探偵団・2
「要するに、昴くんとしては自分自身が姿を消すことで、大切なものを守ろうとした。ここ重要ポイントよ? 柊くん! 昴くんは、本当は愛する人達と一緒に幸せになりたいわけでしょ? こんなの私、嫌だわ。」
佐奈が人差し指を柊の顔の前で振っているのを眺めつつ、柊は自分自身の思いに沈んだ。
弓削昴。
噂だけで人を測ることはできない。それはわかっている。しかし、会ったこともない昴のことを、何故か好きだと思えない。
鷹司和眞を誘惑し、おそらく陣内怜生とも深い関係にありながら、自分自身の想い人である鳴海英治との間に子どもをもうけ、姿をくらましたオメガ。
柊はこの時はっきりと、自分自身の中にある、弓削昴への嫌悪を認識した。
しかし、心の奥の暗闇に佇む弓削昴の虚像に目を凝らせば、そこにいるのは、自分自身にほかならないということも、理解している。
性を利用し、誰彼構わず床をともにして、自分自身の欲望を実現しようとする。番という最後の砦は守っているのだという事実で、自分自身をごまかしながら。
いや、弓削昴は自分の大切なもののためにそれを行っているのだ。柊のほうがよほど罪は深く、その身は汚れてしまっているのではないだろうか。
――違う……そうじゃない……
自分は、暖かな居場所を作ってくれた父と、結城家で働く人達のために、力になりたいのだ。
自分の持っている武器と言ったら、自分自身しかない。ちっぽけな自分、その性、それ以外に何も持たない。
しょうがないじゃないか。
それ思うのに、今まで罪悪感も嫌悪もなかった自分自身の行いが、とたんに重みを持ち始める。
そんな、逡巡の渦のから柊を救ったのは小さく短い電子音だった。
「あらやだ、メール?」
佐奈がまるで白粉を入れるコンパクトのような形の携帯端末を、制服のスカートのポケットから取り出した。俗に携帯電話型と呼ばれる二つ折りの端末だ。丸型だったり長方形だったりと様々な形のものがあるが、比較的可愛らしいタイプの物が多く、女性に人気の端末だ。
画面にちらりと視線を投げかけた途端に、佐奈の目が大きく見開かれた。
「ごめんなさいね」
とひとこと言い置くと、貪るように端末を見に見入っている。
何事だろうと、八つの瞳がじっと佐奈を見つめた。
「たぁいへん!」
佐奈は、顔を上げ、四人を振り返った。
「京極からの招待メールよ。私の実家から転送されてきたの。二日後、八月三日から五日にかけて、京極家所有のコロニーで、パーティーが開かれるわ」
「はぁ……」
四人のうち、誰からのものだかはわからなかったが、気の抜けたような相づちが聞こえた。
◇
尚英学園は、あやぎぬ会公認の唯一の学園である。各コロニー所有の学校は数多あるが、実は日本国に置いて、公立の学校は尚英学園のみである。それ故に、高い格式を持つ家柄の子息たちは、こぞってこの学園に入学しようとする。
特権階級、特に綺族たちの間では尚英学園が長期休業となる八月の間に、様々な催し物が開催される。
園遊会や、夜会といった宴も、この時期盛んに行われる。
たしかに三日間に渡る宴会というのはかなり大掛かりなものに違いないが、京極は綺族の中でも特に格式が高く、財力も持っているのだ。それほど驚くことではない。
「まあ、このパーティー自体は前からわかってたしぃ……。いいのよ。もちろん」
佐奈は自分自身にも言い聞かせるように肯きながら話しだした。
「いい? 四日の土曜の夜には、特に若者向けの仮面舞踏会が行われるの。そこでぇ、京極正親の孫、鷹司和眞の、婚約披露も行われことが決まったってんですって。お相手については極秘らしいわ」
佐奈に集まっていた瞳が、一斉に柊に向けられた。
「は?」
全員に見つめられ、柊は一瞬頭の中が空白になった。
「柊くん、そんな話、あるの?」
「は? いえ? いえいえいえ! そんなはずはありません!」
柊と和眞は表向き婚約者となっているが、鷹司と結城の間では、期間限定の仕事として成り立っている。大々的に婚約発表など、するはずはない。そんな大きな宴で発表してしまっては、その後婚約を解消することが多少難しくなってしまう。
「すいません佐奈さん、その宴は、五綵家の方々も……」
「ええ、招待されてるわ。私は友華ちゃんと一緒に仮面舞踏会に参加する予定だもの」
護が手のひらで自分の頬を挟みこみ
「ってことは……っってことは……」
と、念仏のように呟いている。




