28.修羅場
「それで手ェ出さないって、スレイドちょっとおかしくないっスか?」
「早速バレてる!!」
一体誰が。ブライアか?
「ねー、酷いでしょスレイドったら」
「君が言ったの!?」
まさかの本人申告。
いや、やましい事なんて何もない!デマをばら撒くのはやめるんだ!
「朝っぱらから騒がしいな……いつもの痴話喧嘩か?」
「ガルデ、この状況に慣れ過ぎでしょ……痴話喧嘩じゃないしね!?」
もはや恒例行事の如くスルーするガルデだがサラリとなんて事を言うのだ。
「あ、あの、やっぱりお二人って、その、お付き合いをされているんですか?」
「……まだだよ……」
こないだのリーピアの告白は酔い任せで僕の返答も彼女が寝てしまった以上はノーカウントだろう。
お互いチャンスとタイミングを探ってると思うんだけど、僕が真剣な顔で何か言えばリーピアは誤魔化しに来るので、言えずにいたんだ。
「スレイド。曖昧な態度もいい加減にして、本気になりましょう?」
「僕が真剣になろうとしたらリーピアがふざけるんでしょ! 真面目に聞いてよ!」
おどけて言うリーピアに僕はややマジで怒る。
リーピアはあたかも僕からの告白が遅いからいけない、みたいな言い方してるけど、あのね、君がワザと僕の告白をかわそうとしてるの、見え見えなんだからね!?
こんな冗談みたいな状況でそれを言いたくないので内心で済ませるが、ホントにもう、いい加減にして欲しいのはこっちだよ。
はぁ、と僕が溜息をついて朝食の準備を始めると、しばらくの沈黙ののち……ブライアが意を決したように言う。
「…………あ、あの。もし、リーピアさんがスレイドさんの気持ちを知った上で袖にしているんだったら、その……あ、諦めてもらうわけには行かないですか?」
ワイワイガヤガヤと騒がしかったリビングに、水を打ったような静寂が訪れる。
「…………え? ………………えっ?」
あまりに唐突なブライアの『宣戦布告』に、リーピアは冗談めかして笑っていた表情を完全に硬直させ、青ざめる。
「……お、おお……ド修羅場っスね……」
「……おい、フリッター、外に行くぞ」
ガルデはグイ、っとフリッターを引き連れてギルドハウスの外に退避する。
残された僕とリーピアは、針の筵に座らされているような心持ちだった。
ブライアのあまりに急すぎる、しかし真剣な眼差しから伝わる気持ちの温度に、僕はどうしていいか分からず、ただただリーピアとブライアの顔を交互に伺っていた。
「あの、えっと」
「前から思ってたんです。スレイドさんもリーピアさんも、お互い好き同士に見えて、実は片想いなんじゃないですか? ……多分、リーピアさんの」
挑発的で余計な一言、いつもの無自覚煽り……ではない。
長い前髪から覗く非難と批判の眼差しでリーピアを射抜くブライアの口調は、真剣そのものだった。
……長い沈黙が続き、それからリーピアは困惑したように言う。
「あ、あなたね、何言い出すのよ急に……あなたにスレイドと私の何が」
「少なくとも、スレイドさんがあなたの気持ちに真剣に応えようとしているのを、何度も何度もはぐらかしているのは、誰から見ても丸分かりです」
分かるって言うの、と言おうとした彼女の言葉を、ブライアはぴしゃりと遮る。
こんなにハキハキと話すブライアは初めてで、僕らは圧倒される。
好き放題にやり込められ、リーピアは青ざめていた顔を徐々に赤くして、怒りの表情に変えていく。
「あ……あなた……」
「私ならスレイドさんにそんな嫌な思い、させません。好きだって言われれば、すぐに受け入れます」
そう言ってブライアは僕に近づき、袖を握ってギュッと身体をくっつける。
その様子にリーピアはついに我慢の限界に達したか、大声を上げる。
「は、はっ……離れなさい!」
「嫌です」
ブライアは離さない。むしろ僕との密着度を上げてくる。
「リーピアさんは悪い女です。スレイドさんの純情を弄んで楽しいですか」
強い口調でリーピアを非難し続けるブライア。
リーピアは感情的には反駁したくても、実際にそういう事をし続けた自覚があるからか、何も言い返せずにただ怒りだけを募らせる。
「〜〜〜〜〜っ!」
「ほら、何も言えないんじゃないですか」
それ見たことかと言わんばかりに、ブライアは煽り続ける。
「スレイドさん。私と付き合って下さい。私なら、リーピアさんなんかより、ずっとあなたに尽くしてあげられます。私の方が何百倍も、スレイドさんの望む事、してあげられます。……寸止めなんかじゃなく……よ、夜伽だって……」
