万里香・1
柊は和眞に与えられる快楽に溺れていく自分自身を、不思議な気分で眺めていた。
昨夜も激しく抱かれたばかりなのだ。まさか今晩、和眞が自分を求めてくるとは思っていなかった。
弓削昴と思われる人物からの連絡を受け、姿を消した和眞が帰ってきたのは、十時を回ろうかという遅い時間だ。
何があったのか探ろうとするのを遮るように
「遅いから、また明日な」
と答える和眞の手が、柊の頭の上に乗った。
「……はい」
和眞の表情には、柊に対する気まずさなんて、微塵も感じられない。それどころかどこか甘く目を細めて、柊を見つめている。
これだ。この表情なのだ。この愛おしいものを見るかのようなこの目が、この顔が、柊の心を締め付けてくる。
弓削昴との間に、何があったのか。
和眞は本気で昴のことを好きだったのではないか。だから妊娠相手であるという嘘を否定しなかったのではないか。そうすることで、昴を手に入れようとしたのではないか。
和眞の帰りを待つ間、戻ってきた和眞は、自分に対してどんな態度を取るだろうかと、柊は想像し、心の準備を整えていたはずだった。
どこかよそよそしくなるだろうか。
目を合わせなくなるかもしれない。
それなのに、予想を裏切るような甘い表情で見つめられて、そのまま押し倒されてしまった。
予想外過ぎて、さすがの柊の気持ちもついていかない。
いつもだったら、余裕のある笑顔をみせて、先を急ごうと滾った和眞のものを丁寧に愛撫してやるのに。
「え? 和眞様……お疲れなのでは……ちょ? ちょっと……」
などと混乱している内に、あれよあれよと和眞に翻弄されていた。
そういえば今までベットインするときは、シャワーを浴び、すでに裸の状態だった。服を着たまま、いきなり押し倒されたのは、はじめてかもしれない。
いつの間にやら柊の衣服は剥ぎ取られていたのだが、和眞はまだ半袖のシャツを着たままだ。
和眞の白くなめらかな肌を直に感じたくて、柊は身悶えた。
柊の耳に「どうした?」と、低音が問いかける。その声にすら、感じてしまいそうだった。
直接誰かの肌に触れたいと渇望したことなど、これまであっただろうか。
「服、嫌です。あなたの肌を感じたい……」
吐息混じりの掠れ声だったが、和眞にはきちんと届いたのだろう。軽く触れるような口吻を残して身を起こすと、和眞は来ていたシャツを脱ぎ捨てた。
柊はせわしなく息を継ぎながら、顕になった和眞の胸板をうっとりと見上げる。
そのなめらかな肌に向かって手を伸ばす。覆いかぶさってきた和眞の胸板にぴたりと手を添えると、しっとりと吸い付くようでいて、するりと滑らかだ。
けれど、柊は知っている。決して口には出さなかったけれど、和眞の身体には、所々に少し引き連れたような跡がある。
ほんのりと赤みを帯びるその傷跡に指を滑らせてみたいと思うのだが、自分ごときがそこに触れてはいけないような気がして、そこに指を伸ばすことは、躊躇われた。
よそ事を考える柊を戒めるように、和眞の指先が、柊の肌に小さく爪を立てる。
「ああ……っ!」
その痛も、今の柊にとっては快楽でしかない。
相性がいい。つまりそういうことなのだろう。
仕事なのだからと特に和眞との相性は気にしなかった。結城のシステムを使えば和眞と柊の相性について、遺伝子レベルまでの解析は可能だろうが、柊はそれを望まなかった。相性が良かろうが悪かろうが、相手をすることに変わりはないのだし、和眞を虜にしてやろうというつもりで学園に乗り込んできたのだ。
余計な事前情報など、特に必要はない。
そう思っていたのに、この鷹司和眞という男は、柊の予想をことごとく裏切っていく。
何枚も重ねた薄いヴェールを剥ぎ取っていったら……その中心でうずくまる和眞自身は、一体どんな男なのだろうか。
知りたくなる。いや、それを知らなければならない。上辺だけで関わっていたのでは、きっとこの男を変えることはできないのだ。
いつだって自分は男を翻弄して、コントロールして、思いのままに操って……そうするすべを教えられてきたのに。それがオメガである自分自身の武器なのに。
揺さぶられ、快楽に溺れるのは、自分ではなく和眞でなくてはいけないのに……。
負けて、しまう。
脳内が空っぽになってしまいそうな快楽に飲み込まれながら、心の奥底で、そんな思いがリフレインする。




