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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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万里香・4

 結城重盛が手を取った組織は黒川組だ。


 黒川組は等々力組から枝分かれした組織であり、まだできてから新しく、特定の企業と手を結んでいなかったところに、重盛が目をつけた。


 黒川組幹部であった鏑木をハウススチュワードとして結城に迎え入れ、その結びつきを強くしている。


 等々力から枝分かれしたからといって、その二つの組織が円満な関係なのかと言えば、そうではない。跡目争いの末、仕方なく黒川が組を出て、立ち上げた組織が黒川組だ。


 黒川からすれば、本来自分が任される約束だったものを、実の息子があとからやってきて、根こそぎ奪われた形である。まだ立ち上げて間もない組織でもあり、力の差もあることから表立って喧嘩を売るようなことはないが、恨み骨髄である。


 等々力にしてみても、結城と手を結び急成長する黒川を面白く思っているわけもない。


 そして、その等々力が深く関わり、裏を支えているのが「京極」だった。


 難しい案件だ。


 まさか和眞の成績を上げ、鷹司の跡取りとして立派な男に……という依頼が、これほど難しいとは……。


「大丈夫だよ」


 それなのに……、背後から柊にもたれかかる男は、のんびりとしたものだ。


 妹と子どもを置いて行方をくらませた弓削昴。


 そんなもの、とりあえず身を隠したくらいで、大丈夫だなどと、柊にはとても思えない。


 そのことも考慮の上、とりあえず、現時点で柊としてもできるだけの手は打っている。鏑木頼みなところが、不本意だが、自分自身がこの学園から動くわけにもいかない。



『上に立つつもりなら、全てを自分で取り仕切ろうなどとしてはいけないよ。誰が信頼できるのか、誰が敵で、誰が上辺だけなのか。よく見極めなければね』



 父の言葉を思い出し、鏑木ならば、信頼できると、自分自身に言い聞かせる。


 それに、鷹司和眞だ。


 この日、和眞は優しかった。


 出会ってから今まで、かつてないほどに饒舌で、にこやかであり、これ以上ないほどに柊を甘やかしてくれた。


 風呂から上がった柊の体を拭き、服を着せてくれる。


 柊はまるで小さなこどもにでもなってしまったかのようだった。


 多分、それが心地よかったのだ。


 顔さえ覚えていない母。撫でてくれたその手のひらで、暴力を奮った実の父。


 もしかしたら、幸せな子どもというのは、こういう気分なのかもしれない。


 世話を焼いてくれる和眞の金色の頭髪を見遣りながら、柊は強く下唇を噛み締めた。


 ◇


 新暦三三〇年。七月三十一日。尚英学園、一学期修了式当日。


 柊の目覚めは最悪だった。


「和眞……様?」


 部屋の中に、和眞の姿がない。


 まだ万里香の香りが残るバスルームをのぞいても、和眞はいない。


「和眞様!」


 和眞のクローゼットの扉を大きく開けると、制服がハンガーに掛かっている。


「和眞様!」


 振り返り、部屋の中に目を走らせるが、あれ程大きな体の男なのだ、キッチンカウンターの隅なんかに、隠れているわけもない。


 胸が苦しくなり、どきん、どきん、という血流の音が耳の中でこだました。


 誰もいない部屋。置き去りにされた自分。


 忘れかけていた幼い頃が、あまりにも生々しく脳内に蘇ってくる。


 ふと、カウンターの真ん中置いてある小さなポットに目が吸い寄せられた。いつもは、隅に寄せてある。


 近づいてみると、ポットの下に紙が一枚置かれていた。


「ポットの下なんかに置いて……」


 柊の指先で紙片がかさりと小さな音をたてる。


『楽しかった。ありがとう。

迷惑をかけるけど、親父にはとりなしておく』


 宛名もなければ、差出人すら書かれていない。真っ白な紙に、鉛筆で書きなぐったような文字だった。


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