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6.目覚めと初めてのライラックの人々 ~過去編(2)~

 ブレイが意識を取り戻したのはまだ夜中のことだった。月明かりが窓から差し込んできていたので現在が夜だということを判断できた。また、ブレイが目を覚ました部屋には小さなランプのような照明器具はあったが、その明かりは点けられていなかったので月明りのみがこの部屋の状態を教えてくれた。



(あれ…、ここは…どこだろう? 僕はどうして…ここで…寝て…。)



 ブレイは意識を取り戻すと状況を把握しようと部屋全体を見渡した。そして、見渡した際に戸の隙間から微かに明かりが漏れているのが発見できたのでそちらへ向かおうと体を起こそうとした。すると、


(あ、危ない…!)



ブレイはプルプルと体を震わせながら体を起こすことはできたのだが、布団からのそのそと出て、その場に立ち上がろうとすると足に思うように力が入らず倒れそうになってしまった。幸いにして倒れこむ前に手を床に着けることはできたのだが、もう少しで地面とキスをするところだった。



(そ、そっか…。そういえば…、僕は倒れてて、治療をしてもらって…。…ということは、ここは治療をしてくれた人の家かな?)



 意識を取り戻した当初はまだ頭がうまく働いていなかったので状況を飲み込むこともできず、自分自身が怪我をしていたことも忘れてしまっていた。しかし、足に力が入らなかったり倒れそうになったことで意識がはっきりとしてきたので、徐々に治療を受けたことなどは思い出すことができた。



(まずはこの家の人に話を聞かないと。)



 ブレイは先程のこともあり慎重に立ち上がりつつ、うっすらと明かりが漏れている戸に向かってゆっくりと歩きだした。



 戸に近づくと、向こう側の部屋からはカチャカチャと何かの器具の音が聞こえたので、戸の向こう側に誰かがいることは分かったのでブレイは静かに戸を横にずらしその部屋に入った。

 

 

 部屋に入ると、壁際に棚が複数並べられており、その中には不思議な色の液体が瓶に詰められていたり、見たことがない草などが多数保管されていた。さらに、中央には大きな机があり、その上には複数の瓶や草、液体やブレイが見たことのない器具が並べられていた。



 そして、その机の向かい側にはブレイを治療してくれたお爺さんがいた。お爺さんはブレイが戸を開けたことにすぐ気が付いた。



「ようやく起きたか。今は手が離せんからちょっと待っておれ。」



 お爺さんはブレイに目もくれることなくそのまま声をかけると作業を続けた。ブレイはどうすればいいかわからずその場で突っ立ったまま待っていたのだが、



「儂がそっちの部屋に行くからお主はそっちの部屋で寝ておれ。そこに立ったままじゃ気が散ってしょうがないわい。」

「…はい。わかり…、ゴホッ、…ました。」



 ブレイはお爺さんの呼びかけに返事をしようとしたのだが、思うように声も出ず掠れた声で咳き込みながら返事をすることになってしまった。



「お主は儂らが発見をしてから3日も寝ておったからな。急にしゃべろうとすればそうなっても仕方ないわい。ちょうど喉のための薬もあるからそれも使うとするかのう。」



 お爺さんはそういうと机で行っていた作業を終えたようで、棚の方に移動をするといくつかの瓶を取り中身を確かめて、その中から1つを持ってくると、ブレイの方に歩み寄り優しくその背中を押してブレイが寝ていた部屋へと移動を促した。




 ブレイは先ほどまで寝かされていた布団のところへ移動をするとそのまま寝かされ、その隣におじいさんが座った。



「まずは自己紹介からじゃな。儂はこの村で薬師を営んでおるキハダじゃ。そして、あの時お主を見つけたのはこの村の村長の息子のシブキ、一緒におった男がこの村、ライラックで村長を務めているアジュガ、最後にお主に回復魔法をかけたのがその妻のレプタじゃ。陽が昇ってから治療のお礼を言いに行くといい。」

「…は……い。」



 ブレイは掠れた声で短く返事をした。そして、お爺さん―キハダから無理にしゃべらないようにと言われていたがこのまま自己紹介をすることもなく、お礼を言えないままでいるのは申し訳なかったので、



