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運命の隷属  作者: 観月
プロローグ
5/62

木乃伊・5

 読みながら、時々木乃伊の様子をうかがう。瞬きすらせずに、目は柊の繰る絵本のページを見つめている。


 しかし表情はまったく動かない。


 一体全体、本当にこの本に興味を持ってくれたのだろうか? 面白いと思ってくれているのだろうか? もしかして退屈なんじゃないだろうか?


 読み続けながらも、だんだん不安になってくる。


 あまりの反応の無さに、気力が萎えてしまいそうだったが、柊は最後まできちんと読み切ろうと、自分自身を奮い立たせた。


 読み終えれば、木乃伊はこの話を気に入っただろうかと、感想を聞きたくてうずうずしてしまう。けれど柊自身、読み終わった直後に感想を聞かれることが、好きではなかった。


 感想とは誰かに披露するものではなく、自然と心のうちに湧き出してくる、秘密の泉のようなものだと思う。だから、土足でずかずかとその泉に踏み込むようなことはしたくない。


 木乃伊の感想を聞きたいという気持ちをぐっと押さえつけ、その代わりに自分自身の感想を語る。


「この魚、とってもきれいだよね。この絵本が描かれた頃の地球には、こんなにきれいな海があって、こんなにきれいなお魚が泳いでいたのかなって、想像するんだ。でも僕が、もしこの魚だったら、海底へ行きたいなんて思わなかったかも知れないなあ」


 そんなふうに本の感想を語っても、木乃伊の表情は変わらなかった。


「え……っと」


 柊が言葉に詰まると、木乃伊はくいっと顎を上げて、丸テーブルの上に乗る、柊の宝物の方へ目を向ける。


「え? どれか気になるもの、あるの?」


 きらきらと輝くものが好きな柊のお気に入りは、硝子細工やビー玉が多い。クリスタル硝子のペンダントトップなどもある。そんなもの、身に着けるつもりはないのだが、眺めているだけで満足なのだ。


「これ?」


 と手にとったのは、その中でも一番宝物という言葉の似合う、あの硝子の揚羽蝶だ。


「これ、綺麗でしょう?」


 木乃伊の瞳が手の中から動かないことを確認して、柊は繊細に輝く揚羽を照明の光にかざした。それからそっと木乃伊の手の上に乗せてやる。


 力なく体の脇に投げ出されていた木乃伊の指先が、揚羽蝶を握ろうとした。指を動かしたことで傷が痛んだのか、木乃伊が僅かに眉をしかめる。


「大丈夫?」


 腕を持ち上げようとしているので、柊は手を添えてやった。彼はベットに横たわったまま、柊の助けを借りて硝子の蝶を目の前に掲げると、角度を変えつつ眺めた。


「揚羽蝶」


 掠れた声が、小さく呟く。


 たったその一言に感動を共有できたような気がして、柊は嬉しくなった。


「うん、揚羽蝶だよ」


 大きく頷きながら、揚羽蝶の硝子細工を持つ木乃伊の手に、自分の手を重ねた。


「これね、僕の部屋に薔薇の花の形の台座があるんだよ、そこに載せて飾れるようになってるんだ。普段は箱の中にしまってあるんだけどね。だって、埃が付いたり、落としてしまったりしたら、悲しいだろう?」


 話している間にも、木乃伊の手から力が抜けていく。疲れたのだろうか。


 柊は脱力した腕を支えながらそっとベットの上に戻してやると、揚羽の硝子細工を木乃伊から受け取った。


「あれは?」


 木乃伊の目は、もうすでに別の宝物に向いている。

 その後も、幾度か同様の遣り取りを繰り返した。

 木乃伊が「あれは?」と尋ね、柊が事細かに宝物についての説明とエピソードを披露する。


 その間、木乃伊は軽く視線を動かしたり、一言二言しゃべるくらいのものだった。

 言葉を発しているのはもっぱら自分ばかりだったのだが、それでも柊は楽しかった。


 初めての友人。初めての他愛もない会話。


 だから柊は、使用人の一人が様子を見にやってくるまで、話に夢中になってしまっていたのだ。


 部屋に入ってきた使用人は二人の様子を見ると


「まあ!」


 と大きな声をあげて、すぐに


「ドクターをお呼びします!」


 と、部屋を出ていく。


「あ……」


 奇妙な沈黙が流れた。


 使用人が小走りに出ていったドアを見つめながら、やはりドクターを呼んだほうが良かったのだと、柊は自分を責めたい気持ちでいっぱいになってしまった。


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