協力者・1
窓の外を眺めていた護が小さな声を上げた。
車はいつの間にか、地下空間ではなく、地上を走っていた。
会話に集中していたことと、夜七時を廻り暗くなった空のせいで、皆そのことに気付いていなかったのだ。
大きく開けた夜空に、赤や黄色、金に銀の花が、轟音とともに浮かんでは消えた。
「花火だ!」
護の声に、誰かの息を呑む音が重なる。
一箇所からだけではない、右かと思えば左、遠くで上がったかと思えばすぐ目の前に、炎の花びらが広がる。
客人が仮面舞踏会へ集まってくる時間に合わせての演出なのだろう。昨日からの居残り組もいるが、特に若者は今日の仮面舞踏会にのみ参加する者も少なくないと聞く。
和眞の婚約発表につての詳しい時間は、招待状には明示されていない。ただ、大抵の客人は、夜八時ころには到着するものらしい。受付や、知己との挨拶などを終え、一段落つく夜の九時過ぎになるのが普通だろうと、友華が言った。
小田村家所有の車はコロニー内の大きな通りを抜け、巨大な門へと吸い込まれていく。
行く手には白亜の城が、色とりどりの光を受けて、藍色の空に浮かび上がっていた。
京極邸だ。
まるで古い絵本の中に描かれている、お城のようなシルエットだ。
車は、巨大な庭園前の車停めに停車する。
降り立った柊たち一行の目前に広がる庭園には、碁盤の目のように規則正しい水路が流れていた。
その景観は、ラグナロク以前、とある国の皇帝が、亡くなった妃のために作らせたという伝説のある、タアジマハル寺院を思い起こさせた。
柊たちがぽかんとその景色を眺めている間に、ここまで彼らを乗せてきた車は、音もなく走り去っていた。駐車場はまた別にあるらしい。背後にはまた別の車が滑り込んでくる。
友華に促され一歩足を踏み出す。
屋敷まで一直線に伸びる通路の上を歩くが、広大な庭園は、歩くには広すぎる。慣れないヒールを履かされた柊など、館の入り口に辿り着くまでに、靴擦れになってしまいそうだ。
と、行く手を遮る柵が目に入った。それほど存在感のあるものではないが、扉がついていない。乗り越えられない高さではないが、まさかこのドレス姿で柵を乗り越えろなどということはないだろう。
これ以上先に進めそうにない。
柊の困惑をよそに、友華は柵の前で立ち止まり
「全員乗ったか?」
と後ろを振り返った。
「え? 乗ったって、どういうこと?」
と、護が聞き返しが、友華は屋敷の方を向いたまま
「説明するより、実際体験したほうが早いだろう」
と答えただけだ。
どういうことだろうと、周囲を見回す柊たちに、どこからともなく、女性の声が聞こえた。
『小田村友華様。春野佐奈様。ようこそおいでくださいました』
「え? え?」
きょろきょろと周囲を見回しているのは護だが、怜生や英治も、瞳を動かし、周囲に目を走らせている。
「合成音だ」
友華の言葉が終わらない内に、柊たちが立っている部分の床が薄ぼんやりと光りだした。
『準備はよろしいでしょうか?』
先ほどと同じ、大人っぽい女性の声が尋ねてくる。
友華は皆に仮面を着け、光の中に入るようにと促した。
全員が光る床の上におさまっているのを確認すると
「大丈夫だ」
と、声を張る。
友華の声を合図に、淡く発光した地面が、ゆっくりと動き始めた。
驚きの声を上げたのは、今度は護ばかりではなかった。
動く地面は、碁盤の目のような通路の上を、動いていく。
「これは、客が多いときのみ利用されるオートウォークだな。屋敷の近くまで送迎の車を入れなくても済むだろう。ま、アトラクションのようなものだ。普段は使わない」
歩いた方は早いほどのゆっくりとした速度だが、歩かないで済むことは、正装した客人にとっては嬉しいことに違いない。もちろん柊も、例外ではない。
それにしても……。
柊はこれまで、結城邸を大邸宅だと思っていたが、京極邸を間近にして、その意識を改めた。
今、眼前に聳え立つ邸宅は、とても個人の住む『家』には見えない。城。でなければ遊園地やテーマパークに建つ娯楽施設としか、思えない。
まるで生活感のない、お伽の国だ。
それに、オートウォーク。こんなものは、公共の施設でだって、柊はお目にかかったことがない。
コロニー内は、雨が降ることがない。交通も整備されている上に、大きいとはいえ、直径五キロを超えるようなコロニーはないと聞く。車を持つのはよほどの金持ちに限られる。人々は自分の足で歩くか、公共の交通機関を利用する。どんな移動手段が用意されているのかはコロニーによって様々で、結城のコロニーでは基本、ミニバスと呼ばれる小さな無人路面電車のようなものがある。近い場所であれば、歩くのが普通だ。
「小田村様のお宅にも、このようなものがあるのですか?」
「いや」
柊の言葉に友華は首を振った。
「うちは代々和風を好んでいる。庭園もこのように開けたものではない。曲がりくねった松や臥龍梅。自然石で縁取った池には鹿威しがある。歩きながら庭などを楽しんでいただくのも、もてなしの一部だ。ま、裏口に車寄せと駐車場はあるのだがな」
一度お邪魔してみたいものです。と、言ったのは、柊の本心だ。
結城の家も洋風であったし、純日本風の建物というものを、柊は知らなかったからだ。




