23.『完全版』無敵催眠
「ね、ブライア。君、僕たちのギルドに入らない? 歓迎するよ」
「えっ……わ、私なんかがあの高名な『居眠りドラゴン』の皆さんの仲間に……!?」
「お願いだよブライア。君の人柄と能力、僕達には凄く必要なんだ」
「えっ、えっ、えっ……」
……という訳である。
一つ目巨人の討伐を経て、ある程度ブライアの能力を知り、更に彼女の人柄を確認し、彼女のようなタイプは自らの欲望のために僕らの能力を明かしたりはしないだろう、と判断できた。
そこで僕らは、彼女に『無敵催眠』の能力の詳細について語り、仲間になって欲しい理由も明かした。
全てを聴き終えたブライアは、二つ返事で引き受けた。
「そういう……事だったんですね! わ、私なんかの能力が皆さんのお役に立てるなら、こんなに嬉しい事はありません! す、スレイドさん! 私、これからガルデさんやフリッターさん、それに私自身に『視界封印』と『心眼開花』を駆使して、『無敵催眠』を……『完全版・無敵催眠』にしてみせます!」
ブライアの意気込みに僕とガルデ、フリッターは大喜びだったが、リーピアは面白くなさそうだった。
「『完・全・版』ン? じゃ、私とスレイドのコンビじゃ不完全だって言いたいわけ?」
り、リーピア。その絡み方は好感度を下げるよ……。
僕はヒヤヒヤしながらブライアがどういう反応を示すのか見ていた。
「あっ……いえ、全然そんなつもりじゃ……ただ、今のままだと、皆さんを巻き込んでしまう能力なんですよね……? 私の能力がないと」
……地雷を踏み散らかしていった。
と、倒置法で強調してまで言う事かな?
あ、あれ?ブライアって、そういうタイプ?
悪意なく、ギルドを崩壊させちゃうタイプ?
もしかして僕の彼女を仲間にする判断って、軽率だった?
リーピアは怒りに顔を赤くし、反論したくても出来ない怒りで更にムクれていた。そして、
「~~~~~っ!! な、生意気!! あなた、幾つなの!? 年齢は!?」
と、何やら良く分からない質問を投げた。
「えっと……ど、童顔ってよく言われますけど、23歳……です」
「あ、僕と2つ違いなんだ」
そのやり取りにガルデは肩を落とし、フリッターはヒューッと言ってニヤニヤと笑う。
僕が、あ、しまった……と思った時には、リーピアはさらに顔を赤くして混乱していた。
「あ、あ、あ、あなたね! ちょっとくらい年齢が上だからって、調子に乗らないでね!?」
もはやリーピアが何を言ってるか分からないし、ブライアも困惑している。
「えっと、その、私全然そんな調子に乗ってなんか……リーピアさん、落ち着いて下さい……」
「リーピア、ちょっとホント落ち着こう? ブライアが怯えてるし……」
そんな僕のフォローを見て、ガルデは頭を抱え、フリッターはもはやギャハハ、という下品な笑いまで上げている。
「っっっ!!」
リーピアはついに我慢しきれなくなったらしく、無言でギルドハウスを出て行った。
「あっ……リーピア……」
僕はリーピアが怒って出て行ってしまったので、どうしようもなくなった。
「あのなぁスレイド……お前、少しは空気ってもんを読めよ……」
「ぷははっ……ほんっ……と、スレイド、わ、ワザとやってんスか? ふ、ふふ、ぶふふ……っ」
……いや、ガルデとフリッターの言わんとしている事は分かるけど。
でも、今のはリーピアが無駄に噛み付いたのが悪いでしょ、絶対。
僕はそう思うが、ブライアはきょとんとしながらも、僕におずおずと尋ねる。
「あ、あの……差し出がましいかも知れませんけど、リーピアさんが怒っていらしたのって……わ、私が原因なんですか……? お二人って、その……」
「そういう想像の埒外にあると思って欲しい所だけど、まぁ、概ね合ってるよ」
僕は苦笑しながら言った。するとブライアは、
「で、でしたら誤解を解かないと。だってリーピアさんはスレイドさんの事を」
「いやぁ……今のところ、そういう感じじゃないんだよ、お互い」
僕は正直な気持ちを吐露した。
だって、リーピアが素直に言ってくれないし、僕だって別に無理してそうなろうと思わないんだもの。お互いに両想いのようでいて、僕らは決定的に恋人でもなんでもなかった。あくまでも、ギルドのメンバー同士であり、相棒だ。
何とも言えない空気がギルドハウスに漂う。
「……み、皆はどう思うの? 今の、僕が悪いの? リーピアが悪いの?」
僕は沈黙に耐えきれなくなり、つい皆に助け舟を求めてみる。すると、
「今のは確実にお前が悪い」
「6割がたは先に噛みついたリーピアが悪いとは思うっスけど、スレイドにも非があると思うっスよ、ぶふっ……」
「わ、私の立場からは善し悪しについてまでは何もお答えできませんが、スレイドさん、リーピアさんがちょっと、可哀想だと思いませんか……?」
……予想以上に分が悪かった。
ていうか、ガルデがそっち側に立つとは思わなかったよ。女子であるフリッターのほうがむしろ僕の肩を持ってくれてる。
「わ、分かったよ……追いかけてくる」
