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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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晦日月・2

 途端に昴が吹き出した。


「どんだけだよ」


 吸血鬼の少年から、すっかり人魚姫に変身している。


「申し訳ありません……」


 と柊がうなだれると、昴は


「なんでお前が謝るんだよ」


 と眉間に皺を寄せた。


 ふんわりと可愛らしい人魚と黒と朱の吸血鬼の少年が、部屋の中央に並んで立っている。


「うん、いい出来栄えだわ」


 佐奈が満足そうに手を叩いた。


「和眞」


 フリルの裾をたくしあげ、昴が和眞の前まで歩いてきた。腰に手を当てて、腰掛ける和眞を見下ろしている。


「いろいろ世話になったな。お前がお人好しで助かったぜ」


 とても感謝しているという態度ではないのだが、それはそれで昴らしい、素直な感謝の言葉なのかもしれない。


「じゃあな和眞。お別れだな。俺は幸せになる。そのためにはどんなこともする。お前のことも……これまでさんざん利用してきたけど、謝る気はないからな!」


 和眞としても、昴に謝ってもらおうなんて気持ちでここまで協力してきたわけではない。


 そもそも協力したという気持ちは、和眞の中にはない。並んだ選択肢の中から、自分自身の身の安全につながる最善の道を選び取ってきただけだ。


 その中で、誰かが不幸になる数より、幸福になる数が多ければそれに越したことはない。その程度のことだ。


「俺は何も。俺も、自分のために動いただけだ。それに……お前に興味もあった」

「興味?」

「お前は俺の周りにはいないタイプだったから」


 昴という人間の熱さは、和眞にも感じ取ることができた。それが自分の中にどんな変化をもたらすのか、もたらさないのか。和眞はそれを知りたいと思った。


「お前に興味を持ってもらえたなんて、光栄。お前、ほとんどなんにも興味持たないしなあ」


 そうして僅かに頬を緩めたが、昴はすぐにひどく真面目な顔をした。


「多分俺じゃあ、お前の期待に応えられなかったとは思うけど……」


 セックスはした。なにしろ昴は和眞を誑し込むために学園に入学したのだ。けれども、秘密を共有しあってからも、二人の間に共犯者以上の感情が生まれることはなかった。


 興味をそそられた昴の熱は、和眞にまで伝播するものではなかった。

 昴と関係を持ってからも、和眞の世界は何一つ変わらなかった。


「お前なんか、どう転んだって不幸とは縁のない、ボンボンだと思ってたけど……」


 昴は咳払いをする。珍しくためらうような仕草を見せた後、まるで苦いものを飲み込んだときのように、眉間に皺を寄せた。


「俺と、俺の家族の次に、俺はお前の幸せを祈ってやる! じゃあな!」


 怒ったような顔つきでそれだけいうと、フリルをたくし上げて出口へと向かって行った。


「早く、行くぞ!」


 扉の前で、振り返る。


「言われなくても行くわよ! あなたの着替え待ちだったんじゃないのぉ!」


 佐奈も怒ったような顔をして、豪奢なドレスに似合わない歩幅で昴の後を追った。


「じゃあ、和眞くん、わたし達は会場に戻ってるわ。後はよろしく頼むわね」


 英治も、怜生も佐奈に続いた。


 最後に残った柊が入口へ向かう途中で、歩を緩め、和眞の側へと近づいてくる。


「和眞様。勝手なことをしてすいませんでした。会場で、お待ちしています……」


 柊の細い指先が、ソファの背もたれにかかった和眞の指先に一瞬重ねられる。そして、小さな一礼をして、和眞に背を向けた。


 来た時同様のあっけなさで、和眞と侑眞、そして今度は護の三人を残して、全員が部屋を出ていった。


 ほんの数刻前の喧騒は、あっけないほどの素早さで霧散し、部屋の中は無音だった。


 最初に静寂を破ったのは侑眞だ。


「で? あなたが僕の義理のお姉さんに?」


 侑眞は一人残った護を眺めまわしていた。


「ばっ、馬鹿なこと言わないでくれる?」


 力いっぱいの否定で護は答える。


「僕は身代わり! それに僕は男ですからね! 間違ったってお姉さんにはならないよ」

「それは重畳」


 と、侑眞は肩を竦め


「はあ。これじゃあやっぱり鷹司には分が悪いなあ。僕が鷹司の跡取りになるのは構わないとしても、そうすると京極の力が強くなりすぎる気がするんですよねえ。あなたを婚約者に仕立て上げたとしても……、あなた平民の出でしたよねえ? やっぱり京極有利だなあ」


 などと呟くのだった。

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