探偵団・4
後のことは後で考えればいい。
柊は軽く目を瞑った。
まだ、猶予はある。
ゆっくりと目を開き、佐奈の瞳を見つめ返す。それから、柊の決断を真剣な表情で待つ鳴海英治に小さく微笑んだ。状況を楽しんででもいるかのような不敵な怜生の片笑み。蒼白な護の唇。
「やりましょう。覚悟を決めます」
柊の言葉に佐奈と怜生は拳を握り、英治と護の唇からは、大きな吐息が漏れた。
「うれしいわ、柊くん! 後は……上手くいった場合、昴くんと、先生をどうするかよね。もちろん昴くんの妹と二人のお子さんについても、なんとかしなくちゃいけないわね」
佐奈はすっかり、探偵団の団長といった様子だ。
年長者である英治でも、アルファである怜生でもない。風紀の副委員長である護でもなければ、成績優秀な柊でもない。
しかし、それはそれで、この奇妙な探偵団の秘密めいた部分に似つかわしい気もした。
「まあ、先生は医師としての公式の資格もあるわけだからいざとなったら小田村で雇ってもらうこともできるかもしれないし……」
「いいえ、佐奈さん」
佐奈の提案を遮ったのは柊だ。
「春野家や小田村家を巻き込むわけにはいきません。私達はあくまで秘密の探偵団でいきましょう」
保健室の外を見れば、まだまだ燦々と降り注ぐ夏の日差しは明るい。
まだ、終わってなどいないのだ。
「いやしかし」
鳴海英治が静かに首を振る。
「結城家にだって、迷惑を掛けるわけにはいかないよ。昴を取り戻してもらえば、僕たちは二人で逃げるよ。公的な医師免許を持っているものは少ない。探そうと思えば仕事もあるかもしれないし……」
「いけません」
柊は立ち上がり、きっぱりと英治に告げた。
「仕事を見つけたとしても、あっという間に見つかってしまいますよ。五綵家の前で計画が頓挫したとなれば、等々力は見せしめのためにも、容赦はしないでしょう。見つかっては逃げ、またその先で見つかって逃げる……。そんな生活を可愛いお子さんや、病気を持っている彩乃さんにさせるおつもりですか?」
「しかし……」
英治が思っているほど、そうたやすくはないはずだと柊は考えている。
「ですからお二人には、この事件の方がついたら、裏に潜ってもらいます」
「裏?」
「はい。もともと先生はベータじゃありませんか。結城の裏には黒川がついています。黒川と等々力は表立ってではありませんが、敵対関係にあると言っていい関係です。黒川に入ってもらえば、決して等々力に売るようなことはないはずですし、等々力も黒川の内部にまでは探りを入れることができないはずです」
黒川には黒川所有のコロニーがある。黒川組に所属するものだけが住む場所である。その中に入ってしまえば、鳴海英治と弓削昴。それから妹の彩乃と娘の美野里は、表の世界から消える。
あとは……。
「先生、そうなればもう二度と表の世界に出ることはかなわないかもしれませんよ」
柊は英治を見つめた。もしかすると睨んでいるように見えたかもしれない。だが、生半可な気持ちでこの提案を受け入れてほしくはなかった。
鏑木には昨夜の時点で美野里と彩乃の身の安全の確保については依頼済みだった。もしも何かあれば、鏑木にも、ひいては黒川にも迷惑のかかる事態になるかもしれないのだ。
それだけの覚悟を英治には持って欲しい。
「もちろんです。僕は、昴と美野里と、それから彩乃ちゃんと暮らすことができれば、どこでも構いませんよ。僕にできることがあれば、何なりと協力します」
「決まったわね!」
佐奈が、勢いをつけ、飛び跳ねるようにして腰を下ろしていたベットから立ち上がる。
「おう」
怜生も、やる気だ。
「ちょちょちょ……待ってよ」
「なんだよ護。お前、怖気づいたんなら……」
「ちょっと怜生! やらないなんて言ってないでしょ? そうじゃなくて、春野君はいいとして、僕たちはどうやって潜り込むのさ。招待状なんて、ないからね!」
「簡単よぉ」
佐奈が得意げに腰に手を当てる。
「招待者は、従者を連れていけるの。こういうパーティーだと、従者枠にお友達を連れて行く子も多いのよ。婚活パーティーみたいなものじゃない?」
ものじゃない? と言われても、結城家はまだ華族なのである。柊ですら、綺族たちの集まる仮面舞踏会、なんていうものには出席したことがない。
「そうと決まれば、早速潜入の準備をしましょう! みんな、派手に着飾ってちょうだいね」
「目立っちゃだめだろ」
という怜生の指摘に、
「何言ってんのよ。仮面舞踏会よ。どうせ顔隠すんだし、地味な方が目立つわよ! なんの変哲もない黒のタキシードなんてやめてよね」
と、佐奈はうっとりと顎の下で両手を組んでいる。
「はあ!? うそでしょ!」
頭を抱えるのは護だ。
「なに? ふくいいんちょー、服ない? だったら、私の持ってる着ぐるみ貸してあげようか?」
怒る護を笑いながらからかう佐奈。そんな二人を見ながら、柊は、服装について佐奈に相談するのは危険だと、思うのだった。