そこだけ言うのが恥ずかしいのか、僅かに言い淀んだ。
だが、それを聞いてリーピアはいよいよ頭に血が昇ったらしく、
「ふ、ふざけないでよ! 私の方が何千倍も……!」
「何千倍も、なんですか?」
あくまでも冷静に、ブライアはリーピアを煽る。
言え。
その一言を今ここで、素面で言えないなら、あなたにスレイドさんを渡す気はない。あなたにスレイドさんは相応しくない。あなたにスレイドさんを独占する資格はない。
言外にそういった言葉のナイフをチラつかせながら、優越と嗜虐の表情でブライアはリーピアを睨め付け、僕との密着度を更に上げる。彼女の身長の割に大きな胸も当たっている……。
だがリーピアはその先の言葉を言えず、逡巡する。
ブライアは失望しましたよ、と言わんばかりの深く大きな溜息をつく。
と、そこでブライアは、思い付いたように言う。
「じゃあ、私が先に頂いちゃいますね。スレイドさんのきっと初めての、キス」
言って、小柄な彼女はグッと背を伸ばして僕の目の前で目を瞑る。
身長差がさほどないので、僕が少し屈めば唇は触れ合ってしまう。
距離が縮まり、2人の吐息は鼻面までかかる程になる。
「や……やめて……」
リーピアが懇願するように、泣きそうになりながら手を伸ばすが、ブライアは冷たく言い放つ。
「良いじゃないですか。あなたは二番目に可愛がって貰えば」
そして僕とブライアの唇が触れそうになった、その瞬間ーーー。
「やめて!!」
ドンっ、と僕とブライアの間に割り込み、そして素早く
……ちゅっ……
リーピアに僕は唇を奪われる。強く強く抱き締められ、離すまいと唇の隙間から舌を絡ませて。
「はっ……はっ……」
リーピアは衝動的なその行動に自分が何をしたのか分かっていないようだった。
目の焦点は定かではなく、涙がボロボロ溢れ、顔を真っ赤に火照らせ。
「やっと素直になりましたか」
ホーッとブライアが胸を撫で下ろす。
「……やり方が強引すぎるよ、ブライア……」
「あなたたちの進展が遅すぎるんです。こうでもしないと、本気になれなかったでしょう?」
僕はいくらなんでも急すぎるブライアの告白と、彼女らしくない自覚的な扇動に途中から気付いて意図を汲み取り、されるがままになっていたが。
リーピアは……この様子だと、気付いていなかった、んだろうな。
いや、まさに今も僕たちの会話が頭に入っていない感じだ。
「わ……私の方が!! 先にスレイドの能力を!! 私の方が!!」
リーピアは、もはや言葉にならない叫びを上げていた。
ブライアは何を思ったか、まだ錯乱しているリーピアに向けて言葉を重ねる。
「能力ですか? 能力だけが、お二人を繋ぐ絆なんですか?」
……やれやれ、趣味が悪いよブライア。
僕は苦笑しそうになるのを我慢しながら、リーピアの言葉を待つ。
やがてスーッと息を吸い込んでから、リーピアは喉も割れんばかりに叫ぶ。
「能力だけじゃないもん!!! 私の方が、ずっと、ずっと、ずうっと!!! スレイドの事、何千倍も何万倍も、あなたなんかよりずううううううっと好きなんだもん!!!!! 絶対渡さない!!!!!!!」
「……その言葉が出るまで、随分かかりましたね」
耳を煩そうに塞ぎつつ、笑ってブライアは言う。
「こないだ似たような事は、酔い任せに言われたんだけどね」
僕は苦笑しつつ、ポンポンと涙目で真っ赤になっているリーピアを宥めながら、答える。
「リーピア、今度はちゃんと聞いていてね。僕も、君の事が好き。他の誰よりね。だから、もう変なヤキモチ妬かないで、僕を無闇にからかわないで、ごくごく普通に恋人になって欲しいんだけど……大丈夫? 僕の声、聞こえているかな?」
僕のゆっくりと紡いだ言葉は、ヒステリーになりかけていたリーピアの顔色を少しずつ変えていった。
「あ、え、す、スレイ……ド……?」
「ん?」
僕は柔らかな笑みを浮かべて、リーピアを落ち着かせ、彼女の反応を伺う。
「う、わ、あ……」
やがて顔を先ほど以上に赤く染め、リーピアはくずおれた。
「全く、本当に世話の焼けるカップルですね……私がいないと、駄目なんですから」
最後の一言は、余計だよ。
こうして、ブライアのちょっとヒヤヒヤするお節介のおかげで、僕とリーピアはこの日、ようやく晴れてお互いの気持ちを告白し合えたのだった。
(つづく)
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