39.漆黒スライム
「漆黒スライムって何?」
「無学な奴だな……それなりに冒険歴は長いんじゃないのか?」
リーピアとライヒがまた喧嘩しそうになっている。
この2人、相性悪いなあ……。
ミスティさんがぽこりとライヒを殴り、代わりに答える。
「普通のスライムと違って、身体に闇の魔力を宿したスライムだよ。ただでさえ物理攻撃が通じにくく結構厄介な連中なのに、その上かなり魔力耐性というか、魔法に対する耐性も強い。S級の中ではまだ初級といった感じのクエストではあるが、今回は数が数だ。討伐数、約50体」
僕はその数にゾッとした。50もいるのか。
普通のスライムや、魔力を宿した属性持ちスライム相手に戦った事は何度もある。奴らはかなりタフな所があり、火炎魔法をしつこくかけて消滅させたり、氷結魔法なんかの使い手がいる場合は凍らせて粉々に打ち砕くぐらいの事をしないと死なない。
おまけに、そんな魔法が通じにくい相手が50体ともなると、概要の話だけで難易度が伺えるというものだ。
「厳しいですね」
僕は端的に答える。
「お、分かるかい。でも、だからこその私たちの共闘なんだよ。『麻痺霧霞』と『無敵催眠』があれば、百人力さ」
確かに。
僕達が『無敵催眠』で眠らせ、更に『麻痺霧霞』も重ねて麻痺させてしまえば、万一どちらかが切れてもどちらかが継続するだろう。
『麻痺霧霞』の持続時間はどの程度なのか分からないが(ミスティさん曰く、敵の強さ次第だよ、とのこと)、『無敵催眠』に関して言えば今のところ、僕らが戦っているうちに時間経過で効果が切れた事は一度もない。
検証にも時間がかかるので最大で6時間くらいしか試したことはないが、実質的に永遠に解けない、と考えて良いレベルだろう。物理的な攻撃も起こす事にはならないので、リーピアの限定解除で任意に解く以外の方法は、今のところない。
問題があるとすれば、原因不明で全く通じないパターンだが……。
それも、現時点では確認できていない。
判明している範囲で無敵催眠が通じないのは、視神経が喪失しているか、初めから目を持たないか、視界封印で暗闇状態であるか、のいずれかしかない。
S級モンスターは未知の部分が多く、先日の上級魔族には普通に『無敵催眠』が通じたので、同種の魔族はほぼ大丈夫と考えて良いだろうが、漆黒スライムに試したことは一度もないのだから不明だ。
因みに、ミスティさんとライヒはもう少し数が少ない場合においては、試したことがあるらしい。
「連中に通じるのは、30分かそこらだな」
「まあ、戦闘においてそのくらい麻痺が継続できれば、十分だろう」
ライヒとミスティさんはそのように言っていた。
「確かにそうね。30分も麻痺してりゃ、その間に大体は倒せちゃうわ」
リーピアは納得する。その麻痺している隙に僕らの『無敵催眠』をかけて盤石の状態にも出来るしね。
……と、そこでブライアとガルデが何か言いたそうにしていたので、僕は促した。
「麻痺というのは視神経も麻痺するのか?」
「そ、それです。ちょっと気になりました」
そうか。視神経を喪失すると僕らの『無敵催眠』は通じなくなる。麻痺というのが具体的にどういうものなのかによっては、相性が良くない。
「視神経? うーん、相手の感覚に寄り添ったことがないから分からないけど、目は普通に開いていたと思うけどね」
「俺の『麻痺』がそもそも、別に外傷を与える訳ではないからな。主に脳神経に働きかけるわけだが、それは全神経の交流を全て一律に遮断するのではなく、四肢など、つまり全身を動かす事を妨害するタイプの麻痺だと思えばいい」
ミスティさんは曖昧な回答だったが、ライヒの言葉は的確で分かりやすかった。
「なるほど。じゃあ、目から入る光線なんかは普通に通じそうだね」
僕は安心した。
「ま、能力の効果なんて試してみないと分からないわよ。行ってみるっきゃないわね」
リーピアはそんな、いつも通り結構無鉄砲な発言。
「そっスね! 出たとこ勝負っス!」
「お前はもう少し慎重になろうな」
「あはは……」
フリッター、ガルデ、ブライアも口々に続く。
「よし。じゃあ、場所と細かい段取りについて説明しようかな」
そして場をまとめるように、ミスティさんがブリーフィングを始めた。
◆◆◆
