08.ねばりつく視線
「ねぇスレイド、ちょっと見てこれ」
「どしたのリーピア?」
いつものように立ち寄ったギルドで僕たちは、ドラゴン退治のようにあまり目立たず、かつ、そこそこ稼げるA級クエストを探す。実力的には中級冒険者の分際で既にA級クエストを好きなように選べる立場という事で、変なやっかみを買いたくないからだ。
……まぁ、ドラゴン退治をこなしたという華々しいA級冒険者デビューの報は、既にあちこちに轟いてしまっているので、手遅れ感は否めないが。
そんな僕たちが見つけたクエストは、以下のようなものだった。
『はぐれコカトリスの集団を全滅させて下さい』
コカトリス……1匹1匹はさほど強くないけど、個体によっては強い石化能力を持っていたりするので、下手に手出しは出来ないタイプだ。A級の、下位~中位くらいに位置するクエストだな。
僕はそう分析し、頷く。
「良いんじゃない? 集団戦は無敵催眠の本領発揮だしね」
「ね。一網打尽にしてやりましょ」
そんな相談を僕たちがしていると、ふと僕は視線を感じた。
「……?」
「どうしたの、スレイド?」
「あ、いや……気のせい……かな?」
そういえば、そこまで気にしてなかったんだけど……『虹色トカゲの森』での謎の悲鳴といい、今回の視線といい、何かリーピアと行動するようになってからというもの、僕たちの周りに『誰かがいるな』という感覚に襲われることが、たまにある。
「気のせいならいいんだけど。どこで誰が私たちの能力を盗み見てるか分からないから、気をつけようね」
「そうだね」
僕たちは小声で話す。
無能冒険者扱いでギルドを追放された僕たちを訝る目は多い。
だからこそ、こんな能力を得た事は秘密にしたいのだ。
仮にバレたとしても、喧伝するような人でない事を祈りたい。
「この町で稼ぐのも潮時かもね」
「ええ、ギルドハウスの年間契約料払ったばっかりじゃない」
ポツリとそんな事を言うリーピアに僕は反対する。
「A級いくつかこなして貯金して、ほとぼり冷めるまでちょっと離れた町のほうで稼げばいいのよ」
「そんな面倒な……」
第一、A級やろうと言ったのもギルドハウスを持とうと言ったのもリーピアなんだから、そこはちゃんと一貫した意見でいて欲しい。
「年齢の割に人生経験豊富なリーピアお姉さんが年上のスレイド君に教えてあげましょう。人生とは臨機応変に生きるべきなのです!」
「行き当たりばったりをよく言ってるだけだよね……」
僕は苦笑する。まぁ、彼女が僕より8つも年下の割には、僕よりしっかりしている所があるから信頼はしてるけど。
「ま、ともあれホントにバレたらトンズラかましましょ。面倒でしょ、前みたいな連中に能力目当てで近づかれるのも」
「……そうだね」
そう。僕の心の奥底には、リーピアが露悪的に言う程じゃないけれど、やはりわだかまりはある。
ガルデみたいに僕に対してちゃんとお詫びをしてくれたり、何かと世話を焼いてくれる人は別だけど、直接僕に罵倒を浴びせたギルメンなんかは、正直もう会いたくないなぁと思う。
目の前で死にそうになっているのを見捨てる程じゃないけどね……。
僕はその思いに囚われながら、ふっとさっきの視線や以前の悲鳴を思い出す。
「……まさか……ね」
そんな僕の嫌な予感は、当たることになる。
◆◆◆
「「無敵、催眠(おやすみ、ヒプノシス)!!」」
3時間後。暴れ狂う鳥の魔物どもを前に僕たちはいつものように無敵催眠を発動させ、一網打尽にした。
「コッカ……グェ……」
奇妙な鳴き声を上げて、連中は一羽残らずぐっすりと眠る。
「よしよし、後はトドメ刺すだけね」
「オッケー」
僕たちは手早くコカトリスの集団の首を掻っ捌いていく。
首を切り離されても石化能力が発現する個体がごく稀にいるらしいので、慎重にクチバシを切断する。
およそ30分もかからず、僕たちは約20体のコカトリスの後始末を終えた。
「大漁大漁♪」
「じゃ、持ち帰って報告だね」
その時だった。
「!」
リーピアが何かに気付き、荷物を僕に預けてダッシュする。
「リーピア!?」
「良いからそこにいて!」
リーピアは、物陰に隠れていた人物の首根っこを摑まえた。
「誰!? アンタ、私たちを覗き見てたのね!」
「ぐえっ……は、離せよ!」
僕はその人物に見覚えがあった。
「れ、レイブン!?」
先日ドラゴン退治の時に命を助けたグリウスと同じく、僕の元ギルド仲間のレイブンだ。
因みに『お前といると分け前が減る』と言ったのがグリウスで、『二度と連絡すんな』と言ったのがレイブン。
……こんな事覚えているのも、根が暗いかな?
