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運命の隷属  作者: 観月
プロローグ
4/62

木乃伊・4

 絵本としては長めの話を語り終え、柊はぱたんと小さな音を立てて本を閉じた。


「素敵なお話でしょう?」


 横たわる木乃伊の様子をうかがおうとした瞬間、柊は驚きのあまり声を上げかけてしまった。

 実際、開いた口からは、ひいっという情けのない呼吸音が大きく漏れ聞こえていた。


 なぜそれほどまでに驚いたのかというと、木乃伊の瞳が、柊をじっと見つめていたからだ。


 初めて見た木乃伊の瞳は、日本人としては極めて色味の薄い、琥珀のような色だった。


 しばらく放心状態にあった柊がようやく吾を取り戻すと、今度は猛烈な羞恥心に襲われた。


 木乃伊が目を覚ましているとは知らずに、絵本なんか読んで、変な奴だと思われたのではないか。

 頬が熱くなり、柊は大きな音を立てながら立ち上がった。


「き、君……気がついたの? 大丈夫? あの、どこも痛くない?」


 しどろもどろになって、自分の恥ずかしさを紛らわせようと質問したのだが、木乃伊からはなんの反応も返ってこない。


 あまりの反応の無さに、不安感が広がる。

 柊は思わず木乃伊の指先を握った。


「どうしたの? どこかいたいの?」


 そう聞いても、指先に力が入るわけでもなく、顔を顰めるでもなく、蜜色の瞳がただ微動だにせずに、こちらを見つめている。


「ぼ、僕、ドクターを呼んでくるよ!」


 木乃伊に背を向けて、部屋の入口へ向かおうとしたのだが、柊はくいっと服の裾を引かれる感触に、動きを止めた。


 振り返ると、羽織っていた淡色のシャツの裾を、木乃伊の指先がしっかりと握り込んでいる。


「え?」


 柊が戸惑いの声を上げた途端、白い指先は、服の裾から離れ、また力なく布団の上に投げ出されてしまった。


「……いらない……」


 ひどくかすれて、聞き取りづらい声だった。


「え?」


 柊が木乃伊の上に乗り出すように身を屈めると、木乃伊は幾分眉を寄せた。


「なに?」


 耳を傾ける。


「いらない。だれも、いらない。どこも、痛くない」

「え? そうなの?」


 木乃伊の言葉を聞いた柊は、素直に先程まで座っていた椅子に腰を下ろしてしまった。


 けれどもその途端に『こんなにたくさん怪我をしているのに、痛くないって本当だろうか?』とか『早くドクターを呼んだほうがいいんじゃないだろうか?』などという思いが、むくむくと湧いてくる。


 それに、目覚めた木乃伊と、どう接したらいいのかわからなくなってしまった。


「あの、僕……」

「さっきの本……」


 僕邪魔かな? そう聞こうとした柊の声に、木乃伊の声が重なる。


「あ! うん!」


 柊は丸いテーブルの上においてある絵本を取り上げた。


「この絵本?」


 表紙を見せるが、木乃伊からの返事はない。それでも、ようやく木乃伊が興味を示してくれたことが嬉しくて、柊は重ねて質問をした。


「君もこの絵本、読んだことある? 僕、この絵本すごく好きなんだ……」


「ない」


「そ、そう? ないんだ。えっと、君さっきはずっと目が覚めていたのかな?」


「もう一度……」


「え?」


「もう一度、読めよ」


「え!?」


 やっぱり聞かれていたのだ。


 木乃伊に聞かせようとして絵本を読んでいたくせに、自分で気が付かないうちに聞かれていたと知ると、柊はまたもや羞恥心が燃え上がり、体中がぽっと熱くなってきた。おそらく顔面は赤みを帯びているに違いない。


「え? え? あの……」


 慌てる柊を、琥珀色の瞳がただひたすらに見つめている。


「えー、こほん」


 べつに喉の調子が悪いわけでもないのに、一つ咳払いをして、柊はとりあえず落ち着こうとした。


「じゃあ、読むよ?」


 返事は期待しなかったのだが、木乃伊の少し目尻の下がった目が、すっと閉じて、またパチリと開いた。

 右目は腫れていて、はっきりと開くことができないみたいだ。


「ひとりになりたかった さかなのはなし」


 柊はさっきよりも、もっと心を込めて、観客に向かって語り始めた。


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