47.ブライアの場合
「んん~、沿岸の風はやはり、気持ち良いですね」
私は南大陸北沿岸、浜辺をそぞろ歩きます。
海水浴にはやや遅すぎる季節ですので、秋の空気をわずかに感じながら、本を読みつつ。
「のんびりしますねぇ……」
私は目深にかかる前髪を少し上げ、少しずつ沈んでゆく太陽を眺め、潮風の匂いに郷愁を誘われます。
南大陸の海にほど近い町で生まれた私は、やはりこの空気が落ち着くようです。
「あぁ、癒される……」
スレイドさんたちと出会って、1ヶ月と少しが経ちました。
いえ、もう2ヶ月くらいでしたかね?
ともあれ、私が『居眠りドラゴン』に加入して、ほんとうに、ほんっとうに色々ありました。
私の『視界封印』と『心眼開花』が、まさかあそこまでギルドの要になるなんて、思いもよりませんでしたね。
いやはや、人生何があるか分かりません。
そこでふと私は、『"ギルド破壊者"のブライア』などという汚名を着せられていた頃を思い出します。
「いやあ……このギルドでも、一歩間違えばそうなる所でしたね……」
私はリーピアさんと散々に繰り広げた二度、三度の修羅場を思い出し、ぞっとします。
でも、結果的には良かった。
我が身を犠牲にした甲斐があったというものですよ。
私がかつて『崩壊』させてしまったギルドを偲びつつ、思います。
「もっと上手く立ち回れたと思うんですけどねぇ、昔のギルドでだって……」
どうして昔のギルドはああなっちゃったのかな、と私は思い返します。
◆◆◆
「ブライア、あんた私の彼になんで色目使ってくれてんの? ハッキリ言って、迷惑なんですけど」
「い、いえ。私は全然、そんなつもりじゃ……」
「おい、止めろよ。ブライアが怯えているじゃないか。な、ブライア」
こんな感じのやり取りが、割と頻繁にありました。
私は二十歳を超えてからの遅咲き冒険者です。
要領も良くなく、固有能力である『視界封印』と『心眼開花』以外は弱めの弱体化くらいしか使えません。
固有能力だって、状況的に限定的というか……。
ともあれ、そういう私の『か弱い』ところが、どうも私の『外見』や『態度』などと相俟って、男性にはその……『魅力的』、に見えてしまう、のだそうです。
女性の冒険者さん曰く、大体いつも同じことを言われます。
「そうやって弱々しい態度取って、男に守られるのが当たり前だと思ってるんでしょ?」
「ムカツク。男を惑わして、甘えて。小悪魔みたいな女よね」
「ちょっと胸がでかいからって良い気にならないでよね」
「あんたが居るとギルドが崩壊するのよ」
「ほんと、ギルド破壊者だわ」
……うう。
私は単に弱いのを必死でカバーしようとして一生懸命になっているだけなのに。
どうしてそこまで襤褸くそに言われなければいけないのでしょうか。
私のそんな態度を見て、男性の冒険者さんは大体、こんな風にフォローして下さいます。
「お前ら何言ってるんだよ、男が女を守るのは当たり前だろ」
「良いんだよ、ブライアさんは大人しいままでいて」
「ぶ、ブライアさんって、その……大きいよね」
「ブライアさんがずっといてくれると嬉しい」
「ほんと、ギルドの癒しだよ」
ええ、もうそりゃ女性の冒険者さんとは180度違う態度ですよね。
これがまた、男性・女性の混合パーティやギルドでは、争いの種になるのです。
だから私、そういう事件を何度か経験してから、女性のみのギルドか、男性のみのギルドに参加するようにしよう、と決めていました。
後者はまずいんじゃない? と、以前に一緒に魔法の研究をして下さったマゴリアさんは仰っておりましたが。
そう、ですね。男所帯に女一人、何かあるとまずいですものね。
軽率でした。
そんな私が、男女混合パーティである『居眠りドラゴン』に参加した理由は幾つかありますが……。
スレイドさんが私の能力を、純粋に求めてくれた事。
まずはそこが起点でした。
それと、ギルドの雰囲気でしょうか。
私がこれまで参加してきたような、ギルド崩壊の予兆があまり感じられなかったからです。