「てな感じで、基本は私達が先導して敵を麻痺させる。君たちは、それからゆっくり『無敵催眠』で眠らせてくれ」
「了解しました」
「オッケー」
当然、ブライアに僕たち2人以外のメンバーに対して『視界封印』と『心眼開花』をかけてもらう事も忘れない。
「ふうん、これが視界を封印されつつ心眼が開花した状態、か。奇妙な感覚だな。視界に靄がかかっているように真っ暗なのに、お前らの表情や動きが手に取るように分かる」
ライヒはブライアの『視界封印』と『心眼開花』を重ね掛けされる経験が初めてなので、そんな感想を漏らした。ガルデは笑う。
「最初は慣れないだろうが、動けばすぐに慣れてしまうさ」
「そっスね。むしろ心眼のおかげで、いつもよりキレが良くなるまであるっスよ」
フリッターも、そう言った。
事前準備を整えた僕たちは、漆黒スライムの待ち受ける沼地へ向かう。
「行こう」
そこには、予想もしなかった苦戦があるとも知らずに。
◆◆◆
「こいつらが、漆黒スライム……」
「普通のスライムと違って、確かに強そうね。闇の魔力が全身から溢れてる」
「油断するなよスレイド。俺とフリッターがなるべく敵の注意を引き付ける」
「任せるっスよ!」
「わ、私も頑張ります……!」
「やれやれ、気負い過ぎだ。俺たちが麻痺させるからそこまで心配には及ばんさ」
「こらライヒ。油断は禁物だよ。少しはガルデさんとブライアさんの慎重さを見習ったらどうだい」
僕らがそんな会話をしつつ漆黒スライム50体を遠巻きに眺め、機を伺う。
「いいかい、私とライヒが先に行って、敵を麻痺させてくる。順次、麻痺した敵に追撃で『無敵催眠』をかけてくれ」
「了解。気を付けてね、ミスティさん」
もちろん、とミスティさんは油断なく頷き、ライヒを促す。そして2人は漆黒スライムに向かって走り出し、合体能力を発動させた。
「「麻痺霧霞!!」」
途端、活発に動いていた5匹余りの漆黒スライムが、その動きを止める。
凄いな。この勢いなら、あの2人だけでも……と僕が思った時だった。
「!! スレイド、後ろっス!」
フリッターの警告の言葉に気付き、振り返る。
なんと、いつの間にやらすぐ近くに、1匹の漆黒スライムが近付いていた。
「くっ……リーピア!」
「分かってる! 予定より早いけど……!」
僕達は、能力を発動させた。
「「無敵催眠!」」
そこで漆黒スライムはぐっすりと眠る…………はずだった。
だが、そいつは動く。
全く何の躊躇もせず。
「えっ!?」
「危ない、リーピア!!」
僕らの能力が不発に終わった驚きよりもまず、リーピアを襲おうとする漆黒スライムの動きに僕は反射的にリーピアを庇った。
ズバッ、と鋭く伸びた漆黒スライムの身体によって僕の背中が切り裂かれる。
「痛ッ」
致命傷は避けられた。事前にかけておいてもらったリーピアの通常身体強化の効果もあり、さほどのダメージは受けていない。
しかし、肉体的なダメージよりも、『無敵催眠』が通じなかった精神的ダメージのほうが遥かに大きかった。
「な、なんで……スライム属、目がないけど今まで通じてたじゃない……」
おろおろと狼狽えるリーピア。
無理もない。僕だって困惑している。
「ま、まさか……漆黒スライムって」
そこでブライアが思いついたかのように言う。
「常時……暗闇状態なのでは……私の、『視界封印』がかかったみたいな状態……とか」
「え……」
その仮説に僕らはおののく。
それじゃあ、僕らの『無敵催眠』は……。
全く、意味をなさないのか?
僕らは絶望的な気持ちで、未だ戦場で踊る漆黒スライムどもと、そしてこの状況に置かれた危険性を、ゆっくりと認識していくのだった。
(つづく)
おやすみヒプノシスをお読みいただきありがとうございます!
恐れ入りますが、以下をご一読いただければ幸いです。
皆様からのブックマーク、評価が連載を継続する力になります!
【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けると幸いです!
また、つまらなくても★ひとつ頂ければと思います。
感想・レビューなどを頂けると、展開もそちらを吟味した上でシフトしていくかもしれません。
何卒よろしくお願いいたします!




