05.ドラゴン退治
「さーて今日はどこに行きましょうか!」
「B級ダンジョンもあらかた行き尽くした感はあるよね」
僕らはあれからいくつものB級ダンジョンを攻略して回った。
無敵催眠を得てから、おおよそ2週間。
初日の『人食い蝙蝠の洞窟』、続けて向かった『虹色トカゲの森』を始めとして、『マジック・ゴブリンの拠点』の破壊や、『ミニドラゴンの退治』なんていうB級では最高クラスのクエストも難なくこなせるようになっていった。
「倒すときも敵が絶対目覚めないから、ちょっとだけ後ろめたさはあるけどね……」
「おんやぁ、冒険者の言葉とは思えませんな。そういう甘さは早めに捨てたほうが良いよ?」
僕の甘っちょろい言葉にリーピアは揶揄する。
「分かってるよ。別にモンスターを殺すのに躊躇ったりはしないし、慣れてはいるけどさ」
とはいえ、どれだけ殴ろうが斬ろうが無抵抗のモンスター相手にボコボコにしている事実は、ほんのちょっとだけ『ズルいことしてるな』みたいな罪悪感を喚起させるというのは、まぁ理解・共感しやすい感情ではあるだろう。
「分からないでもないけどねぇ」
苦笑しつつも一定の理解を示してくれるリーピア。
「と、そんな事より」
話題を変えるリーピア。
「そろそろ行ってみない? A・級・ダン・ジョン」
言葉を区切って、ウキウキしながらリーピアは僕に提案してきた。
「そうだねぇ。もう流石に良い頃合いかな?」
僕も、これだけB級ダンジョンを総ナメにした以上、能力の検証は十分だろうと思った。
「よーし、じゃあ行きましょうか! これ!」
待ってました、とばかりに満を持してペラリと僕にギルドのクエストチラシ(の複製らしき紙)を見せる。
「こ、これは……」
◆◆◆
「いやー、テンション上がるぅ!! ミニじゃない、ド・ラ・ゴ・ン!! 大物狩りよー!!」
「さ、流石に怖くない? ドラゴンだよ?」
僕はいきなり、A級クエストの中でも難易度が高めのドラゴン狩りを選ぼうと言い出したリーピアに、やや尻込みする。……とはいえ、こうしてもうドラゴンが生息しているという山岳地帯まで来てしまった以上、引き返すわけにも行かない。
「だーいじょうぶだって! これまで十分、実験と検証を繰り返したでしょ?」
「ま、まぁね……」
原則的に、視覚を完全に持たないか、視神経を喪失しているタイプのモンスターでない限り、目を瞑ろうが直接正面から発光を受けなかろうが、僅かでも能力の発光範囲に入っていさえいれば無敵催眠は100%成功する事が分かっていた。
だから、僕たちが失敗したクエストは
『巨大ミミズの駆除』
や
『目玉を潰された手負いの一つ目モンスターの討伐』
などというものに限られる。
『人喰い蝙蝠』は目が見えにくいだけで見えない訳じゃないので普通に通じているのだ。
因みに、発光範囲というか、能力が有効な距離についてもしっかり測定したけど、効果範囲は現時点でおよそ半径50m前後が限界と分かった。その距離を超えると閃光の威力が消失し、効果はなくなる。
「ドラゴンなんて図体だけの木偶の坊にしてやるわ! あーっははは!」
「威勢がいいのは良い事だけどね……ま、いきなり出くわして火炎で真っ黒焦げ、なんて事にならないようにだけ、十分気をつけようね」
僕は調子づいて今にもドラゴンに突撃しそうなリーピアを窘めつつ、周囲の警戒を怠らない。
リーピアも口ではあんな事を言いつつ、ちゃんと辺りを見回してはいる。
ドラゴンの気配は、まだない。
◆◆◆
「ちょっとぉ、情報ホントだったんでしょうね、どこにいるのよドラゴンちゃん」
「見つからないね」
僕らは小一時間ほどドラゴンがいるという探索地域を歩いて回ったが、ドラゴンどころか子供のドラゴンとすら遭遇しない。
「ガセネタ掴まされた? でもA級クエストは情報筋が確かなはずだけどねぇ」
「だよね」
クエストはたまにガセネタが混じっている事がある。とはいえ、A級クエストともなると、その情報の信憑性は殆ど確実なものと言える。リスクに応じて、リターンも大きく、その分、情報の確度や精度は慎重に精査されるのである。複数の確実な目撃証言がない限り、A級クエストとして登録などされない。
「……日が悪かったのかもね。出直そうか?」
「うーん、残念だけど……」
と、僕たちが引き返そうかと思った時だった。
「ぎゃあああああ!!!」
凄まじい悲鳴が聞こえた。
「!」
「行こう」
僕とリーピアは走り出した。
すると……
「あ……あ!? す、スレイド!? た、助けてくれ!!」
そこには、以前に僕が追放されたギルドのメンバーの一人がいて、今まさにドラゴンに襲われているところだった。
「リーピア!」
「はいよっ!」
僕はためらいなく、無敵催眠を発動させる。
ドラゴンの鋭い爪が、今にもギルドメンバーの彼を切り裂こうとした、その刹那。
ピカァァァッ!!
