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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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晦日月・5

 静まり返ったホール内に、スフォルツアンドの和音が鳴る。と、優雅な旋律がそれに続いて流れ始めた。ウィンナ・ワルツだ。大きく、華やかに揺れながら主役の二人にダンスを促す。


「踊れるか?」

「もちろんです」


 差し出した和眞の手のひらに、柊の手が乗った。


 和眞のリードは幾分乱暴だったが、柊は軽やかにそれについてくる。リハーサルは愚か、共に踊るのは今日が初めてだなどと、誰が思うだろう。


 二人が踊りだすと、それまで静まり返っていたホールに再びざわめきが戻って来た。


 なにしろ、パーティーに集まった若者たちの一番の目的は、自分自身の番探しでもある。番、という言葉に嫌悪感を持つ向きもあるようだが、番といえばアルファとオメガのカップルのことだ。


 人口比で考えるのなら、ベータが多いのだが、特権階級は圧倒的にアルファとオメガで閉められる。故に、このパーティーの招待客も、アルファやオメガが多く、会場のそこここで、申し訳程度の仮面をつけ、派手に飾り立てたアルファが、目をつけたオメガにダンスを申し込んでいる。


 男と女もあれば、男同士、女同士はもちろん、中には女性のアルファが男性オメガをリードしているカップルもある。


 しばらくすれば、人々の視線は和眞と柊の二人から離れていった。


「柊」

「はい」

「今回の策略に関わっているのは誰だ?」

「……」


 言いよどむ柊に、和眞はもう一度同じ質問を重ねる。


「鳴海先生。佐奈さん。陣内様と貝瀬副委員長です」

「小田村は」

「佐奈さんが、友華様は巻き込みたくないと……」

「賢明だ。小田村が絡んだとなると、さらにややこしい事になる。で? 結城重盛は、今回のことを知っているのか?」

「いえ……」

「京極に喧嘩を売ったようなもんだ」


 柊は、一度ぎゅっと唇を噛み締め視線を下げる。しかしすぐに、黒曜石の瞳をきらめかせながら、和眞を見上げてきた。


「契約の上とはいえ、私を和眞様の婚約者として学園に送り込んだのは、和眞様のお父様と、私の父です。それから、もともと結城が手を結んでいる黒川と、京極の後ろについている等々力は、冷戦状態です。更に言えば、和眞様を鷹司の跡取りとしてふさわしい人間にする、というのが私に課せられた最優先事項です。故に、私の取った行動は、最善だったはずです」

「迷惑だな」

「え?」

「別に。跡取りになりたいなんて思っていない」

「そんなこと……」


 言いかけた言葉を飲み込み、柊が眉をひそめる。




『望むことができるのに、なぜ掴み取ろうとしない』

『自分がどれだけ恵まれているか、わかっていないんだ』

『羨ましいよ。鷹司の跡取りだったら、何でも手に入るだろ?』




 かつて耳にしたそんな言葉たちが、和眞の頭の中でほんの一瞬膨れ上がる。


 羽虫が耳孔に飛び込んできたときのような不快さに、和眞は軽くかぶりを振った。


 同じ立場にないものに、今自分が置かれている状況を、わかってもらえるとは思っていない。それがたとえ、結城柊であっても。


 そんな思いを振り切るように、和眞は大きく体の向きを変えた。


「どこへ行くんです?」


 慌てて和眞の動きに合わせながら、柊の目は、会場の奥にいる小田村友華や春野佐奈たちのいる方向へと向かっていた。踊る和眞と柊を心配げに見つめる二人の直ぐ側には、侑眞にうまく会場に戻してもらったらしい貝瀬護の姿が見えた。


「彼奴等なら、後は勝手に帰るだろう?」

「……でも!」

「婚約披露が終わったら、俺は自由になる。ここで一曲踊り終えたら、京極のコロニーから出ていくことを了承されている」

「自由に? というか、ご挨拶回りなどは、しなくてもいいんですか?」


 柊はどこまでも真面目だ。 


「阿呆か……そこまで茶番に付き合うつもりはない。お前を知っている客も多いから、今頃俺の相手は新興華族、結城家の子息だと、挨拶するまでもなく噂になっているだろうさ。それにお前の登場は京極にとっては想定外だぞ。さっさと逃げないでどうするんだ」


 会場への出入り口である大きな扉が見えると、和眞は柊の手を引き、走り出した。



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