「…ブレ…イ、治療、…あ…りが……とうご…ざい…まし……た。ゴホッ…。」

「ふむふむ、ブレイじゃな。確かに礼は受け取った。今日は遅い、もう休むんじゃ。明日起きてからゆっくりと話をするとしようか。寝る前にこの薬を飲んでくれ。」



 キハダはそういうと、先程棚から取ってきた瓶を渡してきた。



「これは炎症に効くと言われている薬草で調合した痛み止めの薬じゃ。以前飲ませたのよりは苦くはないが、癖のある味じゃ。効き目は保証するから飲んでおくんじゃ。起きたら少しは話しやすくなるじゃろう。」



 そういうと、瓶の蓋を開けてブレイに渡してきた。ブレイはその瓶を恐る恐る受け取ると、治療を受けた際に飲まされた薬の味を思い返し飲むのを躊躇っていた。しかし、キハダがせっかく薬を用意してくれたので効果があるのは確かなはずなので、ふうっ、と小さく息を吐き、覚悟を決めて一気にその液体を飲んだ。



 薬は確かに前に飲んだ薬よりは苦みがないが、薬草のえぐみや渋さが残っており、吐き出しそうになってしまった。またその薬は前に飲んだ薬よりも粘性のある液体で、吐き出しそうになっても逆流をすることもなく喉に残り続けてしまう液体だった。無理矢理飲まされることなく飲み干したが、喉に残り続けるドロッとした不快な感触は残った。


「飲み終わったようじゃな。じゃあ、話はまた、明日じゃな。今はゆっくりと休んでおれ。あのときの薬もそうじゃが、痛みを抑える効果もあるが同時に眠気も誘ってしまうんじゃ。起きているのも難しいじゃろう。」


 キハダはそう言うと、空になった瓶を受け取り、ブレイの顔を見てから部屋を出て行った。ブレイは寝るように言われてすぐに寝られるわけがないと思ったが、薬の効き目はバッチリあったようでキハダが部屋を出てから間もなく静かに眠りについた。




 翌朝、ブレイは目を覚ますと声が出るのか確認をした。


「あ〜、あ〜、あ〜。すごい、本当に声が出てる…!」


 ブレイは驚いてそう声を上げた。寝る前までは確かに声が掠れてしまったりしゃべると咳き込んだりしてしまったのに、目が覚めたらそのようなこともなく自然な状態で声を出すことができたのだ。あまりの薬の効き目にブレイは驚きを隠しきれなかった。



「ほっほっほ。儂が調合した薬じゃからな。手順や量にミスがなければ効き目はあるに決まっておるわい。」


 キハダが戸を開けてブレイに声をかけてきた。キハダはブレイが起きるよりも前から起きていたらしく、隣の部屋で朝の作業をしていたところにブレイの声が聞こえてきたので様子を見に来たようだった。


「おはようございます、キハダさん。」

「うむ。おはよう。え〜っと、ブレイじゃったか?」

「はい、そうです。」

「そうかそうか。それで体の調子はどうじゃ? 起きたばかりでまだ本調子ではないと思うが、多少はましになっておるはずじゃ。」


 キハダはブレイを観察しながらそう言ってきた。ブレイはキハダにそう指摘されて、自分の体を軽く動かしてみた。肩を回し、膝を曲げたりといろいろ体を動かしてみると、どこか体に不思議な違和感があった。しかし、体が痛くて動かないとか動かした瞬間に痛みが走るということはなく、強いて上げるならば膝を曲げたときにピキピキと関節が鳴った程度だった。


「え〜っと、なんか不思議な感じはありますが大丈夫です。痛みも引いています。」

「おおっ! そうか。お主の怪我の回復は人よりも早いのかもしれんのう。にしても…。」



 キハダはブレイの回復の速さに一人で納得したような様子を見せると何かを言いかけて急に黙り込んだ。


「え〜と、どうかしたんですか? 僕の体にどこかダメなところでもありましたか?」


キハダは顎に手を当てうなっていると、



「うむ…。言いにくいことじゃが、お主の体を診ているうちにわかったことじゃが、お主はあれほどの重症じゃったが、死の臭いを感じんかった。これは儂の経験上の感覚でうまく説明はできんが、少なくともあの状態でもお主は死ぬ可能性を全く感じなかったということじゃ。」



 キハダは言葉を選びながら説明をしたのだが、うまく説明できないことにもどかしそうにしていた。ブレイにも何となく言いたいことはわかった。

 



