4.受け渡しと初めての宿の夕食
「こちらでお待ちください。」
男性は子どもだからと侮るような適当な態度はとらずに丁寧に対応をし、そのまま応接室へと案内をすると、ソファに座って待つように言ってから一礼して部屋を出て行った
ブレイとシブキは小さいころから村から出たこともなければ、そのような立派な部屋に入ったこともなかったので少しばかり緊張をしていた。彼らが通された部屋の家具は、落ち着いた色合いで統一されており、ブレイとシブキに家具の高級さがわかるような知識があるわけではないが、どれも村で見ているような家具とよりは高いものだと理解できてしまったからだ。
「いや〜、待たせてしまったね。それにしても今回のライラックからはずいぶんと小さなお客さんがやって来たようだね。」
緊張して2人が黙り込んだまま待っていると、先程の男性とは違う男性の声が聞こえ、愉快そうに笑いながら中年の人が入ってきた。笑っていると言ってもブレイとシブキが冷やかしに来たというようには思っておらず、寧ろようやく来てくれたが、こんな子供たちがやってくるとは思ってなかったというような、興味深そうにしている雰囲気だった。
「はじめまして、ライラックの村長の息子であるシブキです。」
「その友人のブレイです。本日は急な訪問にもかかわらず対応していただきありがとうございます。」
「そんな硬くならなくてもいいぞ? 子供は元気が一番だからな。私はこのコクリコで町長を務めるアマポーラだ。よろしく。」
「私は町長補佐を務めているアマルディと申します。」
4人はそのように自己紹介を終えると、
「それでは、“精霊の花冠”を…」
「硬い、硬い、もう少し柔らかくていい。あまり硬い言葉遣いばかりでは肩をこっちまう。」
町長、アマポーラはシブキが丁寧な言葉遣いを続けようとすると途中で言葉を遮りそのように言ってきた。そして、そのような対応にアマルディはやれやれといった様子で首を振っていた。
「アマポーラ様、このような場でもこの子たちの対応が正しく、そのように申されても戸惑ってしまいます。」
「しかし、毎年各村で来る奴は同じだったし、そんなに畏まっていては肩も凝ってしまうだろう? だから、毎年来る奴らにも丁寧な言葉遣いなどせずに気楽に話すように言ってきたわけだしな。」
アマポーラとアマルディはそのようなやり取りを始めてしまったのでブレイはどうすべきかと思ったが、シブキは、
「それじゃあ、いつも通り話させてもらうぜ! 親父からは丁寧に話すように言われていたけど許可もらったならいいよな?」
そう言ってブレイを見てきた。
「はぁ…、アマポーラさんがそう言っているからいいんじゃない? 僕はあまり普段とは変わらないと思うけど、シブキはあまり失礼なことは言わないようにね?」
「大丈夫、大丈夫! それで、これが今年の“精霊の花冠”だ。」
シブキはそういうと、ブレイに収納袋から“精霊の花冠”を出すように促してきた。
「ふむ、今年も立派な花冠だな。ライラックの職人たちにも今年の出来もよかったと伝えてくれ。」
「ありがとうございます。」
ブレイがそうお礼を述べると、アマルディは軽く会釈をして、花冠を回収してどこかへと運んでいった。そして、お金の入った袋を持って部屋へと戻ってきた。
「これが今回の花冠の代金だ。それと、今届いている“精霊の服”、“精霊の花束”は持って行くか? まだ“精霊の靴”と“精霊の指輪”は届いておらんが。」
「今あるなら受け取ります。代金はこれで大丈夫ですか?」
ブレイは今あるものを受け取るといい、そのまま村長から受け取っていた代金を渡すと、
「この中には靴と指輪の代金も含まれておるようだが、まぁいいだろう。アマルディ、服と花束を。」
「少々お待ちください。」
「残りの靴と指輪は届き次第連絡しよう。宿はどこに取っているんだ?」
アマルディは服と花束を取りに部屋を出ていくと、アマポーラはそのように尋ねてきた。
「俺たちは“蜜蜂の巣”に泊まっているぜ。」
「ふむ、あそこか。それじゃあ残りの祭祀道具が届き次第使いの者を送るが、ここ連日各村から届けに来ておるし、そう日数も経たないうちに道具は揃うはずだ。」
「わかりました。」
ブレイがそのように返事をして、用意されたお茶とお菓子をいただいているとアマルディが服と花束を大事そうに抱えて部屋に戻ってきた。
「お待たせしました。こちらが、“精霊の服”と“精霊の花束”になります。」
アマルディは丁寧に作られて白き輝いているようにも見える“精霊の服”と、ちょうど咲き誇っているところでその姿を保存された黄色と赤で彩られた“精霊の花束”をブレイとシブキに手渡してきた。
ブレイとシブキはそれらを受け取ると、収納袋にそれらを仕舞いこんだ。
「ありがとうございます。」
「ありがとう! それじゃあ、靴と指輪が届いたらまた来るぜ!」
「うむ、お前たちがまた来るのを待っておるぞ。それじゃあわしはまた仕事に戻ろうか。アマルディ、彼らの見送りを頼んだぞ。」
「畏まりました。」
