74.記念式典、開催
「さて、そろそろ時間でしょうか」
「だな。主賓室に俺ら居ねえから、国王様もヤキモキしてっかも知れんが」
そう言えば、本来は主賓たる勇者トルスと聖女リエルは、一般来賓室である僕らと同室なわけがないのだ。
しかし、リエルさんのポンコツっぷりが災いして、主賓室が誰も分からない状況に。
仕方なく今はこうして同じ部屋で男女9人、それぞれの物語をは話し合ったりしていたわけだが……。
記念式典は正午から。
「うん、そろそろ正午っスね」
フリッターが懐中時計を取り出して言った。
「迎えの人に説明しなきゃね。勇者さん達がここにいるって事」
僕は言う。
すると、噂をすればだ。
ドアの向こうからノックと声がする。
「『幻顕』のマゴリア様とお連れ様。そしてギルド『居眠りドラゴン』の皆様。そろそろ、式典の準備にございます」
僕らはドアを開け、迎えに来てくれた女性に言った。
「すいません、あと二名、追加で」
「は?」
彼女は、そこで鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「ゆ、ゆ、勇者トルス様に聖女リエル様……!? な、何故、一般来賓室などに……!?」
自分たちの落ち度だろうかと、すわ国王様にご報告を、と言いかけた彼女の肩を掴んで引き留め、トルスさんは優しく言った。
「あぁ、違うんですお姉さん。リエルが、っつーかまぁ俺も聞いてなかったの悪いんだけど、主賓室がどこだか忘れちまってて。なので、もう良いっす。このままマゴリアさん達と一緒に連れてって下さい」
その様子を見てリエルさんは少しムスッとしていた。
どうも、トルスさんが女性の肩に手を置いた事に嫉妬しているらしい。リーピアしかり、フリッターしかり、女の子ってホント、ヤキモチ妬きだなぁ……。
「は、はい。畏まりました。では、こちらへ」
そして僕らは、女性に案内され、式典会場へ。
主賓たる勇者さんたちと僕らは、途中で道を違えたが、お互いにまた会おう、と無言のうちに了解し合っていた。
◆◆◆
「皆の者! 本日は良く集まってくれた!」
国王様の言葉が会場に響き渡る。
「本日は他でもない! かの魔王グレイファーを打ち倒し、この世に平和を齎してくれた、勇者・トルス殿! そしてその伴侶たる、聖女リエル殿を祝福し、記念するべく、式典を催したのだ! 何、堅苦しい事は言わぬ! 皆、大いに喜び、大いに楽しむが良い!」
鷹揚なベルロンド国王の無礼講な挨拶に、トルスさんやリエルさんも遠目で見て苦笑しているようだとフリッターは言った。
「さぁトルス殿、リエル殿。あなた方の挨拶ですぞ」
「は、はぁ。こういうの苦手だけど、まあ、段取り通り行きますか」
「ふふ、大丈夫ですよ、トルスさん」
そして、魔王を倒した立役者たるトルスさんがまず、口火を切った。
「えー……王都ベルロンドの皆さん、初めまして……じゃない人もいると思うけど、勇者トルスです」
わぁあああああああああああああああああ!!!!!!
大歓声。
「あー、あー、えっと、まぁ、そんなワーッてなられるとすんげえ照れるんだけど。俺はその、リエルのお陰で魔王を倒せたようなもんだから、正直あんまし言う事ないんだけどさ……」
彼は謙遜して、そんな風に言う。
「もう、トルスさんってば、そんな事言ったら皆失望しちゃいますよ。ほら、段取り通り」
リエルさんも何やら言っている。
「えっと、はい。まぁその、俺は頭悪いからあんまり気の利いた事言えないんだけどさ。今日からは、魔王は本当にこの世からいなくなった! そう思って貰って、差し支えない」
わぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!
先ほどより、一層大きな大歓声。
そして、次に衝撃的な一言を。
「でも、実は次期魔王がいる。それが……ここにいる、リエルなんだ」
話には聞いていたが、まさかこの場で明かすとは思わなかった僕らも、にわかに緊張する。
当然、そんな噂と無縁だった国民は、シン……と静まり返る。
国王様は笑っているようだが。
「じゃ、後はリエルに引き継ぐぜ」
「はい」
そして、聖女リエルが話し始める。
静まり返った会場で。
今までにない程、凛とした、毅然とした態度で。
「皆さん! 初めまして! 私は魔王に滅ぼされた聖都、アストリア王国の第一王女、リエル=フォルシュタインです!」
おおおおおおおおお……!!
『次期魔王』の言葉に凍り付き、水を打ったように静かになっていた皆も、まずその言葉に感動して驚く。
「私が次期魔王であるという言葉に、皆さま驚かれたでしょう! でも、私はこの事を隠して、皆さんに嘘偽りの平和を享受して欲しいとは思いません!」
ざわ、ざわ、ざわ。
「私は、魔族も人間も、皆が平和な国を築き上げたい! 魔族によって滅ぼされた私の国、アストリアを、私は復興させます! 何十年かかろうと、です! そのために、私はここにいる勇者トルスさんと、け、け、結婚します!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!
