専用のゴミ箱にペットボトルを捨てる。

このゴミ箱の中には、プラスチックを食べて分解する虫が入っている。

プラスチックは一時期、とても悪い物と考えられた事もあった。

しかし、何年か前にこの虫が発見されて、品種改良され、その分解能力が上がると、

もはやプラスチック自体が悪い物の様に言われる事は無くなってしまった。

プラスチックは虫に変わり、虫はマグロの餌の一部となり、人間の食糧となる。

面倒な連鎖だ。虫を直接食べたなら、こんな大掛かりな水槽や濾過装置などの大掛かりな仕掛けは不要となる。

しかし、それでは駄目らしい。虫よりもマグロの方が美味いからだ。

欲望の前では合理性はなす術がない。

もっとも、そうなれば私の仕事が無くなってしまい、それは困るのだ。

だいたい、人間の経済活動なんてものは、無駄の寄せ集めなのである。

わざわざ移動して、近くでも見れる様なものを見てみたり、東の物を西に移動し、西の物を東に移動したりする。その事に必要だったのは、石油だ。

それをあんまり大量に燃やしたもんだから、いわゆる地球の温暖化というやつがどんどん進んでしまった。

今はその事もだいぶマシになったのではないだろうか。

ダイヤモンドが発電に応用されて、その技術が完成すると、電気がタダみたいになって、モーターを積んだ乗り物が主力となった。

従来の発電所は不要となり、火力も原子力も徐々に閉鎖されていった。

大気から電気を取り出す技術が進んで、それが一般的となると、いわゆる送電網は小さくなり、そのメンテナンスをしていた多くの機材や人員、はたまた原材料が不要となった。

大気から取り出せる電気の大きさにはまだ上限があるが、太陽光で発電出来る外壁、ガラスのコストと効率が改善されて、私のいるビルなんかは殆ど電気は自給自足している。

蓄電池も、ある時期に、昔から存在していたが、ある意味革命的な素材が見直されて、その性能を上げ、電気の自給自足に貢献した。

やはりというかさらに、発電網は小さくなり、送電ロスと言われたエネルギーの無駄遣いは限りなくゼロになって、その管理も小さな集団と装置で可能となった。

これで、温暖化ガスも減るというものだろう。

 私は今日の予定を確認すると、エレベーターで屋上に上がる。

屋上には太陽光発電のパネルがあり、これは旧型なので、こうして見に来なくてはならない。

もう相当古いが発電自体はまだしている。発電効率は落ちたが、もう当初のコストは回収してあるので、放置状態だ。このパネル、今の物と比べると大きくて重い。機能は発電のみ。

とても不細工だ。ただ稼働部分が無く、材料のほとんどがガラスなので、時折配線を交換するだけでそれ自体は壊れない。附属機械は良いのが出来たから、これは昔の様に何年かに一回は交換しなくてはならないという事から解放された。問題は架台である。架台は金属で、これが風雪にやられてしまうと、それがシステム自体の寿命とも言える。架台自体は大丈夫でも、その土台がやられていたりすると、同じ事だ。特にこうした陸屋根に斜めに取り付けたものが危なっかしい。北風がパネルを船の帆の様に煽って、その取り付け部をグラグラにしてしまう事がある。こうなると、パネルは大丈夫でも、屋根の方がやられてしまう。雨漏りの原因だ。

私はパネルの周囲を一周りして、点検する。

一周すると、正面に街の全景が見える。

昔、道路だったところに海水が満ちて、ちょうど海からビルが生えてるようだ。

今はもうすっかり沈んでしまったが、イタリアにベニスというところがあったそうだ。

水上都市。建物の間に海水が満ちて、ちょうどこんな風だったろうか。

海水は今、ビルの二階と三階の間くらい。ちょうど干潮で、三階の窓の周りには貝殻が張り付いてまだらになっているのが見える。昔、道路だったところの上には、潮の満ち引きを利用した発電機が据え付けてあり、干潮時はこれが透けて見える。これもこのビルに必要な海水を汲み上げるモーター用の電力として使われている。汲み上げた海水の一部はフィルターで濾過され、ビルの水道として使われる。このビルのフロアは一部に水耕栽培も入っていて、レタスを作っていた。もちろん、キンダイサンドに入っている。

