晦日月・1
夜風がカーテンを揺らしながら、華やかなワルツを静かな部屋の中へと運んでくる。
涼しくなり始めた夜の空気と、遠くに聞こえる人々の熱い気配を感じながら、和眞は弓削昴と貝瀬護の入れ替わり作業を眺めていた。
「重くない? 大丈夫?」
「ぜんぜん!」
昴はミルフィーユのようなフリルの中に、超小型組み立て式バランススクーターを隠すと、笑顔で親指を立てている。
確かにこうして並んで見れば、昴と護は体型がよく似ていた。
それなのに、印象がまるで違うのは、顔立ちのせいだろう。
オメガであるから、二人ともそこそこの美形ではあるのだが、印象の残らない……言ってしまえば可もなく不可もない護に対して、昴は独特のファニィフェイスで、好き嫌いのはっきりと分かれる顔立ちだった。
それに加え、見た人間に大きく記憶に残るのが、髪型だろう。往々にして人は、顔の造作よりも、髪型で相手を覚えている場合が多い。今日のようなパーティー会場ならなおさらだろう。だいたい皆仮面をつけているのだ。衣装と髪型。入れ替わるのなら、ここが重要なポイントとなるはずだ。
「髪型はどうするんだよ」
だから昴の心配はもっともだ。
「もちろんちゃんと考えてあるわよ」
佐奈は柊に目で合図を送る。
柊は素早く自分自身が身に付けたドレスの裾の中に手を入れると、フリルの中から髪の毛の塊のようなものを取り出した。
「君たちの着てるドレスって、異次元にでも繋がってるんじゃないの」
侑眞が目を丸くして、柊の手の中と、スカートの裾を見比べた。
「て、うわ、はやっ……」
「あたりまえでしょ。こんなところでもたついてられないからね」
柊からウイッグを受け取った護が、あっという間もなくそれを被った。
「でも、侑眞君? 君のおかげで、思ったよりゆっくり時間が取れたよ」
そう言うと、護は昴の頭髪へも手を伸ばした。
護に比べ長めで重めな昴の髪を、護は器用にまとめ、ネットの中へと収めていく。
「へえ、なるほどねえ。そうやって被るんだ。髪の長い人がショートのウイッグとか、どうやってつけるのかと思ってたけど」
「まあね、練習したしね」
護は答えながらも、手を動かし続けていた。
「服装と髪型を取り替えて、仮面を被っちゃえば、入れ替わりには、うってつけのパーディーというわけだね」
侑眞の言うとおりだった。
昨今の仮面舞踏会は、どんどん派手になる傾向で、ただ仮面を被るのではなく、皆大抵は何らかの仮装をしている。仮面をかぶる分思い切ったことができるのかも知れない。仮装をしていないもののほうが、目立ってしまうほどの様相を呈している。
和眞と昴も、お披露目ということもあるからそれほど奇抜なものではないが、本日のためにと京極の祖父が用意したらしい衣裳は、吸血鬼から着想を得たものだろう。それが証拠に牙のような付け歯まで、用意されていた。
「牙は想定外だったな」
と、陣内怜生がうめいていた。
「ああ、それなら予備の牙がありますよ。陣内怜生さん、ですよね」
侑眞はすでに和眞の友人たちまでチェック済みらしい。それでも、陣内怜生の名前まで記憶しているというのは、和眞ですら、少しばかりの驚きを覚えた。
一方、佐奈たちの衣裳は魚、もしくは人魚をモチーフとしたものなのだろう。
水色を基調とした衣裳は淡い色合いで統一され、魚を感じさせる小物やアクセサリーをどこかしらかに取り入れている。
その中で、柊一人が異彩を放っていた。
形こそマーメイドラインだが、黒に金銀の刺繍の生地は、淡い人魚たちの中では随分と趣が異なっている。
人魚というよりは、闇の中にひっそりと佇む夜の女王というような雰囲気だ。
肌の露出も、佐奈や護に比べると、極端に少ないデザインだ。首まで隠すような立ち襟に、無機質な黒光りする仮面をつけると、どこか恐ろしげですらある。
「柊」
和眞が呼びかけると、柊はゆっくりと振り返った。
「なんでしょう……和眞様……」
「なぜお前だけ服装が違う?」
「あのねえ、和眞くん!」
少し考えるような仕草をした柊に代わり、佐奈が腰に手を当てて、和眞に詰め寄ってくる。
「柊くんにも、用意したのよ? いいんちょーとおそろいのかっわいいフリフリドレス! それが、どこかの誰かさんがべったり所有印を残してるものだから、着れなかったんじゃないのぉ!」
台詞の途中で止めようとする柊を手で制して、佐奈は最後まで言い切った。




