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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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協力者・3

 階段を登りきってしまうと、周囲の雰囲気は一変した。


 壁や扉で隔たれているわけでもないのに、階下のざわめきがすうっと引いていく。音を吸収するような素材が、建材として使われているのだろう。


 壮麗な雰囲気はそのままだが、声を立てるのも憚れるような静けさを感じる。


 廊下を曲がり、中庭を見渡せる廊下を渡る。


 中庭にも、人はいるがまばらだ。よく見ると年配の人が多いようにみえる。大きなスクリーンが設置されており、そこに美しい映像が映し出されている。スクリーンの前で数人の仮面の男女が楽器を演奏しているが、音楽は、渡り廊下を歩く柊たちには届いてこなかった。


 出入り口付近に屯する若者たちとは、格の違う客人達がいるのかもしれない。


 渡り廊下を渡り切ると、また雰囲気が変わった。


 居住エリアなのだろう。緊張感が和らぎ、くつろいだ雰囲気が漂い始める。


 廊下も幾分幅が狭くなったようだ。それでも、尚英学園の廊下と同じくらいの幅がある。


 案内人は階段を上がり、三回の部屋の前で歩を止めた。


 一度背後を振り向いて


「こちらです」


 と説明した後で、象牙色の扉を叩いた。


 なかからくぐもった声が聞こえる。


 それが和眞の声なのかどうか、後ろにいる柊には判断がつかなかった。


「和眞様、お客様がお見えになりました」


 扉を開き、部屋の中へ向かって声をかける案内人を押しのけるように佐奈が扉をくぐり、部屋の中へと消えた。


「和眞くん! ちょっと久しぶりぃ……でもないか。それにしてもぉ、あんまり急じゃないのお!」


 緊張感を打ち破るような佐奈の声が部屋のなかから聞こえる。


 ここまで案内してきた黒服は、静かに頭を下げると、柊たちを残して、廊下を戻っていった。


「おまえか……」


 和眞の声が聞こえた。


 もう、遮る扉もない。数歩前に出るだけで、和眞がそこにいる。


 踏み出すのが怖いような、それでいて佐奈を押しのけて部屋の中へ入ってしまいたいような、相反する気持ちが柊の中で、瞬時に渦巻いた。


 ごくり。


 喉が鳴った。


 わけの分からぬ感情を、腹の底に押し込める。


「私だけじゃないわよ。さ、みんな入って!」


 佐奈の声に促されて、柊は部屋の中へと足を踏み入れた。


 続いて護と怜生。


 英治が最後部屋の中へ入りながら、扉を閉めた。



 三十平米もある部屋の、中央に置かれたソファに、和眞は座っていた。ソファの前には大理石のロウテーブル。テーブルの上に置かれた平たい花器には、テーブルの上にあふれるように色とりどりの花が生けてある。


 和眞は三人がけのソファに、一人でゆったりと腰掛けていた。白い別珍とゴールドのソファは、たかが椅子だというのに、やたら威厳を放っている。


 和眞はやけにクラシカルな白いシャツに、黒いベストとパンツを身に着けていた。


 すぐに柊は、和眞の顔立ちに違和感を覚えた。


 特に口元だ。彼の犬歯はこんなに尖っていただろうか。


 和眞の座るソファの背には、朱殷色の裏地がちらりと覗く、黒い袖無しの外套が掛けられている。


 吸血鬼、と言う単語が、頭の中に浮かんだ。


 仮装だ。


 和眞は吸血鬼の仮装をしているのだ。唇からちらりと覗くのは、よくできた牙だ。


 大きな体格や、金色の頭髪、それに色素の薄い琥珀色の瞳と相まって、その姿は、とても良く似合っている。古い映画の中の、恐ろしくも美しい魔物が、そのまま抜け出してきたようだった。


「先生!」


 突然声が聞こえて、柊は現実に引き戻される。


 窓辺に、一人の少年がこちらを向いて立っていた。


 さらりとした茶髪が、顎のラインで切りそろえられて揺れている。


 見開かれた大きな瞳。


 体型は護とよく似ている。ほっそりと小柄で、いわゆる典型的なオメガ男性の体型だ。


 全体的に顔の下方にそれぞれの部位が寄った顔立ちは、幼気に見える。しかし、少し眠たげに見える二重と長いまつげ、口元の黒子のせいで、妙に大人びた雰囲気も、同時に感じさせる。どこか危うさを感じさせるような美少年。


 ひらひらとした白いブラウスに膨らみのある半ズボン。白いタイツに足元は編み上げのブーツだ。そして、和眞とおそろいの黒と朱殷の外套を羽織っている。


 弓削昴、だった。


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