僕は同調圧力に屈するようで悔しかったが、リーピアを追いかけることにした。
◆◆◆
リーピアは酒場でヤケ酒を呑んでいた。
まぁ、概ね予想通りだ。彼女の酒豪っぷりからして、嫌な事があれば呑みに来るだろう事は想像に難くない。
「なぁにが『完全版』だっつーの! スレイドを見出したのはこの私だっつーの!」
大声で人に聴かれるとマズそうな愚痴をブツブツ言っているリーピアを見咎め、僕は素早く駆け寄る。
「リーピア!」
僕の姿を目にすると、リーピアはプイッ、と頬を膨らませて顔を背けた。
「何ですか~? 何しに来たんですか~? この『不完全』な私に何の用なんですか~?」
リーピアは露骨にさっきのブライアの迂闊な発言に気を悪くして、僕に嫌味を叩きつけてきた。
「ブライアはそんなつもりで言ったんじゃないでしょ……」
僕はそう言うが、そもそも僕のそういうブライアを庇う態度自体が気に入らないらしく、リーピアは全く聞き入れてくれない。
「フーンだ。私がいないと、スレイドの能力だって役に立たないんですからね」
やや声を潜めるだけの理性はまだ残っているようだが、その台詞は中々に地雷だと僕は思った。
大体、ブーメランでもあるだろう。
とはいえ、僕はこれ以上正論でリーピアを遣り込めても逆効果だと気付いたので、切り口を変えてみた。
「あのねリーピア。君がどう思ってるか分からないけど、僕がブライアの能力を必要としているのは、ガルデやフリッターと一緒にギルドをやっていく上で、彼女の能力が理想的だからだよ。それ以上でも以下でもないからね。大体、そんな風にヤキモチを妬くなら……」
と僕が言いかけたところでリーピアは既に酔っている顔を更に真っ赤にして、
「ヤキモチなんか妬いてないもん!!」
と大声で叫んだ。
や、やめてよ公共の場で。とんでもない痴話喧嘩だと思われちゃうよ……。
「リーピア。とにかく、ここで能力の話を長々とするのは得策じゃない。一旦帰ろう」
僕はお会計を無理矢理済ませ、引きずるようにリーピアをギルドハウスへと連れ帰る。
「や~だ~~~! あの女のいるハウスに帰りたくな~~~い~~~!!」
何やら誤解を生みそうな泣き言を叫びながらリーピアはズルズルと僕に引きずられていく。
やがて人通りも少なくなりギルドハウスへ向かう道すがら。
僕はリーピアが落ち着いた頃を見計らって、言った。
「……あのさぁリーピア。何度も言ってるけど、僕は君の事は大事な仲間だと思ってるからね?」
リーピアはブスッとしながら、何やら呟く。
「……リーピアがそういう風にヤキモチ妬くなら、ちゃんと言って欲しいんだけどなぁ」
僕も彼女に聴こえないようにそっと呟く。
「……もん」
うん?
僕は彼女が何を言ったのか全く聞き取れないので耳を近づける。
「……私のほうが先に、スレイドの事、好きだったんだもん!!」
すると半ばヤケクソのように、酒に酔った勢いなのか、誰も聞き咎めないと知ってか、大声でリーピアは叫んだ。
僕はドキリとした。
その言葉を聞くのは初めてで、そして今しがた『言って欲しい』と思ったばかりの言葉だったからだ。
「リーピア……」
僕はいつもからかってきたり、ヤキモチ妬くばかりで具体的に恋人になりたいとも言いださない彼女のあまりに唐突な言葉に、何と答えたら良いか逡巡する。
「言ったよ。私は言ったよ」
するとリーピアは答えを寄越せとばかりに、プイっと顔を逸らす。
「……そだね。じゃあ僕もちゃんと返答しないとズルいよね」
結局、僕のこういう『待ち』に徹するスタンスそのものに、リーピアはイライラしていたのかも知れない。自分が傷つかなくていいよう、待ち続けるなんて、ズルいよね。
それこそ、『無敵催眠』で敵を眠らせるくらい、ズルいよね。
僕は決心する。
「リーピア。僕は、君の事は能力を見出してくれた大切な相棒だと思ってる。でもね、それだけじゃあないのも、分かってくれると思ってたんだ。君からの好意を、ただ待ち続けていたんだ。ごめんね。でも、君がそう言ってくれた以上、僕もちゃんと応えるよ」
長々と前置きをして、僕は言った。
「……僕だって、リーピアの事が、好きだから。変なヤキモチなんて、もう妬かなくて良いから、安心して」
そう言って、少し僕はドキドキする。
相手が先に好意を示してくれた以上、両想い確定のズルい告白であることには違いない。
でも、ケジメはつけたつもりだ。
「……リーピア?」
僕はリーピアのほうを見やる。
すると……
「すぅ……すぅ……スレイドの……バカ……」
「…………酷いなあ、折角ちゃんと応えたのに」
でもまあ、こんな酔いに任せた告白と、ズルい返答でなあなあに済ませるには、僕たちの関係も大概、ズブズブになりすぎた。
もっと今度、然るべきタイミングでお互いの気持ちを確かめ合おう。
僕はそう思って、すやすやと眠りこける彼女の耳元で囁く。
「今度はちゃんと、僕から言うから。その時は、起きていてね」
(つづく)
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