40.イチかバチか
「『無敵催眠』が……通じない!?」
「そんな……今まで、スライム属にもちゃんと通じていたのに……」
僕達にとって、それは致命的な誤算だった。
普通のスライムや属性スライムどもは、『目』という器官こそないが、確かに何かを『視認』して動いていたように思えた。
だから、奴らには『無敵催眠』は通じたのだ。
―――だが、漆黒スライムは違った。
連中は、その名の示す通り……真っ黒で、暗闇のようなボディには、何かを視認する器官もなければ、そもそも『視認』という概念自体が備わっていないようだった。或いは、ブライアの言うように『常時暗闇状態』という理解が正しいのかも知れない。いずれにせよ。
「同じスライム属だと思って、油断した……!」
「後悔してる暇はないわ、スレイド! 通じないなら通じないで、実力勝負に出るしかない!」
そうだ。
今後悔したって、何にもならない。
「行くよ、リーピア!」
「ええ!」
そうして僕たちは漆黒スライムども相手に、真っ向勝負を挑む事になってしまった。
とはいえ、ミスティさんたちの『麻痺霧霞』もある。だから、どうにかなるとは思い直したのだ。
だが……
「すまないスレイド君! ちょっと数が多すぎる上に、動きが速い!! 何匹か取りこぼした!!」
というミスティさんの言葉に僕達は戦慄する。
連中はアメーバ状の身体でどこにでもスルリと逃げ回る。
あの動きを全て、霧で捕捉しろというのも確かに無茶だろう。
「くっ……どこだ……?」
「警戒を解くなよ」
「アタシが探知するっス! 皆、ヘタに動かないで!」
「あうう……」
「しっ……静かに」
僕達は円陣を組んで周辺に最大限の警戒をする。
フリッターの探知スキルで、僕らに近付く気配を探る。
だが、その穴を突かれた。
「!? 地面ッ……」
そう、フリッターの探知スキルは基本的に横軸に、平行には広く効果が及ぶのだが、上空や地面からの縦軸の攻撃にはやや弱かった。
漆黒スライムどもが、その弱点を把握していたかどうかは定かではない。
しかし、戦略としては的確だった。
奴らは沼を通じて地中に潜み、地盤を削ってドガァ!と僕らの前に姿を現す。
狙いは……リーピアだった。
「きゃぁっ……!」
「リーピア!!」
僕は咄嗟に庇おうとする。
が。
「ふんっ!!!」
ズドム!!!
ガルデが大剣の腹の部分で、力任せに漆黒スライムを叩き潰した。
切り裂いても分裂してしまうだけなので、奴らに効果的な手段はコレだ、と事前に言っていた通りだった。
それで絶命したかは分からないが、少なくともその場は切り抜けられた。
「あ、ありがとうガルデ」
「ああ。油断するな」
短く僕らは言い合い、それからまた警戒心を最大にする。
「くっそ……ごめんなさいリーピア、アタシがもっと警戒してれば」
「無理もないわ。地面から来るなんて……」
リーピアは気にしないで、となだめるが、フリッターが思わず素の口調になっている。それだけ深刻だという事だ。
僕らは手をこまねいていた。
何十匹かは既に『麻痺霧霞』で動きを封じられた上、ミスティさんやライヒの魔法・打撃で殲滅されていたようだが、まだ残り10数匹はいるはず。
「こんなに苦戦するの、『無敵催眠』を手に入れてから随分久しぶりだね……」
「目ェ潰された、例の手負いの一つ目モンスター以来じゃない?」
僕とリーピアがそう言っていると、ブライアが疑問を覚えたように尋ねる。
「目を……潰された……それは、視神経を喪失したから、通じなくなったという事ですか?」
僕は答える。
「うん、そのはず」
リーピアもそうね、と同意する。
ただ、リーピアは少し疑問を抱いていたようだった。
「……私達、ずっと視神経の有無だと思ってたけど、それにしてはおかしなこともあったのよね。いわゆる無生物というか、魔法生物みたいな連中って、普通の意味での『視神経』とか『脳』ってないじゃない?その辺り、連中にはどう認識されてるのかしらね」
僕もそれは気になっていた。今気にすることじゃないかも知れないが……
そこで、ブライアは気付いたように言った。
「……もしかして」
何か、策があるのか? 僕はブライアに尋ねてみた。