「つまり、僕はあの状態でもしも発見されずに放置されていても死ななかったということでしょうか?」



 ブレイもキハダの言っていることを確認するために極端な例えを出した。



「うむ…、極論そういうことじゃのう…。普通そういうことはないと思うんじゃがのう。しかし、それのおかげで少しだけわかったこともある。」

「わかったことですか?」

「そうじゃ。いくつかの候補が挙げられるが儂の専門外じゃから正しいとは限らんがな。」



キハダはそこで一度区切ると、軽く深呼吸をしてから続きを話した。



「候補の1つ目は魔導士による魔導の保護を受けておるという可能性じゃ。魔導士の存在を儂は詳しくは知らんから可能性がありそうという程度じゃがのう。

 候補の2つ目は何らかの神の加護を受けてお可能性じゃ。神の加護に関する文献は読んだことがあるからのう。その神による使命を果たすまでは死ぬこともできんということらしいのじゃ。

そして、3つ目は呪いじゃ。これは術者により何かをかけられたということぐらいじゃな。死ねんようにして何かを得ておったり、ただ苦しめるために不死にしたりのう。若しくは自身に呪いをかけて、お主自身が不死を望んで得た、とかのう。」



 指を1本ずつ立てながらキハダは考えられる可能性を上げていった。そして、3つ目の可能性を示唆した時にキハダの目が怪しく光ったような気がした。キハダはおそらく低い可能性ではあるが、ブレイが望んで不死の力を得たのではないかと疑っているのだ。



「すみません…。僕はあそこで目覚める以前の記憶がないので…。」



「なんと…! …そうか、いや、それならわからんか。ならいい。儂としてはここまで話したところお主が望んで不死の力を得ようとする外道ではないと思っておる。じゃが、もしもお主が記憶を取り戻してそのような外道であったとしてもこの村では暴れないでくれ。この村が儂は好きじゃからのう。」

 

 キハダはブレイが記憶がないと言ったことを嘘だとは思わず信じてくれたようだ。そして、キハダは何かを訴えかけるようにブレイの目をじっと見てきた。



「…わかりました。僕自身も不死を望んで得ていないことを願いますし、僕を治療してくれた人たちを裏切るようなことはしたくないです。」


 ブレイは記憶がないので確かなことは言えず悔しかったが、今の自分自身が思っていることを素直に告げた。


 しばらく2人は目を合わせて見つめ合っていると、



「…そうか。ありがとう。さて、話はこれで終わりじゃ。朝食にするとしよう。」



 キハダはそういうと、ブレイが寝ていた部屋から出て戻っていった。ブレイはキハダが朝食にすると言ったので寝ていた布団を片付け、キハダの手伝いをしようとキハダが向かった部屋へと移動をした。






 朝食を食べている間にブレイはキハダからライラックの村についての情報を得ていた。村の位置、人口、どういう生活をしているか等の基本的な事柄を聞き、キハダのしている仕事についても話を聞いた。



 この村には医者はおらず、旅をしている際に偶々辿り着いたキハダが住み着いてそのまま薬師としていろいろと仕事をしているということだった。薬草類に関して行商人や冒険者に依頼をして集めて、それらを使って薬を調合しているとのことだった。



「さて、そろそろアジュガたちのところへ挨拶をしに行くとするかのう。お主一人で行かせもよいかと思ったが、記憶がないんじゃそのあたりについても話し合いをせんといかんじゃろう。」

「すみません…。」

「子供が余計な気を回すんじゃない。用意は…、特にないじゃろう。行くぞ。」



 食器を片付け終えてから2人でしばらく話をして、話が一段落するとキハダに促されて村長宅へと向かうことになった。



 村長の家は村の一番北側で村の中では最奥にあり、ブレイが倒れていた精霊の泉のある林とは反対側に位置していた。ブレイはキハダから聞いていた村の様子を見ながら村長宅へと向かった。



 キハダの家はどうやら村の中央からは北寄りということで、そこまで村長の家とは離れていないという印象だった。周囲には畑よりも家畜を放牧しているところの方が多かった。村の中でも北側が畜産、南側で農業をしているようだった。

 

 

