51.ガルデの初恋
俺は1人放置され、フリッターとブライアは2人でブライアの部屋に篭ってしまった。
「‥…何だったんだ、あいつら」
いやまあ、そう口にはしたものの、正直に言ってしまえば、察しはついている。
恐らく、あまり認めたくはないが、さっきのフリッター、ブライアの態度と台詞からして……。
「色恋沙汰はこれ以上、勘弁してくれって……」
さっきのは、半ば冗談めかして言った台詞だが俺の偽らざる本音ではあった。
他人事でさえ面倒だったのだ。
俺はそんな面倒に巻き込まれたくはないと、二人を仲間として信頼する以上の気持ちは持ちつつも、踏み込みたくはなかったのに。
「俺を中心にフリッターとブライアが色恋話を広げるとか……冗談キツいぜ。こんなもん、スレイドにも相談できん」
俺は頭を抱えた。
どうしてこうなった。
「フリッターは……勧誘と、こないだの会話が切っ掛けなのか?」
俺は彼女を信頼している、嫌いじゃない、くらいの事は言った。
しかしそれはあまりに……。
「ブライアは……まあ、普段から意見がよく合うからだろうか」
それはまあ、考えにくいとまでは言わない。
フリッターよりはまだ理解可能だ。
とはいえ、彼女自身がそこまで俺に気があるとも……。
「何を考えてるんだ馬鹿馬鹿しい!」
自意識過剰過ぎる。
俺は考えるのをやめた。
「自然にしてりゃ良いんだ」
そう。
俺とフリッターは喧嘩友達みたいなもので、打算的に勧誘しただけ、信頼はしているが恋だの愛だのとは無縁。
ブライアとは慎重派同士で考えが似ているから話しやすい、それだけだ。
「まったく」
我ながら、女性二人に取り合われているかも、なんて、とんでもない思い込みだ。馬鹿馬鹿しい。
「第一、俺にはまだ……」
いかん、昔の事を口に出しそうになった。
もう、10年も前になるというのに。
傭兵時代の淡い初恋を思い出し、俺は苦々しい気持ちになった。
◆◆◆
剣聖スラーシャと言えば、南大陸でも知らぬものがいないという女傑であった。
俺が15歳の頃に大剣を手に傭兵の道を選んだのも、ひとえにその女傑と一度手合わせ願いたいと思ったからだ。
彼女は大層な肩書を持ちながらも軍に所属したり、英雄的活躍を果たしながらも決して表舞台などには出ず、地味に傭兵活動を繰り返すという、根っからの前線主義、闘いこそが我が人生、といったプロフェッショナルの剣士だった。
女性の細腕には似つかわしくない程に巨大な剣を振り回して、戦場を駆け踊るその闘いっぷりには、俺も何度も目を奪われたものだ。
そんな彼女と共に闘う機会が訪れたのは17歳の頃。
彼女は28歳、そろそろ引退も間近に考えていると言っていたように思う。
俺はその闘いで彼女の背中を守るように闘い、大きな戦果を上げた。
ただ、彼女はその戦闘で大きな傷を負ってしまい、回復魔法でもどうにもならない繊細なダメージを受けたのを機に、完全に引退を決めたという。
彼女は別れ際に、俺に言った。
「ありがとうガルデ、君のお陰で私は死に損なったようだね。もう私に剣を執る事は敵わないだろうが、どうやら無事に余生を過ごせそうだよ」
死に損なった、なんて皮肉な言い回しを好む人だったが、俺はその鮮烈な生き様に、そして彼女の美しい剣技と花の顔に、いつしか惚れていたのだろう。
11も年上のスラーシャに、俺は半ば玉砕覚悟で言った。
「その余生のお側には、俺はいられませんか」
スラーシャは困ったような、少しだけ嬉しそうな顔をして、17歳の少年だった俺の頭を優しく撫でて、言ってくれた。
「済まないね、ガルデ。君の気持ちは嬉しいが……これを見てくれ」
彼女はそっと左手の薬指を見せて、俺は全てを察して、諦め、泣いた。
「君のような前途ある若者に好かれるとは、私も中々に罪作りな女だね……まあ、気を落とすな。いずれ君には、相応しい女性が隣にいてくれるさ。私が保証しよう」
「……ありがとう、スラーシャ。俺は貴女の背中を守って闘えて……光栄でした」
それっきり、俺は傭兵を辞めようかとも思ったが、未練がまだあったのか、はたまた生活のためか、それとも……スラーシャへの想いを断ち切るためなのか……残り3年の間、ひたすらに修羅の如く闘い、南大陸、王都中心に俺の名をそれなりに轟かせる事となった。
◆◆◆
「……若かった、な」
思い出が俺の心を気恥ずかしさで埋め尽くした。
未だに俺の中でスラーシャの存在が大きく、傭兵時代の話をすると必然的に彼女を思い出す事があって、言いたくないのだ。
傭兵という仕事が仕事だから、話したくない、と言うと大抵の人間は勘違いしてくれるので助かる。
スレイドも、きっと別の意味だと思っているだろう。
「こんな気持ちで、フリッターにもブライアにも向き合える訳がない。仮に彼女らが俺を憎からず思っていようが……」
ありえない仮定だが俺が2人から万一何を言われようが、その想いに応えるにはスラーシャの存在が大きすぎるという事を確認し、苦笑した。
「……だからもう、色恋沙汰は勘弁なんだ」
青すぎる思い出を断ち切るように、俺は明日以降のクエストをどうするか、に意識をシフトさせていくのだった。
(つづく)
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