57.舌戦
「一角獣ってご存じかしら」
「知ってるよ。角が、あらゆる魔法の霊薬になると言われている、伝説の幻獣の一頭だ」
僕は下手に絡まれたくないので自分の知識の範囲でスラスラと答えた。
すると、それでは足りませんわね、とばかりに嘲笑してパライヴァが言った。
「では、一角獣が、乙女に弱いという伝説は?」
それは、聞いたことがなかった。
「乙女に?」
「ええ」
パライヴァ曰く、清らかな乙女――即ち、処女にのみその頭を預ける、それが一角獣の特性なのだとか。
「しかし、癪に障る事にあの馬は、このわたくしを処女と認めない訳ですわ。理解不能ですけれど」
僕はそれを聞いて、思わず噴き出した。
「な、なんですの!?」
僕の珍しい挑発的な態度に、パライヴァは困惑して目をキッと向けてきた。
「い、いや。別に処女って、男と交わっているかどうか、だけが基準じゃないんじゃないの? 君達、どうせそういう関係なんでしょ?」
僕は彼女らの肉体関係を指摘し、女色だろうがそれは性的な交わり……即ち『処女』ではなく『穢れ』た女であろう、と指摘した。
彼女はその言葉に激昂した。
「スレイド、どうやら貴方、ここでわたくしに『屈服』させられて、ギルドメンバーに恥を晒したいらしいわね……? 撤回なさい、その暴言を」
だがもう、そんな脅しに恐れをなす僕ではない。1年前とは違うんだ。
「あはは。これ以上笑わせないでよパライヴァ。言っとくけど、僕の仲間がここにただ、傍観するために来たと思わないでね? 僕も、もう不意打ちは喰らわないよ」
言って、指先を光らせ始める。
『短時間催眠』は確かにあまり役に立たない能力。
だが、こうして対人戦で、たった一人を無力化するには、十分だ。
5秒、10秒? そのくらいあれば、ガルデとブライアが彼女を制圧してくれる。
僕だってただカカシみたいに見守るだけじゃない。
「ぐっ……」
パライヴァは取り巻きに目をやるが、彼女らの戦闘能力は、たかが知れている。
彼女らはオロオロと事の次第を見守るばかり。
――知っている。彼女らは実質的に、ただのパライヴァの性奴隷みたいなもんだから、僕にあれだけ大口を叩いてはいたが、実力的にはA級に届くかどうか。いや、下手したらB級も怪しい。
成長した僕らを前にしては、3対4でも僕らに分がある。
それが分からない程、パライヴァも弱くはない。
伊達に彼女だって、熟練のA級冒険者はやっていないんだ。
だから、パライヴァは黙り込んだ。
「も、もう少し穏やかに交渉しましょうよスレイドさん。まさか、あなたがそこまで好戦的になるって、私、予想外ですよ……?」
「全くだ、話がまだ進んでないんだぞ。パライヴァ、あんたもいい加減その挑発的な態度は止めたらどうだ」
そしてブライアとガルデに僕らは窘められる。
「ごめんごめん。ついね、過去の事もあったし」
「……ふん」
話は続いた。
「ともかく、そういう訳ですわ。わたくし達、どうしても一角獣を捕らえたいのだけれど、わたくし達だけでは如何ともしがたく。そこで、噂の『無敵催眠』とやらを頼りたくて、あなた方に連絡をつけた訳ですわ」
「流石パライヴァ、もうその名前を知ってたんだね」
僕は言う。今日リーピアを連れてこなかったのは君達を眠らせる意図がないからだよ、という、無言の圧力を込めて。
その僕の不敵な態度にますます苛々したか、パライヴァは露骨にチッと舌打ちした。
「で、共闘して頂けまして? 勿論、一角獣の角の分け前、捕獲報酬はキッチリ分配致しますわよ。人数を考えれば、4:5ですかしらね?」
それは彼女が僕らに譲歩したつもりなのだろう。
しかし僕は言った。
「実質、戦闘や捕獲に加わらない人の分け前を頭数に入れるの? それはちょっとね」
「な、何て生意気な……!」
「そうよ、お姉さまの金魚のフンだったくせに!」
「あれだけお姉さまの寵愛を受けておきながら、この男……!!」
取り巻き三人がグダグダ言う。
「うるさいよ君達。眠らされたいなら今すぐ『短時間催眠』を一人ずつかけてあげようか」
僕は恫喝する。
この三人にも散々な目に遭わされた(口にしたくないアレコレがあったんだよ)ので、僕は容赦しない。
その様子にブライアは驚いていたが、ガルデは何となく察してくれたようだ。
「……はっ、ははっ! 大したタマに成長したじゃない、スレイド? わたくし、驚きましてよ」
だがむしろパライヴァはそこで上機嫌になった。
「ええ良いわ、では、まぁそこの三人の分は半分に計算して……そうね、2.5ではちょっとキリが悪いから、2か3。そちらが人数通り5とするのは如何かしら? これなら、文句もないでしょう?」
「じゃあ、2:5だね」
僕が強気の交渉で向かうと、パライヴァはにんまりと笑う。
そして、いつかのように僕に強めの誘惑の言葉をかけてきた。
「気の強い男は、好きですわよ。スレイド、本気でわたくしのギルドに籍を置く気はなくて? 貴方を伴侶として迎えても、よろしくてよ」
その言葉にブライアは口に手を当てて真っ赤になっていたが、ガルデは鼻で笑っていた。
笑わせてくれる。僕もガルデ同様に嘲笑する。
「露骨に女色で、男を屈服させる奴隷程度にしか考えてない君の、そんな薄っぺらい告白が僕に通じる訳ないでしょ。これでも恋人持ちなんでね。……ああ、それと、リーピアにその言葉を聞かれたら、君たちの首は掻き消えると思っておいたほうが良いから、この後の言動には十二分に気を付けてよね」
僕の挑発的な、好戦的な視線に、パライヴァは愉悦を感じるかのようにゾクゾクと震える。
「あぁ、良いわ。そうして私に勝てると思っている貴方の心、へし折りたい……ふふふっ♥」
全く、相変わらず厄介な人だ。
僕は慣れないブラフと恫喝を繰り返して、精神がズンズン疲弊していくのを感じながら、パライヴァとの交渉の席を一旦離れるのだった。
(つづく)
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