09.ギルド解散
「ねぇ教えてよ、スレイド。元ギルメンのよしみでしょ」
「…………」
僕は貝のように口をふさぐ。
目の前の女性は色目を使い、僕ににじり寄る。
「もう、なんで黙ってるのよ」
目の前にいるのはアズビーという、かつての僕のギルメンの一人で紅一点。
なぜ彼女が僕の前に現れたのかというと……。
「そろそろ教えてくれないと、襲っちゃおうかな……」
するりと衣服をはだけるアズビー。
そう。僕は今、いわゆるハニー・トラップを受けているのだった。
僕は椅子に後ろ手を縛られているため、短時間催眠を使うことも出来ない。
ガタガタと暴れ、彼女の手から逃れようとするが、椅子自体が床に固定されていて動きやしない。
しかも、不味い事にリーピアと離れ離れの状況。
(早く助けに来て、リーピア……!)
僕は今日ばかりは、己の迂闊さを呪う事しかできなかった。
◆◆◆
半日前―――。
「お休みにする?」
「うん、今日は買い出しに行こうかなって思って」
事の発端はそんなのんきな会話だった。
「そうねー。そろそろ備蓄尽きてきたし、良いかもね。一緒に行こうか?」
「あ、良いよ。家の掃除とかあるでしょ? 留守番しててよ」
「そう、まぁあんまり遅くならないでねー」
こんな感じで、僕らは久しぶりにお互いが単独行動をしていた。
―――まさか、あれだけ脅したにも関わらず、レイブンが僕をこっそり待ち伏せているなんて思いもせず。
買い物帰りに、僕は後ろから襲われて気絶させられた。
僕だって冒険者だ、1人に襲われるくらいならどうとでもなったと思う。
でも不味い事に、レイブンは仲間を2人連れていたのだ。
そう、ドラゴンから助けたグリウスと、もう一人の仲間―――アズビーを。
無敵催眠を使えない状況の上に3人がかりで押さえつけられちゃ、どうにもならなかった。
そもそも、この3人は実力的には僕より上なのだ。短時間睡眠の事も3人は知っているので、その警戒も万全だった。
尤も、僕の無敵催眠が未だ正体不明であり、どういう状況で発動するか分からないから3人で襲ってきたとも言えなくはないだろう。
いずれにせよ、だ。
僕は3人に捕まり、監禁されていた。
町はずれの誰もいない小屋に。
◆◆◆
「いい加減口割ったらー? あ、それともこういうシチュエーションに興奮してたり?」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるアズビー。
冗談じゃない、離してくれ、と言っても無駄なのは分かっているので、僕はただリーピアを待つ。
いくらなんでもこんな長時間町を離れたら、リーピアも気付くはずだ。
とはいえ、手がかりがないからな……どうすればいい?
僕は冷静に考える。
「力づくで吐かせちまえば良いじゃねえか」
レイブンがそんな風に言うが、グリウスは怯える。
「ば、バカ言うなよ。こいつ、ドラゴン倒してんだぞ。こ、こう見えて俺たちを一網打尽にできるんじゃ……」
ビクビクと怯えるレイブンにグリウスもアズビーも呆れる。
「バカねえ、だったら今頃私たちとっくにお陀仏じゃない」
「そうだよ、どうせコカトリスを倒したのもなんかの間違いだ。記憶消すとか抜かしてたが、おおかたハッタリだろ?」
2人の判断は軽率だな、と思うが、だからと言って今の自分では何もできない。それに一部は当たってる。確かに直接ドラゴンを倒した姿を目撃しているも同然のグリウスと、他の2人では反応が違うのは当たり前だ。レイブンには、僕の慣れないハッタリは見抜かれてしまったようだし。
「じゃあ、ちょっと痛い目に遭って貰っちゃおうかな?」
アズビーは今までの色目をやめ、その表情が嗜虐に染まる。
僕はただ静かに睨み付ける。
「気に入らねえなあ、なんでそんな冷静なんだよ? 泣いて許しを乞えよ」
レイブンがそんな風に言って僕の口をギュッと掴むが、僕は押し黙る。
「お、おい、やっぱやめとこうぜ……す、スレイド、出来心だったんだよ……」
「何お前ビビってんだ? こいつがドラゴンを倒したとか、夢でも見たんじゃねえのか?」
「そうよ、いい加減に……」
「しなさいよ、あんたたち」
と。
僕の背後から声が聞こえた。
背後?
「え?」
「あ?」
「な、なに?」
ガァン!と凄まじい音がして、僕の監禁されていた小屋の板壁がブチ抜かれた。
「あ」
「わっ……」
「な、なんで……!?」
そこには、怒りの形相に燃えるリーピアと……そして、ガルデがいた。
「お前ら、いったい何をやってるんだ」
静かな怒りを滲ませ、ガルデはたった今小屋をブチ抜いた大剣をズシン、と床に突き立てた。
3人は怯える。
「が、ガルデ……こ、これはさ」
「おいレイブン! もう駄目だ、正直に言って謝ろう!」
「ちょっとグリウス!」
口々に何かを言おうとするが、ガルデは悲しみと失望で目を伏せ、やおら言った。
「……お前ら、今日で俺たちのギルド『黒煙の灯』は解散だな」
そうして、大剣を鞘に納めると、思い切り振りぬいた。
ぶん、と振り回された剣に3人はまとめて吹き飛ばされる。
「ぎゃっ……!」
「うわぁあっ!!」
「いやぁっ!」
小屋の壁にしたたかに身体を打ち付けられ、3人は昏倒した。
僕はリーピアとガルデを交互に見て、そういう事か、と納得した。
「……リーピア、それにガルデも……助けてくれて、ありがとう」
「もう!! だから中途半端に優しくするなって言ったのに!! ばか、ばか!!」
リーピアは泣きそうになりながら僕を縛り付けていた縄を切って、抱きしめてきた。
「い、痛いよリーピア」
「反省しなさい!」
ぽかぽかと僕を軽く殴りつけてくるが、全然痛くない。心のほうが痛かった。
「……本当に、済まなかったな。こんな事を野放しにするつもりはなかったのに」
ガルデは深く頭を垂れ、そして土下座の姿勢になろうとした。
「やめてよガルデ……君は悪くないよ」
僕は言う。
「だが俺のギルドのメンバーのした事だ」
あくまでもケジメをつけたい、と言うガルデに、僕は言う。
「今日で解散なんでしょ?」
そして、リーピアに目配せした。
「……あーあー、そうですね! 分かりました!!」
「……? スレイド?」
僕は不思議そうな顔をしているガルデに、ゆっくりと手を伸ばす。
「ウチのギルド……『居眠りドラゴン』に入ってくれない? ガルデ」
僕は、ガルデの真摯な態度を見て―――僕を追放したギルドのマスターであるガルデを、自分のギルドに迎え入れる事を決心したのだった。
(つづく)
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