勿論、リーピアさんのヤキモチっぽい態度にはすぐ気付きましたから、そこへのフォローはしなくては、とスレイドさんに敢えて苦言を呈したりした訳ですが。
でも、何でしょうかね。
空気が分かるんですよ。
そんな事でこの人たちのギルドは、揺らがない。
揺らいでも、多分、何とかなる。
そう確信したのもあって、安心して参加していたのです。
私はスレイドさんとリーピアさんの付かず離れずにモヤモヤしてふた芝居も打ちはしましたが、ほっといても良かったんじゃないかな、というのは朝帰り事件で痛感した、記憶に新しい所ですね。
「どうして私は他のギルドではああいう風に立ち回れなかったのかなぁ」
遅きを失した、今更の後の祭りではありますが、私は考えます。
あんなに大胆に芝居をしてみせた私なのに。
「……好意の対象が、私自身だったからですかね、昔のギルドでは」
根本的な事です。
私の過去に参加したギルドでは、私自身に好意が向くことが多かった。
でも『居眠りドラゴン』は、リーピアさんへのスレイドさんの好意は揺るがなかったからでしょう。
「ガルデさんが硬派なのも助かりますよね」
私は独り、ガルデさんを思う。
あの人の事は、私はとても誠実な人だと思っています。
男性として、というよりも、人間として、ですかね。
己の負い目を隠すでもなく、ただ真摯にスレイドさんに貢献する事で信頼を勝ち得ていく。
そんな彼だからこそ、追放されたにも関わらずスレイドさんはああして仲間として強い信頼を置いているのでしょう。
リーピアさんも、思う所はあるでしょうが。
そしてフリッターさんの事を思います。
「あの人、本音を良く隠しますけど、結構分かりやすいですよね」
ムード・メーカーを気取って茶化す事ばかりしていますが、フリッターさんは確実に、ガルデさんに気があります。
私の、女のカンです。
まあ、男女関係に波風立てるのはもうコリゴリですので、言いませんが。
ゆっくり、お二人なりのペースと距離感で、くっついて頂ければと思うのです。
「ガルデさんがどっちつかずなのが困りものですね……」
私が惑わすような態度を取ってしまったのがいけないのですが。
やれやれ、身に沁みついてしまった『ギルド破壊者』の、悲しい性分なのですかね。
いや、性分というか、宿痾のようなものですか。
そのうちキチンと、私はガルデさんには何にも恋愛感情なんてないですよ、と言わなくちゃ……。
と思ったところで、ズキンと心が痛む。
「あ、あー……いけませんね……スレイドさんといい、ガルデさんといい、私、誠実な男性ってだけで、弱すぎでしょう」
もう。
そうして少しスレイドさんに懸想した事が、どれだけの嵐を巻き起こしたか思い出さなければなりません。
こんなチョロくて自分勝手な私は、いい加減直さねばならないのです。
「そう、私は男の人から独立して生きなければ! 見た目のせいで男の人に頼って甘えているなんて、思われたくありませんから」
私は『居眠りドラゴン』における自分の(恋愛的な意味での)ポジションを再確認しつつ、新たな目標を立てました。
「能力として要であるだけでなく、あのギルドにおいて『ブライアさんは頼りになる』という評価を、人間的にも得たいものですよ」
誰にともなく、私は言う。
それは、大分ハードルの高い目標ではあります。
遅咲き冒険者の私は、どう逆立ちしたって5年以上、最大で12年も活動している彼らには敵いっこありません。
敵うとすれば、恐らく多少は色恋沙汰に聡くなった、この賢しい恋愛脳でしょう。
恋愛の事ならば任せて下さい!
……いや、それを『人間的な』評価だとするかは、議論の余地がありましょうが。
ま、ともあれ私は、私にしかできない事があるはずです。
それこそ、『無敵催眠』の最適なアシストが、『視界封印』と『心眼開花』にしか出来ないように。
私は決意を新たにしつつ、浜辺を歩いていきます。
「ああ、いい天気です。明日も、晴れるかな」
そうして私は1ヶ月という長い休暇をどう過ごそうか考え、ゆっくりと帰路につくのでした。
(つづく)
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