アマポーラはブレイとシブキに一礼すると、そのまま部屋を出て行った。やはり急な来訪でも対応をしてくれたが、祭りのことだけではなく他の仕事もあって忙しいのだろう。その後ろ姿は未だに残っている仕事に対して憂鬱そうにも見えた。
「それでは、こちらに。」
アマルディも見送るためにブレイとシブキを玄関まで案内した。
「本日はありがとうございました。」
「いえいえ、精霊祭は私たちも楽しみにしておりますし、町の皆もそうでしょう。ですので、祭祀道具を届けていただくのは大事な案件なのですよ。アマポーラ様も祭祀道具がすべて無事に届くことを願っていることでしょう。」
ブレイとシブキはアマルディにお礼を告げてから少し話すと、そのまま町長の家を後にした。門を出る際は先ほど対応をしてくれた門番がいたのでブレイは会釈を、シブキは手を振って別れを告げた。
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「これで俺たちが届けるっている仕事は終わったし、あとは他の村から届くのを待つだけだな。これが仕事終わりの達成感なんだな!」
「お疲れ様…、でいいのかな? 道中以外大変なこともなかったし、まだ全部終わったわけじゃないけどね。」
「細かいことはいいんだよ。気分だよ、気分。」
シブキは一仕事終えたという雰囲気を醸し出しているが、ブレイは大したことをしたわけでもなく、さらに祭祀道具の受け取りも済んでいないので何も思うことはなかったようだった。
「それじゃあ今日のやることはもうなくなったし、町の中を見て回ろうぜ!」
シブキは町の中の探索を提案してきた。コクリコは大きな町ではないので屋台や武器屋、そのほかの主要な施設を見て回っても数日で終わるだろうという感じだ。そして、時間は宿を出たころは午後になってから数時間で太陽もまだ高いところにあったが、町長のところでなんだかんだと話し込んだり、祭祀道具の受け渡しもあったので日も沈みかけている。
「今日は日も沈み始めているし、また明日ゆっくり見て行かない? まだ数日はこの町にいることになるだろうし、明るいときに見に行こうよ。」
「え〜、ちょっとくらい見て行こうぜ!」
「それならシブキ1人で行ってきなよ。僕は宿屋に帰ってるからさ。」
シブキはまだ時間が少しあるなら町を見て回りたいと駄々をこね、ブレイは日も沈みかけ宿屋に帰ってゆっくりしていれば、あまり待たずに夕飯が食べられる時間になるだろうと考えているので宿屋に帰ろうと思っていた。
2人がそうして互いの意見を譲らないまま歩いていると、ちょうど町の中央にまで来てしまった。
「それで、どうするの、シブキ?」
「どうするって言われてもな…。う〜ん…。」
シブキは探検をしたいという気持ちを抑えきれなさそうにしているが、町の中央にまで来ると外に出ていた人や冒険者のような人たちも帰ってきて一層人混みが激しくなっているのを見かけた。
「これだけの人がいたらさすがに厳しいかもな…。はぐれたら大変だよな?」
「当たり前でしょ。それにこんなところで立ち止まるのも邪魔になっているよ。」
ブレイはそういうと、シブキの手を掴んで道の端に寄ってから再度質問をした。
「これだけの人がいるのに人ごみに慣れていない僕たちが歩き回って大丈夫そう? 明日明るくなってからもう少し人が少ないときにゆっくり見て回るのがいいと思わない?」
「う〜ん…、そうだな。それなら明日ゆっくり見て回ろうぜ。」
シブキもさすがに多くの人がいる中をいつもの調子で見て回るのは困難だと思い直し、未練がましそうにしながらも宿に帰ることを受け入れてくれた。
道中では屋台での販売を終えて帰ろうとしている人や、逆に夜に屋台を出すということで準備をしている人、どこかで魔物を狩った帰りだという様子の人や、買い物を終えた親子が家に帰っている姿が見られた。
村にはそこまで多くの人もいなければ、農作業や畜産、村の外に木を切りに行く人はいてもたいていの人は一定の範囲でしか活動はしていないない。そのためそこまで道に人があふれるような光景を見てこなかったブレイとシブキはその人の多さに圧倒されしまった。そんな帰り道だったが、今回は迷わずに宿まで戻ってくることができた。
「あら、お帰りなさ〜い。思ったよりは遅かったわね。夕飯はどうするのかしら? もう用意をしていいのかしら?」
「お母さん、そんなにいっぱい質問しちゃ2人も答えられないよ。」
「あら、いけない。私としたことがつい癖で。」
どうやらマレーのおしゃべりな気質は母親譲りだったようで、帰ってくるなり矢継ぎ早に質問をされて驚いてしまったが、
「ただいま戻りました。荷物を置いたら夕飯をいただけますか?」
「屋台からいい匂いがしてたからおなかペコペコだぜ。」
ブレイとシブキも町長のところでお菓子とお茶は頂いたが、ガツガツと食べたわけではないので育ち盛りの2人はお腹が空いてしまっていた。
「はいはい、わかったわ。」
「それじゃあ2人は荷物置いてきちゃって。他の人はいないからみんなで食べちゃいましょう。」
