木乃伊・4
絵本としては長めの話を語り終え、柊はぱたんと小さな音を立てて本を閉じた。
「素敵なお話でしょう?」
横たわる木乃伊の様子をうかがおうとした瞬間、柊は驚きのあまり声を上げかけてしまった。
実際、開いた口からは、ひいっという情けのない呼吸音が大きく漏れ聞こえていた。
なぜそれほどまでに驚いたのかというと、木乃伊の瞳が、柊をじっと見つめていたからだ。
初めて見た木乃伊の瞳は、日本人としては極めて色味の薄い、琥珀のような色だった。
しばらく放心状態にあった柊がようやく吾を取り戻すと、今度は猛烈な羞恥心に襲われた。
木乃伊が目を覚ましているとは知らずに、絵本なんか読んで、変な奴だと思われたのではないか。
頬が熱くなり、柊は大きな音を立てながら立ち上がった。
「き、君……気がついたの? 大丈夫? あの、どこも痛くない?」
しどろもどろになって、自分の恥ずかしさを紛らわせようと質問したのだが、木乃伊からはなんの反応も返ってこない。
あまりの反応の無さに、不安感が広がる。
柊は思わず木乃伊の指先を握った。
「どうしたの? どこかいたいの?」
そう聞いても、指先に力が入るわけでもなく、顔を顰めるでもなく、蜜色の瞳がただ微動だにせずに、こちらを見つめている。
「ぼ、僕、ドクターを呼んでくるよ!」
木乃伊に背を向けて、部屋の入口へ向かおうとしたのだが、柊はくいっと服の裾を引かれる感触に、動きを止めた。
振り返ると、羽織っていた淡色のシャツの裾を、木乃伊の指先がしっかりと握り込んでいる。
「え?」
柊が戸惑いの声を上げた途端、白い指先は、服の裾から離れ、また力なく布団の上に投げ出されてしまった。
「……いらない……」
ひどくかすれて、聞き取りづらい声だった。
「え?」
柊が木乃伊の上に乗り出すように身を屈めると、木乃伊は幾分眉を寄せた。
「なに?」
耳を傾ける。
「いらない。だれも、いらない。どこも、痛くない」
「え? そうなの?」
木乃伊の言葉を聞いた柊は、素直に先程まで座っていた椅子に腰を下ろしてしまった。
けれどもその途端に『こんなにたくさん怪我をしているのに、痛くないって本当だろうか?』とか『早くドクターを呼んだほうがいいんじゃないだろうか?』などという思いが、むくむくと湧いてくる。
それに、目覚めた木乃伊と、どう接したらいいのかわからなくなってしまった。
「あの、僕……」
「さっきの本……」
僕邪魔かな? そう聞こうとした柊の声に、木乃伊の声が重なる。
「あ! うん!」
柊は丸いテーブルの上においてある絵本を取り上げた。
「この絵本?」
表紙を見せるが、木乃伊からの返事はない。それでも、ようやく木乃伊が興味を示してくれたことが嬉しくて、柊は重ねて質問をした。
「君もこの絵本、読んだことある? 僕、この絵本すごく好きなんだ……」
「ない」
「そ、そう? ないんだ。えっと、君さっきはずっと目が覚めていたのかな?」
「もう一度……」
「え?」
「もう一度、読めよ」
「え!?」
やっぱり聞かれていたのだ。
木乃伊に聞かせようとして絵本を読んでいたくせに、自分で気が付かないうちに聞かれていたと知ると、柊はまたもや羞恥心が燃え上がり、体中がぽっと熱くなってきた。おそらく顔面は赤みを帯びているに違いない。
「え? え? あの……」
慌てる柊を、琥珀色の瞳がただひたすらに見つめている。
「えー、こほん」
べつに喉の調子が悪いわけでもないのに、一つ咳払いをして、柊はとりあえず落ち着こうとした。
「じゃあ、読むよ?」
返事は期待しなかったのだが、木乃伊の少し目尻の下がった目が、すっと閉じて、またパチリと開いた。
右目は腫れていて、はっきりと開くことができないみたいだ。
「ひとりになりたかった さかなのはなし」
柊はさっきよりも、もっと心を込めて、観客に向かって語り始めた。




