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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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探偵団・1

 柊を勇気づけ、甲斐甲斐しく世話をする佐奈は、これまでの柊の知っている佐奈と同一人物とは到底思えなかった。


 難しい問題にぶつかれば


「やだあ、わかんなあい」


 と無邪気に笑う。


 何もできなくても、笑って許されてしまうような稀有な存在。


 柊はこれまで、春野佐奈を、そんな人間だと思っていた。


 しかし……。


 あの佐奈は彼女の中のほんの一面だったのだろうか。それとも、彼女が作り上げた虚像に過ぎなかったのだろうか。


 少し甘ったるい声は佐奈のものに違いないが、きびきびと物事を考え推し進めていく様子に、柊はただただ驚かされた。


 もしかしたら、佐奈に驚かされたおかげで、柊は落ちるところまで落ちること無く、自分自身を保っていられたのかもしれない。


「柊くん? この後放課後、保健室に集合よ」


 そう耳打ちされたのは、一学期修了式の日程が全て終わった、E組の教室内でのことだ。


 柊が返事をするよりも早く、佐奈は愛想を振りまきながら教室を出ていってしまう。


 休み時間などを利用して、佐奈が何やら忙しそうにしていたのは知っていた。しかし、集合とはいったいどういうわけだろうか。訝しみつつ、それでも柊は素直に保健室へと向かった。


 集合場所は保健室である。鳴海英治に、今朝までのことを報告することができるだろと考えた。


 なんとなく、保健室の前で躊躇っていると、様子を見ようとした佐奈が、ガラリとドアを開けて、柊は飛び上がった。


「あ、来たわね、柊くん。まあ座って座って」


 佐奈はそんな柊を気にした様子もなく、部屋の中へと引っ張り込んだ。


 明日からの夏休みを目前に控えた学校内は静かだ。


 残っているのは、終業式の後片付けをする生徒会実行委員と教師、それに、今この保健室に集まっている面々くらいのものだろう。


 修了式の日には学校も早く終わる。開放感から、コロニー内の商店街へ繰り出す生徒も少なくない。夏休みには実家に帰る生徒も多く、帰省のための買い出に出る者もいる。


 保健室の中には校医の鳴海、陣内怜生と貝瀬護が丸椅子に座って一列に並んでいて、気まずい静けさに包まれている。


 護の隣の空の丸椅子が一つあり、柊がそこに腰を下ろすと、


「これで皆揃ったわね」


 と、佐奈は教師のように四人の前に立ち、腰に手を当てつつ、ひとりひとりの顔を見回した。


「柊くんから聞いた話は、だいたいこの三人にも伝えておいたわ。鳴海先生はもちろんだけど、陣内くんと貝瀬くんも協力してくれるそうよ」


「え……なにを?」


 この状況がまだうまく飲み込めない。


 だいたい和眞は、自分自身の意志で弓削昴と共に姿を消したのだ。この先、自分たちにできることなどあるだろうか。


 八方手詰まり。だから柊は落ち込んでいるのだ。


 皆が協力してくれるとして、何をしようというのだろう。


「ちょっと柊くんしっかりしてよう。弓削昴、及び鷹司和眞を見つけ出すのよ!」


 佐奈はそういうと、右手の指を揃えて天にむけ、軽く目をつぶる。


「はい、ここに尚英学園、非公式探偵団の結成を宣言します」


 ぱちりと音がしそうなほど大きく目を開けると、にこりと笑った。


「ちょっと待ってよ、誰もそんなもんに入るなんて……!」


 そう声を上げ、身を乗り出したのは護だ。


「あら? さっき協力してくれるって言ったわよね? 副委員長?」


 佐奈の、笑顔のままだが有無を言わせない迫力に、護は気の抜けた風船のように萎れてしまう。


「しかし」


 柊は俯き、唇に親指を這わせた。


「和眞様はご自分の意志で姿を消しました。私達に何が出来ます?」


「あーのーねぇぇぇぇ!」


 皆まで言い終わらないうちに、佐奈の声が柊の言葉を消した。


「いい? 昴くんは等々力に見つかった。だから和眞くんに助けを求めた。でしょ? 昴くんが一番に守りたかったものは、新しく生まれた美野里ちゃんと、妹の彩乃ちゃん、それから愛する鳴海先生のはずよね?」


 佐奈は鼻から息を強く吐き出しながら、腕を組んで柊を見下ろしている。


 名前を出された英治は、自分が悪いわけでもないのに


「すいません……」


 と、背中を丸めて数度頭を下げた。


「等々力の先にいる京極としては、和眞くんがバツイチ子持ちの昴くんと一緒になってくれればそれで今回の事件はOKなわけでしょ? 和眞くんを鷹司家跡取りレースで一手後退させることができるわけだもの」


「ええ、まあそうですね」


「等々力相手に昴くんを匿い通せないと判断した和眞くんが昴くんと姿をくらました。これは、かなり形勢が悪いわよ。これだけだって、ことが公になったら結構なスキャンダルだわ。それに大体、京極と等々力相手に逃げおおせるつもりなのかしらねえ?」


「無理でしょう」


 残念ながら、あの京極からこの先逃げ続けることなどできない。それに、行方をくらまし続けることは、結局京極の思うつぼになるだけなのだ。


「だから、京極サイドにあの二人が見つかる前に、こっちで安全な場所に昴くんを匿わないといけないでしょお? このままだったら、こっちの判定負けじゃない? まあ、都合よく明日から夏休みだし。鳴海先生の協力もあって、和眞くんは病欠ってことになってるのが、救いよ? 和眞くんと昴くんがこれからどういう行動をするつもりなのかわからないけど……ああ、話がそれたか……」


 佐奈はこめかみに指を当てて軽く頭を振った。


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