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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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万里香・2

 ◇

 高校を早退し、自室に帰った柊は、和眞が帰宅するまで、たっぷりの時間を持つことができた。


 しかし、やらなければいけないことが山積みで、とても時間ができたと喜んでいる場合ではない。


 まずは、結城家のハウススチュワードである鏑木に連絡を入れた。


「鷹司和眞についての資料ですね」


 寮に備え付けのコンピューターのモニターには、鏑木の顔が映し出される。


「はい、結城で保管しているものをすべて。すぐに送って欲しいんです。それから、弓削昴について。あと、この学園の校医である鳴海英治とその実家の場所。実家は佐渡にある医院だそうですが、なるべく詳しく。ああ、それから、和眞様のお母様のご実家についてなんですが……」


 知りたかったことが、次々に吹き出して来る。


 ふと目を上げてモニターの中の鏑木の顔を見た柊は、我に返った。


 鏑木は目尻の下がった細い目のせいでいつでも微笑んでいるように見える。どんなときでも笑顔なのだから、ある意味ポーカーフェイスと言えなくもないだろう。


 今だって、にこにこと優しげな顔をしているが、矢継ぎ早に自分の要求ばかり喋りだした柊に、呆れているのかもしれない。


「あ……すいません」


「いえいえ、柊様、頑張っていらっしゃるのですね。保健医については、手元に資料はありませんが、すぐ調べましょう。それ以外の件については、私もすでに調べてましたので、今資料をお送りします」


 鏑木が言い終わらない内に、モニターには結城家から柊へファイルが送られてきた。画面には通知のための小さなポップアップが表示される。


「あと一つ確認ですが、鷹司和眞の母方の実家というのは、今現在の母親である、美也子様のご実家ですか? それともお亡くなりになった、実の母親の実家ということになりますか?」


「……え?」


 すっと周囲が暗くなったような気がした。


 和眞の実の母が亡くなっている?


「京極家は……」


「ああ良かった、京極家についてなら、資料があります。京極美也子様は、鷹司和眞様の実の母ではありません。鷹司聖様というオメガ男性が亡くなられた後に、鷹司に入られました。ええっと……」


 何やら画面の向こうで、鏑木がコンピューターのキーボードを叩くと、モニターに写った鏑木の右下に小さいウィンドウが重なった。


「こちらが、今現在の和眞さんの母親である、京極、今は鷹司美也子さんです。和眞さんの弟、鷹司侑眞さんにとっては美也子さんは実の母ということになります。鷹司家には、和眞様と侑眞様、二人しかお子さんがありません」


 綺族のアルファとオメガの夫婦の間で、子どもが二人というのは、少ない。


 発情期のあるオメガはたいてい生涯に沢山の子どもを生み育てる。子どもは、跡継ぎとしてだけではなく、他家とのつながりを持つための駒にもなる。平民ならいざしらず、特権階級であれば、それなりの頭数が欲しいと思うはずだった。


 子どもが少ないということは、わざわざ抑制剤を飲んで、妊娠をコントロールしているということだろう。


 小さなウィンドウに映し出されいるのは、柊も見惚れてしまうほどの美しい女性だ。


 赤みがかった栗色の髪が胸のあたりで艷やかに光りながらくるりと揺れ、ベージュ系のシャドウと紅い唇が大人の女性を感じさせる。


 この一人の女性によって柊の中ですべての事柄が、一本に繋がっていった。


 京極家は、和眞と血の繋がりがない。


 ならばわかる。


 何故弓削昴を使って和眞を陥れるようなことをしたのか。


 和眞が鷹司の跡取りとしてあまり素行がよろしくないとなればどうなる。弟の侑眞に鷹司の跡取りとしての、白羽の矢が当たるかもしれないではないか。


「和眞さんの母である聖さんは、特権階級の出身ではないらしくて、旧姓までは調べてません。資料もないのですが……」


「なるほど……」


 そういうことだったのか。


 鷹司聖が平民の出だとすれば、和眞の後ろ盾は、いかにも弱い。ほんのちょっとしたスキャンダルで、和眞を鷹司の跡取りとしての座から突き落とすことができる。次に控えている侑眞は鷹司と京極の血を引くサラブレットだ。


 侑眞が鷹司の跡取りとなれば、京極と鷹司の間の繋がりは、より強固になる。それを背景に、あやぎぬ会に入ることも、夢ではなくなるかもしれない……。


 ◇


「柊、何を考えている」


「あっあぁぁ……」


 覆いかぶさった和眞が、柊の身体の奥深くにまで分け入ってくる。


 反射的に締め付けてしまうのはそれ以上異物が自分の中に侵入しようとしてくるのを防ごうとしてなのか、それとも、奥まで到達した和眞を、逃さないようにしようとしてのことなのか。


 和眞の小さな呻き声が聞こえて、柊はほんの少し溜飲を下げる。


「和眞様……一緒に……来てっ……!」


 自分ひとりが快楽に溺れていくなんて、柊のプライドが許さない。


 ねだるように唇を少し開き、和眞の腕の中から、彼の琥珀色の瞳を見上げた。


「注ぎ込んで、私の中に、あなたをすべてっ!」


 ふっと和眞が笑みを深くする。


 ああ、だからその顔なのだ。


「あああああああ」


 柊は体をのけぞらせて、和眞にしがみつく。


 そんなに、優しい顔で、私を見ないで。


 絶頂に達した柊は、その瞬間の自分を覚えていない。


 我に返った柊を抱きしめる和眞の腕は、熱く、しっとりと濡れていた。


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