次期魔王がどうの、という以前に、まずみんなその言葉に大喜びする。
そりゃま、そうだよね。
救国の英雄が男女として、伴侶となるなんて。
みんな大好きな、物語のハッピーエンドだ。
「私がなぜ次期魔王なのかも、今から話します。丁寧に、時間をかけて。長い話だと思いますが、聞いて下さい!」
そして彼女は語り始める。
己の出自を。
プリンセスたる彼女が何故、魔族とのハーフとして生を受けたのかを。
父と母の崇高なる理想。
それを受け継ぎ、人間と魔族の懸け橋として生きる事を決めた己を。
「……私は、正直に言えば、魔族の血を一生隠すつもりで、隠し通すつもりでいました! 隣にいる、勇者トルスさんにもです!」
ザワつく会場。
だが、リエルさんは怯まない。
覚悟を決めたような表情で続ける。
「……けれど、魔王グレイファーの絶対的な力を前に、私は己の魔族の血を覚醒させねば勝てないと悟ったのです! そして、故国の宝剣、母の形見、魔王の血肉から生まれた忌まわしき『魔剣』グレイド・レイヴを解放しました! そう、皆さんが忌み嫌う、魔族の『闇の力』でです!!」
ざわ、ざわ、ざわ……!
「くぅっ、何度聞いても興奮する話だよなこれ」
「オスオミうるさい。黙って聞きなさいよ」
マゴリアさんとオスオミさんが小声で会話する。
リエルさんは続けた。
「力は力なのです! そこに光も闇も、ありません! 私は『聖女』と偽り、光の力だけで魔王に勝とうとしました! それはちっぽけで、けれど、私にとっては大切な拘りだった! でも、それじゃあ私もトルスさんも、魔王グレイファーに無残に殺されていたでしょう!」
し……ん。
既に皆、聖女リエルへの疑いの心を晴らしつつあるのが分かる、それは真剣な静寂だった。
「ですからどうか! 私と同じように、皆さんにも信じて欲しいのです! 闇の力もまた、世界を救うモノになりえる! 魔族だって、平和を望む者は多い! 人間も魔族も、いずれは手を取り合って、平和な世を作り上げて行けると!!」
静寂が、徐々に興奮に包まれ始める。
「今日、私はここに宣言します! 私が、次期魔王として即位する事! そして、魔界と人間界の懸け橋となり、祖国アストリアの復興に全力で邁進しつつ、世界全体の平和のために頑張る事を! あっ、頑張るじゃなくて、えっと」
「粉骨砕身、だよ」
「はい、そうです、粉骨砕身する事を!」
途中で噛んだ事で、皆の興奮がガクッと下がった、けれど、それは良い弛緩になったと僕は感じた。
親しみやすさ。
それを、誰もがこの聖女リエル、次期魔王に感じた事だろう。
「皆さん! ここにいる勇者トルスさんを信じてくれるならば! 是非、この私、聖女の皮を被った若輩者の次期魔王も、信じて下さい! 私は、この世界を、平和な、誰もが心から幸せに暮らせるものにしたい!!」
その言葉に、少しずつ拍手が起こり始める。
ぱち……ぱち……
ぱち、ぱち、ぱち。
「良いぜリエル。さ、最後の締めだ」
「は、はい……!」
彼らは何やら小さな声で話し合う。頷き合う。
まさか?
「見ていて下さい! 私と、勇者様の、愛を!!」
言って。
彼女らは、公衆の面前で。
世界全てが見ているとも思えるほどの、大勢の前で。
キスを、した。
……わぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
それはもう、大音声の大歓声であった。
僕らの耳も壊れるんじゃないかってくらいだ。
「ロマンティックですねぇ……」
ウットリとそれに魅入るブライア。
僕とリーピアは顔を見合わせ、何だか不思議と恥ずかしくなる。
「バカップルが公衆の面前でイチャつくのって」
「精神衛生に良くないね」
僕らのその言葉に、マゴリアさんとオスオミさんも、ちょっとバツが悪そうにしていた。
「あぁ、全くだな。ひー、あっちい、あっちい」
「でもま、良いんじゃない? あの人たちは、特別よ。何せ、世界の平和の、立役者なんだもの」
そうだね。
こんな大劇場で交わすには、余りにも熱烈すぎる、でも、これ以上ない程に相応しい、ロマンティックで、出来すぎなキスだけれど。
……それは、政治的なパフォーマンスでもあるのだ。
『救国の勇者と魔族の血を引くお姫様が結婚して、世界をこれから平和に導いてくれる!』
何て素敵なドラマなんだろうね。
それが本当になされるかどうかは分からないけれど。
人々を魅了するには、十分すぎる物語だ。
「自分らの恋愛も打算に組み込むなんて、強かっスね。ただのバカップルじゃなかったって事かな」
「お前なあ。素直に感動しとけよ、ここは」
まだ正式にカップルじゃないとはいえ、凸凹コンビで実質バカップルとも言えなくはないフリッターとガルデは、そんな風にいつものやり取り。
僕らは笑った。
男女の恋愛は、時に世界を動かす。
僕らは歴史の節目にこうして立ち会えたことを、勇者様達にお目通り出来た事を、心から誇りに思った。
(つづく)
ども0024です。
今回は感想クレクレじゃなく通常の後書きを書きます。
感無量!
このエピソードは『まちがいだらけのプリンセス』において、書ききれなかった物語でもありますから。
ただでさえ思い出深いお話を、自分の他のキャラを交えて、同じ世界観に於いてどのように感じるのかを多側面で書き切るのは、非常に楽しいですね。
そろそろ、本連載も終わりが近づいています。
最後の最後まで、お付き合い頂ければ幸いです!




