2.反省と初めての町
ブレイの振り抜いた剣の先にいたのは先ほど吹き飛ばして倒したと思っていたゴブリンソードマンだった。
ソードマンはシブキによって吹き飛ばされはしたものの致命傷には至らずまだ動くことができたようだった。そして、吹き飛ばされた際に粗末な銅の剣は折れてしまったが、その折れた剣の先を持ってシブキの背後に忍び寄っていたのだ。
おそらくソードマンもただ殺されるというわけではないということだったのだろう。そのまま逃げることもできたが、先に殺されてしまった仲間の敵を討ちたくてこのような行動に移ったのだろう。
そして、偶々それに気づいたブレイは、倒したと思い込んで両手を上げて喜んでいるシブキに駆け寄りながらその背後にいるソードマンを切り裂いてとどめを刺したのだ。
ブレイはそんな浮かれて注意力が散漫になってしまったシブキに対して、
「吹き飛ばしただけで倒しきれたか確認もしないで喜ぶのはいつものシブキらしくないんじゃない? 僕がいなければそのまま刺殺されていたんじゃないかな。」
「うっ…、それは…、すまん…。」
シブキは自分が気を抜いたばかりに死の危険が近づいていたことに今更ながらに気が付いたようだ。そして、そのことから先程のゴブリンを盗伐できた喜びから一転、冷静になればなるほど死への恐怖が沸き起こっていた。そして、シブキは何度か大きく息を吸って吐き自分を落ち着けていた。
(これでシブキが落ち着いて行動をするようになればいいな。このまま浮かれて成功した経験しかないお使いよりいい経験ができたんじゃないかな?)
ブレイはシブキのそんな様子を見ながら倒したゴブリンたちの後処理をすることにした。
倒した魔物は放置しておいたままにすると腐ったり、アンデッド化したりして有害しかない。しかし魔物の中には食べることができる魔物もいて、そういった魔物は解体したりもするのだが、ゴブリンの肉は食うところも少なく筋張っていたり硬かったりして、さらに生臭さもあって食えたものではない。そのため、ゴブリンのように食べることができない魔物は焼却したり、穴を掘って埋めたりするのだ。
しかし、何もせずに穴を掘って埋めるのではそのまま地中でアンデッド化することもあるので死体を聖水等で清めてから埋めなくてはならない。そのため今回とる手段は焼却する方だ。
「シブキ、そろそろ落ち着いた? 落ち着いたなら死体の処理を手伝ってほしいんだけど。」
ブレイは死体を集め終わると立ち尽くしたままでいるシブキに声をかけた。
「お、おう。も、もう大丈夫だ。」
シブキは大丈夫ではないが強がってそう答えた。ブレイはそれに気が付いたがそのことは指摘せずに火を起こす用意をするように言った。
そして指示を出したブレイはその辺から適当な乾燥した枝や草を探して集めた。
シブキも火を起こすように言われたので火打石をリュックから取り出し、カチッ、カチッと打ち付けて火種の準備を始めた。
「これくらいで足りるかな?」
「充分じゃないか? じゃあ、そこに頼む。」
ブレイは適当に集めたものを持ってシブキのところに戻ると、ブレイも火を起こす感覚は掴めたようで集めてもらった草や枝に火を起こした。
そして、先程集めた死体をその火の中に投げ込んだ。投げ込んだ瞬間に肉の焼ける不快なにおいがしたが、処理を中途半端にして放置するわけにはいかないのでちゃんと焼却が終わるまで待った。
「…さっきは悪かった。今度はもう油断しないから安心してくれ。」
シブキはふとそう言った。
「ああ。そうしてくれると助かるよ。外に出たらそこからはもう自己責任でいつ命を落としてもおかしくないんだ。今回のことを反省して次に活かしてくれ。」
「おう。次は、こんな不甲斐ないことはしない。」
シブキはブレイにそう言って、恥ずかしくなったのか剣の手入れを始めた。
「さて、余計な時間を食ったけど、そろそろ町に向かうの再開しようか。午後になってから着く予定だったけど、このままだと夕方になるかもね。」
ブレイは死体が焼け終わり、離れたところで持ってきた軽食をシブキと食べてからそう話しかけた。
「そうだな。そろそろ行くか。」
シブキもブレイの提案に否定するところはないので、起こした火に砂をかけたりしながら消して、その場を後にした。
それから街道を2人で警戒をしつつ歩いて行った。その後の道中はツノウサギやスライムと言った好戦的ではなくむしろ臆病で人が近づくと逃げてしまうようなの魔物と遭遇した程度だった。
冒険者でもなければ、食料などの素材を求めているわけでもなく、ただお使いのために町に向かっているので、ブレイとシブキはそれらを追うようなことはせずに見逃した。
「さっきのことを帳消しにできるかと思ったんだけどな。」