眩い閃光が辺りを包み込む。
そして、やおらドラゴンが意識混濁に陥り……
ズドォオオオオオオオオン!!!
凄まじい衝撃を立てながら、その場に昏倒した。
「よ、良かった、間に合った……!」
「危機一髪だったわね」
そして、無敵催眠の効果範囲に居たギルドメンバーの彼はというと、やはり同じようにぐったりと昏倒しているのだった。
「あー、そうだったわね。どうしましょ」
などとそらとぼけてリーピアはニヤついている。
僕の名前を呼んだ彼が、かつて僕の追放に強く賛成したギルドメンバーだと感付いているのだろう。リーピアの気持ちは僕もまあ、当事者だし分かるんだけど、流石にこんな山中に放っておくのは酷というものだ。
「解除してあげてよ。人間を巻き込んだ場合はバフを限定解除するのも、リーピアなら可能だって検証済みでしょ。意地悪しないであげて」
「はぁい。ほんと、お人好しなんだから」
うだうだ言いつつ、リーピアは指をパチンと鳴らして、無敵催眠を解除する。
ただし、ドラゴンは除いて。
「……はっ! い、いま俺、ドラゴンに……!?」
「そこで寝こけてるから安心しなさいよ」
「大丈夫? グリウス」
僕はギルドメンバーの彼の名を、およそ2週間ぶりに呼ぶ。
「あ、す、スレイド……お、お前が助けてくれたのか……!? こ、こんな凶暴なドラゴンを、どうやって……」
「……」
「さぁねー? ま、ドラゴンも急に眠くなったりするんじゃないかしら」
僕は黙り込む。リーピアはとぼける。
―――この能力の事は、僕とリーピアの間だけの秘密にしようと約束したからである。
『こんな強力な能力、迂闊に他人に明かすものじゃないわ。もし元ギルメンが死にそうになってて助けてあげても、明かしちゃ駄目よ』
『ええ、なんで?』
『それこそ、手のひら返したように利用されるに決まってるもの。そんなの嫌でしょ?』
『……うん。そうだね』
僕は少し悲しくなるが、そうなるであろう事も想像に難くはなかったので、言えずにいた。
「よ、良く分からんが助けてくれたのは確かなんだな……ありがとう……そ、そんで、前は悪かったな……」
グリウスは申し訳なさそうに僕に謝る。
「……うん、別にもう良いよ。じゃあ、僕はそろそろ行くね」
「って、退治した証ちゃんと持ち帰らないと!」
リーピアに言われ、僕は大きなノコギリでゆっくりと硬いドラゴンの角を切り取る。あと、武器加工に必要そうなウロコや爪なんかも頂いていく。その様子をグリウスは、ただ黙って見ていた。
「……分け前盗らないでよ?」
ジトッと睨み付けるリーピア。
「リーピア!」
僕は苦笑して窘める。
「だってぇ」
僕を追放したギルドメンバーに対して、リーピアが僕の代わりに嫌悪感をあらわにしているお陰で、僕自身がそういう感情に囚われずにいるという側面もあるので強くは言えないが。
「お、俺は帰るよ。こんな物騒な所、もうコリゴリだ」
グリウスはそそくさとその場を離れる。
「じゃ、じゃあなスレイド。達者でな!」
僕は無言で手を振る事で、別れの代わりとした。
「……良かったの、本当に?」
「何が? まさか見捨てなくて良かったのって意味じゃないよね」
僕は分かり切った質問の意味を敢えて尋ね返す。
リーピアはため息をつく。
「……そもそも、事が終わるまで彼を起こさなくても良かったでしょ。私達がドラゴンを倒したように見えないよう、上手く誤魔化すことも出来たのに」
「……そうだね」
確かにそうだ。ドラゴンの戦利品を集め、彼はどこかドラゴンが見えないところへ移動させ、コッソリ起こせば、面倒はなかった。
ただ、でも。
「……やっぱり、僕らの能力で眠らせちゃった訳だし、あのまま放っておけなくてさ。リーピアの言う事も分かるから、能力については明かせなかったけど……」
「中途半端に優しくすると、後が面倒よ?」
リーピアの言葉は、正しかった。
僕の迂闊な優しさめいた行動は、後々面倒を呼び起こす事になるのだった。
(つづく)
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