マレーの母親は返事をするとそのまま奥の厨房に行ってしまい、マレーは無礼とシブキに荷物を置いてくるように促すとテーブルの用意を始めた。
ブレイとシブキは顔を見合わせてから苦笑して部屋に戻り鍵を開けてから中に入った。中の様子は出たときと変わっておらず盗られるということもなかったようだ。そもそも他の人もいなければ子供相手に盗って金にしようとできる物もなかったのだが。
ブレイとシブキは荷物の確認をしてから互いに背負っていた荷物を降ろしてから再度鍵をかけて食堂に移動をした。
「今夕飯の用意をしているところだから適当なところに座ってちょうだい。」
「わかりました。」
ブレイとシブキはそういうと食堂に入ってすぐの席のところで向かい合うように座って夕食が来るのを待った。少しすると、
「はい、これがうちの看板メニューだよ!」
マレーはトレイに大きな肉厚のステーキとパン、スープを載せて運んできた。運ばれてきたステーキは鉄板に乗せられたままジュウジュウという食欲を刺激するかのような音を奏でていた。その音を聞くだけで熱々だということも伝わってきて、さらに空腹感が増してくるようだった。
パンとスープも先ほどできたばかりの熱々なものだった。スープはとろみのついたコーンスープで、パンも焼き立てで外はパリパリとしているように見えるものだった。
「美味しそう!」
シブキはテーブルにそれらが運ばれると思わずそう叫んでいた。
「そう言ってくれると私もうれしいわ。見ての通り熱いから火傷しないようにね? 一応舌を火傷する人もいるし、間違って鉄板に触る人もいるから火傷薬もあるけどね。」
笑いながらマレーはそう言って、厨房の方へ戻っていった。
「それじゃあ早速!」
シブキは熱々なステーキにかぶりついた。シブキは勢いよく齧り付いたため、熱そうにして舌を火傷したように見えたが、
「熱い! けど、めっちゃ旨い!ブレイも早く食べてみろよ!」
「そんなに慌てなくても肉は誰も取らないからゆっくり食べなよ。」
ブレイはシブキのように齧り付くことはなく、一口サイズに斬ってから口に入れた。
ステーキは口の中でもしっかりとした噛み応えがあり、肉汁が溢れてきて肉のうまみが口に広がってきた。また、ステーキにかかっているタレの独特な風味が一層と肉を引き立てており、食べる勢いを加速させていた。そのようなステーキだったので、普段よりも多く食べられるような、いつまでも食べられそうな、そんな錯覚に陥ってしまいそうだった。
「いい食べっぷりだね2人とも! 私も一緒にここで夕食を食べてもいいかな?」
マレーは自分の分の夕食を持ってきてそう尋ねてきた。マレーの夕食も彼らが食べているものと同じものだった。
「どうぞ。このお肉美味しいですね。」
「ありがとう。お父さんの料理は私の自慢なんだ。お母さんも私も頑張って練習しているけど全然お父さんみたいにうまくいかなくてね。」
そう言ってマレーは自分の肉を指さしながら、
「これは私がお父さんの真似をして作ってみているんだけど、余計な焦げ目がついたり、肉が硬くなりすぎちゃって。まだまだ練習しないとお客さんには出せないって言われてるの。」
そう言って肩を竦めていた。ブレイとシブキから見ると、自分たちが食べているものと比べてもそこまで大きな差はないと思うのだが、その細かい差というものはマレーのお父さんの許せないポイントなのかもしれないと思った。料理人として妥協はしたくないのかもしれないというお父さんのこだわりが感じられた。
「マレーもその年でそれだけできるんですもの、いつかはあの人のように作れるようになると思うわ。」
マレーの母親は、カップにお茶のようなものを入れてゆっくりとした足取りで食堂にやってきてブレイたちの席の近くに腰かけた。
「夕飯いただいています。美味しいですね。」
「あら、ありがとうね。そういえば自己紹介がまだだったわね。今更ながらだけど、主人のグリーズと一緒にこの"蜜蜂の巣”を経営しているマケマよ。」
「よろしくな、マケマさん!」
ブレイとシブキは改めて自己紹介をして、コクリコに来た理由などを問われたのでそれらに答えることになった。
コクリコに来たのは精霊祭の祭祀道具を届けて持ち帰るということ、2人で来たのは村で手が空いていたのがちょうど2人で、武器の練習も村でしていてこの近辺であれば問題ないだろういう表向きの理由を伝えた。
ブレイは、本当の理由であるシブキの冒険を認めるか否かという判断も含めているということを話してもいいのかもしれないと思ったが、、それはシブキのいないところで話さないといけないので、ブレイは多少の疑念は持たれてしまったが、表向きの理由で話を押し通すことにしていた。
(う〜ん、マケマさんは疑わしそうにしているし、これからまだ数日はお世話になるわけだし後で本当のことを話した方がいいかもしれないかも。)
ブレイはそんなことを思いながらもマケマ、マレー、シブキと話しながら温かく、普段よりも豪勢な夕飯を食べた。
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