「無理に魔物は倒す必要はないからね。それにこの辺りでゴブリンがいること自体が珍しいんじゃないかな?」
「確かにな。ゴブリンなんかがいたら街道を警備している人たちの手で処理されてるはずだしな。」
「これも異変が絡んでいるのかな…。」
ブレイとシブキはこの辺りでも魔物がみられることに対して意見を言いながら歩いていると、
「ようやく町の壁が見えてきたな。」
日が沈み始めてはいるものの、太陽はまだ空高くに上っている時間に町の近くまでやってくることができた。
「そうだね。町も近くなっているからさっきみたいにゴブリンがいるってことはなさそうかな。町に着いたらとりあえず、今日の夜から泊まる宿屋を探そうか。村長から預かっているお金には宿代も含まれているしね。」
ここで、この世界の通貨は、1アイアン(I)を最小単位として、
100(I)=1ブロンズ(B)
100(B)=1シルバー(S)
100(S)=1ゴールド(G)
100(G)=1プラチナ(P)
と言うことになっている。
基本的に使われることが多いのはブロンズだ。日常的に売買されているパンで例えると、1個当たり1(B)で購入することができる。宿屋は、1宿1飯で1(S)〜2(S)以内だ。ここからグレードを上げる毎に値が上がる。
今回ブレイが村長から預かっているのは14(S)で、宿代と祭りの衣装や道具で10(S)ほどを必要経費とし、残りの4(S)はこの町で欲しいものを好きに買っていいということになっている。
「よし、そうと決まれば早く行こうぜ。早く宿が決まれば町の中を探検することができるだろ? 武器屋とか見たいと思ってたんだ!」
シブキは町に着いてからのことが楽しみのようだった。
「僕は町長に明日尋ねることを伝えてから宿屋でゆっくりしようかな。明日は村からの“精霊の花冠”を町長のところに届けて代金も受け取らないといけないし、一応失礼にならないように約束ぐらい取り付けておかないと。」
ブレイは町の偉い人に会うのなら約束をしておいた方がいいと言われていたのでそれを済ませようと考えていた。シブキにも一緒に来てもらった方がいいかもしれないが、そういった礼儀作法に関してはシブキが積極的に教わろうとしないのでブレイが一緒に受けることで逃げ出さないようにしていた。
「…俺も行った方がいいか?」
シブキも村長の息子という立場からブレイに任せっきりはいけないかもしれないと不安になったのだろう、消極的ではあるものの自分もやることはやらないといけないと思ったようだ。
「今日は約束を取り付けるだけだし大丈夫だと思うよ。町長に時間があるなら今日渡しちゃうかもしれないけどね。」
ブレイがそう言うと、
「それなら俺もいた方がいいじゃなんかよ。『街中で村長の息子が遊んで、一緒に来た同い年ぐらいの少年がお使いをしていた』なんて言われたら村の奴らが俺のせいで評判悪くなるだろ。」
シブキはさすがに自分が次の村長になるのではなく冒険をしたいという夢を持っているにしても、それを理由に何もしないであんな奴が次の村長になったらというような評価を受けて村に迷惑をかけるのは不本意ということで、武器屋に行くのは翌日にしてブレイと一緒に町長宅へ行くことにした。
コクリコの町の入り口に近づくと門番が見えた。時間が中途半端ということもあって並んでいる人もおらずブレイとシブキはすぐに入れそうだった。
「ここはコクリコだ。君たちはどうしてこの町に? 見たところまだ冒険者という年齢ではないし、親御さんの姿も見えないが。」
門番はシブキとブレイを見てそう尋ねてきた。やはりこの年齢で街道を歩いてやってくる子供がいるのはおかしいと思われていた。
「こんにちは。俺たちはライラックの村から来ました。俺たちだけでも村から町まで行けると父から…、村長から認められて精霊祭の祭祀道具を運ぶために来ました。」
シブキがブレイより一歩前に出てそう答えた。町の入り口ではどちらが対応をするか話し合ったところ、シブキが担当をすることとなった。村長の息子であることは伝えなくてもいいかもしれないが、子供だけとはいえ、しっかりとしていることだけは見せておいた方がいいだろうということでわざと言い間違えてもらったのだ。
「そ、そうか。子供だけでよく来たな。他の村の祭祀道具もそろそろ届くだろうし、集まるまでゆっくりとしているといい。」
門番はそういうと、滞在許可証を作成してシブキとブレイに手渡すとブレイたちを町の中に通した。本来であれば身分証などが必要なところ、ブレイとシブキはまだ村の中でしか生活をしていないのでそういったものを持っていない。