噂では、ミネラルウォーターはこの水を詰めただけだと言われているが、私は気にしない。

水は水だ。

発電機の横には、室外機の放熱装置が浸かっている。

ここら辺りの夏はとっても暑いのだ。ゴム底の靴なんかだと、溶けてしまうくらい暑い。

室外機はだから水に浸けておかないと放熱しない。

だから金持ちはみんなシベリアとか、南極や、チベットなんかに住んでいる。

土地は貴重で、野菜づくりなんかもってのほかというわけだ。

シベリアに住んでも、仕事に距離は関係なく出来るので、平気らしい。しかし、私の仕事はここでしか出来ない、また、私は夏に外に出てゆく趣味は無いし、外に出る時は空調服を着る。電気を大気から取るから昔のもの程重くは無い。

空は時々ドローンが羽虫の様に飛んでいる。最も、ドローンが一番多いのは水上だ。

ドローン屋に言わせると、落ちない様に飛ばしたり、人を轢かないように地上を走らせたりするよりは、水上というのはコントロールしやすく、荷物も沢山載せ易いとの事だ。飛行型ドローンをいっぱい載せた空母みたいな奴も居て、これはビルの真下から窓まで荷物を運んでくれる。

そう考えてみると、水上都市も悪くない。何しろ海水がすぐに手に入るので、養殖には最適だ。移動はもっぱら飛行型ドローンである。ゴンドラと呼ばれる水上型ドローンも悪くは無いが、飛行型が手取り早い。時計の専用アプリに人数を打ち込むか、或いは飛行ドローン1人用と、話しかけてもいい。しばらくすると既定の発着所に迎えに来る。乗り込んだら、また目的地を話しかけると、最寄りの発着所まで飛んで行ってくれる。

海水面が上がった当時は舟だけが頼りだったらしい、次にビルの間を通路で繋ぎ始めた、通路はムービングウォークが仕込んであり、最初は利用者が有ったようだが、今はこれを使う人は殆ど居ない。何処へ行くにしても、通路沿いでないと行けないし、ひどい遠回りになるからだ。

 良い時代になったものだと、思いながら下へ降りる。

水槽の縁に立って、給餌用のスイッチを操作する。

マグロは丸々と太っている。生育は順調だ。

と、次の瞬間私は地面に倒れていた。

見ると、大きな黒いものが私の足に噛みついている。

ワニだった。

おそらく、何処かの養殖場から逃げてきたのだろう。

こいつらは、この辺りの気候にちょうど良い。

食べると鶏肉の様だと聞く。

と、私は足を噛まれながら、そんな事を考えていた。

足はかなり大きな怪我になっており、こんな時にはかえって痛みを感じない様になっている。これが緊急自体なのは、一目瞭然で、わざわざ脳に痛みという名の危険信号を送らなくても良いからだ。

ワニは私の足を振り回して、膝から下をもぎ取ると、しばらくくちゃくちゃ噛んでいたが、吐き出して、どこかへ行ってしまった。

私はその間、じっとしていた。脳に危険信号が流れなくても、先程の転倒時の加速信号と、身体の一部が破損したという信号は時計を通して、それを知るべき場所に通知されたはずだ。

案の定、通知済告知が時計に現れて、救助チームの出発と、到着までの時間をカウントダウンし始めた。

 私の名前はT45。ツナの養殖専用AIとしては、この二桁番号はベテランの域に入る。

学習履歴も古いし、かなりのデータが蓄積されている。生育成績も良いから、救助チームは最優先で到着するだろう。

ところで、私の生態組織の維持の為には、毎日ペットボトル一本の水を補充するだけで良い。これは比較的最新型なのだが、さすがに夏に外に出るには空調服を着ないと生態組織が悪くなるし、この身体もそろそろ古くなってきた。いっそのこと修理と言わず、新しいものと交換してくれると有り難い。



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