 ブレイが周囲を見ながら歩いていると、村長宅へと着いた。村長の家は他の家よりも大きく立派だったが、村で使われている家の素材で作られているので華美というわけではなく村の調和を崩さないデザインだった。



「ここじゃ。この時間ならアジュガも家におるはずじゃ。」



 キハダがそう言って村長の家の戸を叩こうとすると、ブレイの耳には玄関の裏手の方からあの時の少年の声が聞こえてきた。



「えいっ! はぁっ! う〜ん、違う…。」



 ブレイがぼうっとしているのに気が付いたキハダは、



「どうかしたのか?」

「裏の方から声が聞こえてきたので気になって。」

「そうか。おそらくまたシブキが剣を振り回しておるんじゃろう。あやつは冒険の旅に出たいとずっと言っておるからのう。そんなことよりもアジュガに挨拶をするぞ。」


 キハダはそう言って玄関の戸をたたいた。すると、少しして中から女性の声が聞こえてきた。


「は〜い、どなたかしら?」

「儂じゃ。例の少年が目を覚ましたから話をしようと思ってな。」

「あら、ようやく目を覚ましたのね! アネモネ、悪いけどお父さんを呼んできてもらえる?」

「…うん。」

「じゃあキハダさん、入ってちょうだい。主人は奥で仕事をしているけれど、すぐに来ると思うわ。」


 そう言ってブレイとキハダを家に通してくれた。



「邪魔するぞ。」

「お邪魔します。」



 キハダは勝手知ったるように入っていったが、ブレイはどうすればいいかわからず戸惑っていると、



「あら、そんなところで立ち止まっていないで中に入ってちょうだい。あなたとも話をしたいのだから。私は、レプタ。この村では回復魔法・治癒魔法を唯一使えるから時々薬出直らないような怪我をした人を診ているけれど、基本的には主人お手伝いをしているわ。よろしくね。」



 レプタはブレイに向かって自己紹介をしてきたので、



「ブレイと言います。今回は治療をしていただきありがとうございました。よろしくお願いします」



 慌てて自己紹介をした。ブレイも何か他にも話さないといけないと思ったのだが、記憶がなかったため話せることもなく簡潔に伝えるだけになってしまった。



「こんなに小さいのとっても丁寧な言葉遣いね。シブキとは大違いだわ。それじゃあこっちよ。」



 レプタはそれ以上何も言わずにブレイを家の中へと案内した。



 レプタに連れられたブレイは村長の家の応接室兼仕事部屋へと案内された。



コンコンッ



「入るわよ〜。」



 レプタは中にいる人の返事を待たずに中へと入っていった。



「おいおい、ノックをするならせめて私の返事を待ってくれないか?」

「あら、中にいるのはあなたとキハダさんだけなのだからいいじゃない?」

「まぁそうだが…。はぁ、それでそちらの少年が例の少年でいいのだな?」

「ええ、そうよ。ブレイ君っていうわ。こんな見た目だけどとっても丁寧な言葉づかいでシブキよりも賢そうで大人びているわ。」



 レプタは簡潔に自分の感じた印象と合わせてブレイを紹介した。



「はじめまして、ブレイです。よろしくお願いします。」

「う、うむ(確かにシブキよりもはるかに優秀そうな…。どうしてあいつはあんな風に…。…は、いかんいかん、挨拶をせねば。) …私はアジュガだ。このライラックの村で村長を務めている。さて、聞きたいことはたくさんあったのだが…。」



 アジュガはそこで言葉を区切ると、ここまで部屋で黙ってお茶を飲んでいたキハダが口を開いた。



「儂がブレイ、お前の状態を話しておいた。記憶喪失ということでどうしてあの場にいたか、ということも含めて何も覚えていないということをな。」



 キハダがそう言うとレプタは驚いたようで、



「えっ!? ブレイ君の記憶はないの?」

「はい…。あの時治療をしてもらったときのことは覚えているのですが、どうしてあそこで倒れていたのか、どうしてあんな状態になっていたのか、そう言うことも含めて何も…。」

「そうなのね…。きっと大変なことがあったので忘れちゃったのね。」



 レプタはそう言ってブレイのことを抱きしめた。ブレイは突然のことでどうすればいいのかわからず、レプタの抱擁に身を委ねてじっとしていた。


ここまでお読みいただきありがとうございました。


また次話もお読みいただけると嬉しいです。


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