そのため要件を伝え許可証をもらって町に滞在することになる。幸いなのはこれが成人をしている大人だと発行などに手数料などがかかるのだが、未成年の子供であれば免除されるのだ。また、手数料に関しては滞在期間内に各ギルドが発行する身分証の何れかを作為し、それを提示すれば身元をギルドが保証したことになるので返還されることになっている。
「ありがとうございます。」
ブレイとシブキは門番にお礼を言い、無くさないように滞在許可証をリュックにしまうと町の中に入っていった。
町の中はライラックと違って、町という規模だけあって声があふれ活気で満ちていた。門から入ると、そこの通りは多くの屋台が並んでいる屋台通りとなっておりいいにおいがしてくるところもあれば見たこともない商品が売られていた。
「すげー、町ってこんなに毎日が祭りみたいなんだな!」
シブキは聞こえてくるあちこちの声に耳を傾け、商品を見ながらそう言った。ブレイも村では見たことがない商品があちこちにありそれらに魅入ってしまっていた。
「そうだね。確かに村の祭りみたいな雰囲気があるね。…っと、シブキ、それよりもまずは宿屋に行かなきゃ。明日とかもこんな雰囲気だろうし、屋台は明日見よう?」
ブレイも多くの屋台が並んでいるコクリコの町の東西の門の通りが気になっているが、宿が取れなくては今晩の泊まる場所を考えなくてはならないので、屋台を見て歩きたい気持ちを抑えてシブキに提案した。
シブキもブレイの提案を分からなくはないので、
「…そ、そうだな。明日、明日はもっと見て回ろうぜ!」
見たこともない商品が多く並ぶ屋台に後ろ髪を引かれる思いだが、シブキも中央から見ないの通りに移動をして宿屋を探すことにした。
宿屋に関しては村でいつも売買をしている人たちから情報を仕入れており、南の方に安いところが集中しているらしい。そして、町長の家は北の方にあるということで宿からは離れているらしい。
「確か、…“蜜蜂の巣”っていう宿が一番良心的な宿だって聞いてるよ。」
「“蜜蜂の巣”だな。わかった、それっぽい看板とか探してみようぜ。」
ブレイは宿の名前を思い出しながらシブキに宿を提案し、シブキもそれを基に宿の場所を探し始めた。
宿は南に移動をしていてもすぐに見つからなかったが、町の人に場所を聞くと、どうやら入り組んでいるところにあるようで名前だけでは見つけるのは大変だと教えられた。
普段は昼のランチもやっているのでそっちの方で有名だということも教えてもらった。そして、町の人から宿の場所を聞くとブレイとシブキは2人で教わった場所に向かった。
「多分この辺りだと思うけど…。」
「全然見当たらなくねえか? 本当にこの辺りであっているのか?」
「そのはずだよ。町の人が間違えるはずないし、嘘を教える必要もないからね。」
シブキとブレイは教えられた辺りの通りを歩き回っていた。しかし、なかなか言われたとおりの店を見つけることができず困っていた。すると、
「どうかしたんですか?」
困っていた2人に両手いっぱいに食材を抱えた1人の女性が声をかけてきた。彼女はシブキとブレイがこの辺りで見かけない少年たちで、何かを探しているように見えて心配になったようだった。
「あ、えっと、この辺りに“蜜蜂の巣”っていう宿があると聞いてきたんですがなかなか見つからなくて…。」
話しかけられたときに近い側にいたブレイがそう応えると、
「あ、そうだったんですか。すみません、うちの宿はなかなか人も来ないしお父さんたちの趣味っていうことでそこまで大々的に宣伝もしていなくて…。それで、さすがに経営的に厳しいということでランチも始めたことですし…。」
女性はそう答えたので、ブレイとシブキは探していた宿の娘ということで驚いたが、
「そうだったんですか。でも、助かりました。お姉さんが宿屋の方ということなら案内していただいてもいいですか?」
申し訳なさそうにしていた女性にシブキがそう尋ねると、
「あ、もちろんです! すみません勝手にいろいろ関係のない話をしてしまって…。でも、ランチは人気が出たんですけど、夕食と朝食は宿泊の方だけですし、なかなか泊まる方もいなかったのでそれでも何とかやっていけるという状況で…。あ、すみません、案内しますね、こちらです。」
女性はおしゃべりな方で、一つの問いかけに対しても関係のないことまで多く話してしまうようだった。
そして、案内をしてくれるということでブレイとシブキも顔を見合わせてから彼女に付いていくことにした。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
また次話もお読みいただけると嬉しいです。
感想・評価・ブックマークをいただけると励みになります。