52.陽気なプロミナ
「ヘイ! ブライアちゃん、チョー可愛いよね! 俺っちと付き合ってくんない? なーんつって、ガッハッハ!!」
「…………」
僕らは緊張の面持ちでその様子を見ていた。
とあるA級クエストで、同じクエストをやる事になったギルドメンバーの1人……彼、プロミナがブライアを、有り体に言って口説く様子を。
あと、声がデカい。
「や、ヤバいよブライア絶対怒ってるってアレ」
「そうよね、過去の経緯からしてもあんなチャラ男、物凄く嫌うタイプだろうし……」
「だろうな……男女混合ギルドでは必ずって程、男から言い寄られ女から疎まれてきたと言っていたからな……」
「ブライア、過去のギルドでもあんな感じに絡まれてたんスかね……それは大分、気の毒っスね……」
僕たちは遠巻きにブライアを眺めつつ、ヒソヒソと話した。
まだ穏便な会話だけど、状況によっては何処かで助け舟を出さねば、と僕が考えていると。
「プロミナさん、私と付き合うというのはどういう意味で仰られているのですか? 男女として、身体だけの関係を持ちたいと仰るのであれば、お断り致しますよ」
と、毅然とした態度でブライアは相手を睨み付けていた。
「……俺たちの出る幕でもなさそうだな」
ガルデは安心したようにそう言うと、フリッターも同意する。
「そっスね。ああ見えて意外と、言う時は言うんスよね」
僕らはと言うと、演技でもないのにあんな口調で話すブライアが意外で、ポカーンとしていた。
「ブライア、あんな一面もあったんだね」
「そう、ね……。私の修羅場の時は、後で聞いたけど演技だったらしいし……」
僕はそれにしても意外すぎて、ビックリしてしまった。
或いはアレも演技なのかな?と思うくらいだ。
そしてガルデとフリッターだけはそこまで驚いてなさそうな所を見ると、彼らはそういう側面をどこかで垣間見る機会でもあったのかな。
ギルメンの交流全てを把握している訳でもない僕は、たまにあの三人だけで何やら(多分僕とリーピアの話題だろう)話している所を横目では見ていたので、そのタイミングで何かあったのかな、などと想像した。
そして、ブライアの衝撃的塩対応の発言を受けてチャラ男のプロミナはと言うと。
「身体だけ!? チッチッチ、とんでもないさ、ブライアちゃん! 俺っち、ブライアちゃんとは身も心も、順を追って段階的に、キッチリ少しずつ仲良くなって、付き合って行きたいのさぁ! ガッハッハ!!」
などと、まるでめげる事もなく、かつ妙に誠実というか真面目そうな事を、全然真面目そうじゃないチャラッチャラした軽い口調で言うのだった。
あと声がデカい。
ブライアはまるでへこたれないプロミナにやや戸惑いつつ、呆れたように肩を竦める。
「……そうですか。まあ、私は別に男性の方からそういう風に言い寄られる事は慣れていますから、お好きにどうぞ」
と、あくまで冷たい態度を崩さずに接するブライアに、プロミナは大袈裟なジェスチャーで肩を落とす。
「ううん、ブライアちゃんってばすっげー塩対応だねぇ! でもそんなツレない所も、クールで素敵、だぜ! ガッハッハ!!」
「……声の大きい人ですね……」
ついにブライアがその言葉を口にした。
それは彼女の悪癖であるいつもの余計な一言、ではあるが、僕らギルメン全員の代弁でもあった。
◆◆◆
「『孤独なサボテン』のプロミナって言えば、僕が所属していたギルドの一人だね。ギルド名は孤独な、だけど、10人くらいで構成された、砂漠中心に活動してたギルドなんだよ」
事の起こりは、半日前。
A級クエストの『砂漠ムカデ』を相手取るにあたって、僕らは協力者を募る事にしたのだ。
その過程で選ばれたのが、孤独なサボテン、僕が三つくらい前に所属していたギルドにいた、彼だった。
「スレイドの元ギルメンっていうと何となく警戒しちゃうけど、今回もそんなに仲悪い人じゃなかったって事で良いの?」
リーピアがいつも通り僕の心配をする。
後、先走ってガルデやライヒの時みたいに喧嘩腰になるのを避ける意味もあるのだろう。
「うん、プロミナはいい人だと思うよ。孤独なサボテンの中でも、僕に優しくしてくれた殆ど唯一のメンバーだったし」
僕がそう説明するとリーピアは安心したようになるほどね、と言い、ガルデは微笑む。
「何だかんだでギルドから追放されても人脈や人との繋がりを大事にするのがスレイドの長所だな」
僕はその言葉に少し照れる。
「砂漠歩きは結構キツいっスねえ。北大陸出身の身としては、しっかり日焼けと熱中症対策したいっス」