すると、ブライアは叫んだ。
「……『心眼開花』です! 敵に敢えて『心眼開花』をかけて、『目が見える』という状態……いえ、『概念』を付与してやれば、或いは……!」
僕は一瞬、その案に光明を見た。
いや、しかし。
僕は冷静な頭で先ほどのブライアの分析を思い出す。
漆黒スライムが先ほどブライア自身が言っていたように『常時暗闇状態』……つまり、『視界封印』を掛けられたような状態だとしたら、そちらの無効化が優先され、『心眼開花』の重ね掛けには意味がない。それは、ガルデらが身を以って証明している。
だから、正直な所『イチかバチか』という提案ではあった。
だが、今のこの状況なら、試してみるしかない。
「……頼む、ブライア!」
「はいっ!」
どうせ敵の視覚はあってもなくても変わらない。熱源か気配かでこっちを察知しているのだ。
なら、賭けてやろうじゃないか。
「心眼開花!!」
近くを徘徊してこちらの隙を伺っていた漆黒スライムに、ブライアは能力をかける。漆黒スライムは一瞬、何が起きたか分からないようだったが、特に変わった様子はない。
「今です!」
ブライアの合図を機に、僕とリーピアは言い放つ。
「「無敵…催眠!!」」
果たして、通じるのか。
僕らの思い付きのような策は……
「……」
無言のままグッタリと倒れる漆黒スライムを見て、どうやら成功した事が分かった。
「やった! ブライア、これだ! これなら行ける!」
「うん! ありがとうブライア!」
「はいっ! 他の奴にも、どんどんかけちゃいます!」
◆◆◆
「まさか『心眼開花』で敵に『視覚』の概念を与える事で、強制的に『無敵催眠』を通じる状態にしてしまうとはね」
全ての敵を掃討し終え、ミスティさんは驚いていた。
「ふん。奇策だが、咄嗟に思いついたにしては上出来だな」
ライヒも皮肉交じりに褒めてくれる。
「いやぁ、私もまさかガルデさんとフリッターさん、それに私自身の補助にしかならないと思っていた『心眼開花』が、こんな使い方出来るなんて思いませんでしたよ」
ブライアは照れたようにしていた。
「ますますブライアの重要性が増したな」
「そっスね……うう、それに引き換え、アタシ、全然活躍できなかった……」
今回は相手との相性が悪いよ、と僕は落ち込むフリッターを励ます。
「リーピアのヒントも良かったよ。僕はずっとこの能力、視神経に直接働きかけるものだと思ってたんだけどね」
「そうね。私もその言葉に引きずられてそう理解してたけど、視神経の有無よりも『概念』としての視覚が重要だったわけね」
と、僕らは自分たちの能力についての理解を深めた。
つまり、まとめ直すとこういうことだ。
(1)ミミズなどの『視覚』の『概念』が存在しない相手には通じない。
(2)外傷などによって視神経を完全に喪失している敵に通じないのは『視覚』という『概念』が敵から喪失しているため。
(3)また、実際には視神経や脳を持たなくても『目』を模した部位があるなどの魔法生物には、『視覚』の『概念』があるため普通に通用する。
(4)仮に『視覚』の概念がなくとも、ブライアの『心眼開花』によって『視覚』に相当する『概念』を強制付与されることで、どんな敵にも通じるようになる。
(5)但し、ブライアの『視覚封印』が掛けられている状態であれば、そちらの催眠無効化のほうが優先される。よって『心眼開花』を重ね掛けしても、『無敵催眠』は通じなくなる。
「聞けば聞くほどブライアの能力が私達にとっての要になっているわね」
「うん、ブライア、これからもよろしくね」
リーピアは言い、僕も同意する。
ブライアは更に照れつつも、嬉しそうにしていた。
「えへへ、ありがとうございます。頑張りますね」
それから僕たちは戦利品をまとめると、言った。
「それじゃ、帰ろう!」
「そうだね。スレイド君、リーピア。それに皆、今回は本当にありがとう。助かったよ」
僕達は大戦果を挙げ、意気揚々とリクラスタの町へと帰っていくのだった。
(つづく)
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