「やっぱりスレイドの昔の仲間!? ねぇ、さっさと眠らせちゃおう! そんで殺しちゃおう!」
物騒な事を言うリーピアを制して、僕は言う。
「リーピア、ちょっと待って。訊きたい事があるから」
「は、離せって言ってるだろこの女! 畜生!」
バタバタと暴れるレイブンを前に、僕は静かに言った。
「……レイブン、誰に頼まれて僕を監視してたの? 虹色トカゲの森での悲鳴とか、さっきのギルドでの視線、君だよね?」
半ばカマをかけつつ、わずかに確信を持って、言った。
そう、悲鳴や視線だけで気付くほど僕は鋭くないが、今ここで見つかった彼と先日までの監視されているようなねっとりした嫌な感覚を突き合せれば、流石の僕も気付く。
すると案の定レイブンはギクリとした表情になり、黙り込んだ。
「……何も答えてもらえないなら、リーピアの言う通り眠ってもらうしかないかな」
僕は少しだけ脅し文句のように言ってみた。
そのまま眠ればどうなるかは想像に難くない。
「や、やめてくれ! こ、殺さないでくれ!!」
レイブンは人聞きの悪いことを言うが、まぁ、そういう風に誤認させるように言ったので狙い通りではある。
「……だ、誰に頼まれたわけでもねえよ……お前なんかがA級クエストをこなしてんのが不思議で、気になったから遠巻きに見てただけだ……」
「本当に? 嘘つくと為にならないわよ?」
既に短剣を彼の首に突き付け、ガチの脅しに入るリーピア。
僕は慌ててそこまでしなくていいから!とハンドサインを送るが無視される。
「ひっ! ほ、本当だって!!」
どうやらレイブンは本当に単独行動で僕を監視していたらしい。
僕は安心する。
……有り得ないとは思うけど、彼の所属するギルド……つまり、ギルドマスターであるガルデの命令だったりしたら、僕は……あれほど親切にしてくれたガルデの、嫌な側面を見てしまうような気がしたから。
それは、なかったんだな。
リーピアもそれを聞いて安心したようにホッと息をつきつつ、しかし僕たちの能力を見られたのは恐らく間違いない。50m圏外から覗き見られていたのだろう、圏内なら彼も今頃はぐっすりのはずだから。
「で、どこまで見たの?」
端的にリーピアが尋ねる。
「あぁ!? どこまでって、何をだよ!? お前らがなんかコカトリスどもの集団に無策で突っ込んでって、何か知らねえけど連中がバタバタ倒れたところしか見てねえよ!! その後はお前ら、シメてただけだろ!?」
なるほど。
どうやら、僕たちの能力の詳細を検証などするべくもない、といった感じだ。
まあ、遠巻きに見られているだけなら、僕たちの声も相談も聞こえないだろうしね。
「良かった」
僕は安心して、彼に言う。
「この事は忘れて。僕にももう、二度と会わないで欲しい」
「……ッ!!」
お前らのほうが俺を捕まえたんだろう、と言いたげだが、僕の言わんとすることは伝わったようだ。
「わ、分かったよ……」
他言無用、誰かに話せばお前を消す。
言外にそのくらいの圧は込めたつもりだ。実際にはする気はないけどね。
「あ、それと」
「何だよ!? まだ何かあんのか!?」
僕は、念のために言い含めることにした。
「この能力ってさ、記憶をすべて消すことも出来るから、気を付けてね」
「…………!!」
「わー、スレイド、容赦ない」
ニコリと笑って言った僕を前に、レイブンは青ざめリーピアは愉快そうに笑う。
最早何も口にすることも出来ずに、レイブンは脱兎のごとく逃げ出した。
「……あれだけ脅せば、流石に口外しないよね?」
「どうかしらねぇ。私はやっぱり、口封じしといたほうが良かったと思うけど」
「もう」
「大体、催眠能力自体は強化されてるけど記憶を消す能力のほうはバフかからないんだから、ハッタリも良いとこでしょ?」
「……まぁね」
そう、実はそうなのだ。
僕の元の『短時間催眠』は『数秒』の間、『記憶の消去または改竄』と『意識混濁(浅く眠らせる)』を組み合わせているような能力なのだ。
しかし、リーピアのバフを受けて超強化された僕の能力は、『ほぼ永遠に』『相手を深く眠らせる』という能力になった。その強化の代償としてかは分からないが、実のところ『記憶の消去または改竄』に関して言うと、消失しているのだ。
ゆえにさっきの僕の発言は、元の僕の能力を知る彼に対する、完全なハッタリである。
「可愛い顔して、いざという時はそういう演技もできるのね……それも年の功かしら?」
「一言多いよ、リーピア」
僕は慣れないブラフで心臓がドキドキしつつ、どうやら上手く言いくるめられたのではないかと安心していた。けれど、まだ事は終わっていなかったのだ。
(つづく)
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