フリッターはそう言って、自身が使える凍結魔法の使用回数などを計算し始める。
「それで、今回の目標である『砂漠ムカデ』っていうのは……」
ブライアがその本題に切り込む。
僕は言った。
「うん。文字通り、砂漠に棲むムカデなんだけど、巨大な上に流砂を起こして冒険者を引き摺り込む、アリジゴクみたいな奴らしいから、砂漠歩きに慣れた人を案内に欲しくてね。こういうクエストに慣れる意味でも、重要だと思うんだ」
と、僕は敵の戦術と今回のゲストを呼ぶ理由を一気に説明した。
「なるほどね。慎重なスレイド君らしいこと」
リーピアがそう言って揶揄するが、僕は笑う。
「何事も、あまり慣れない事をするには先人の知恵を借りる事が生き残る秘訣さ。ま、今回は胸を借りるつもりでプロミナに頼って行こう」
僕はそう言って、彼との旧知である事からプロミナを紹介しようと引き合わせたのだが……。
プロミナと一緒に冒険していた頃の僕が知る彼の姿は、どこにもなかった。
そこにいたのは、チャラッチャラした、いかにも軽薄そうな、薄手のシャツを着た、サン・グラスをかけた、半ズボンの男だった。
「えっと……ぷ、プロミナ……で、良いんだよ、ね?」
僕は人違いをしてしまったのか、と久しぶりに会うプロミナの姿を上から下まで眺め、尋ねた。
「オウ! いかにも俺っちがプロミナだぜ、ハァーン? って、お前、スレイドじゃんか! ひっさしぶりだなぁ、ガッハッハ!!」
……声がデカい。
僕がプロミナと再会した時の第一印象は、それだった。
「え、え、プロミナってそんな、そういう感じじゃなかったよね?? か、髪型まで変わってるし。リーゼントっていうんだっけ、それ?」
「チッチッチ、コレは、ポンパドール、って言うのさ! 覚えときな、スレイド! モテたいならな! ガッハッハ!!」
僕は困惑していた。
いや、僕の知るプロミナって、こんなんじゃないんだよ。
もっと、言葉少なっていうか冷静っていうか、服のセンスも全然こんなチャラッチャラじゃなくて、質素倹約を旨とする、というか……。
「……いったい、何があってそうなったの」
僕はあまりの変わりように半ば呆れて尋ねた。
しかしそれに対するプロミナの返答はシンプルだった。
「スレイド、恋は男を変えるのさ」
変わりすぎでしょ、と僕は呆れて肩を落とした。
◆◆◆
「で、今に至るわけだけど」
「誰に説明してんスか」
僕が戸惑いつつプロミナをみんなに紹介してから、お互いの名前や経歴、能力なんかについて共有して、さあ砂漠へ行こうか、と言う所で冒頭のプロミナからブライアへの口説きが始まったのだ。
「それにしても、元は大人しい男がああまで変わるもんなんスかね」
「恋は人を変えるって言うけど、スレイドはそんなに変わんなかったわよねえ」
フリッターとリーピアはそんな風に言う。
僕だって戸惑ってるんだから、話を振られても困る。
「よく分かんないけど……プロミナの中で自分を変えたい気持ちがあったのかもね。僕は元の彼の方が付き合いやすかったんだけどなあ……」
「自分を変えたい……ね」
ガルデがプロミナとブライアの様子を見ながら、僕の言葉を反芻するように呟く。
なんだろ、ガルデもプロミナの変わりように、何か思う所でもあるのかな。
知り合いじゃない僕以外は、正直最初からプロミナがあのキャラだって印象しかないだろうから、変わった事に実感として何かを覚えたりはしないだろうけど……。
「ヘイヘイ、ブライアちゃん! 砂漠ではその肌をあまり露出しない衣装はGood!だぜ! 日焼けしちまうからね!」
「あら、そうですか。そのアドバイス、リーピアさんにこそしてあげては?」
僕らが遠目で眺めているブライアとプロミナのやり取りは、滑稽ではあったが悪い雰囲気ではないな、と感じた。
ちょうど、ガルデとフリッターが一緒にいる時みたいな感じだろうか?
僕がそう思ってガルデとフリッターを見やると、二人は少し距離を置いて歩いていた。
「……? 珍しい事もあるなぁ」
二人は僕らの護衛役の意識があるせいか、前衛と後衛という役割の違いはあっても、基本的に僕らを守るべく常に意思疎通の出来る距離で歩くのが癖になっている。
だが今日は、お互い3メートルくらい離れている。
まあ声少し上げれば意思疎通出来ないって程の距離でもないし、気のせいかな……?
僕は微かな違和感を覚えつつも、ガルデとフリッターがお互いにどういう心情なのかにまでは、この時は全く気付かないのだった。
(つづく)
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