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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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身勝手・13

「昴が姿を消した今、僕の持っている情報にはなんの価値もなくなってしまったからね。それよりも、君たちに話したほうが有益だと、僕なりに判断したんだよ。君たちは、昴についての何かしらかの情報を持っているんだろう?」


 三人は視線を交わし、小さく頷きあう。


「弓削様は和眞様に助けを求めていらっしゃった……」


 このくらいの情報は、この校医に与えても構わないだろう。


「そうか……」


 英治は三人から視線をそらし、保健室から見える校庭の木々に目を向けた。パチパチと瞬きをした目が、わずかに赤く充血している。


「彼がもし、鷹司くんを選ぶのなら、そのほうが幸せなのかもしれないね」


 和眞の様子と照らし合わせてみると、昴は案外この学園の近くまでやってきているのかもしれない。


 そんなことを話そうとしていたら、柊の身につけていたウェアラブル端末が小さく震えた。


 ウィンドウには和眞の顔写真が映し出されている。


「和眞様! どこにいらっしゃるんです!」


 柊は素早く端末とリンクさせたイヤホンを耳に装着する。ワイヤレスのイヤホンは、ペンのようにシャツの胸ポケットに差し込むことができるタイプだ。


『柊、授業中じゃないのか……』


「和眞様がいらっしゃらないのに、授業に出る意味がありません!」


 イヤホンの向こうでふっと空気が揺れた。笑ったのだろうか、溜息をついたのだろうか。


「せっかくここまで無遅刻無欠席だったのに……」


『すまない』


「いえ、ただ残念です。明日の終業式には戻ってこられますか?」


 和眞と会話をしながら柊は立ち上がり三人に背を向けた。


 それでも後ろの三人視線は痛いほどに感じる。


『ああ、大丈夫。少し遅くなるかもしれないが、今日の夜には戻るよ』


「和眞様……何があったのか聞かせていただけますか?」


 小さな沈黙だったが。柊にとっては、長く、そして重たく感じられた。


『悪いやつに追われている友達を、知り合いのところに匿っただけだ、じゃあ、夜に』


 夜に。その言葉が終わると同時に切れる通話。


 リストウォッチタイプの端末の画面が、暗くなっていく。


 気持ちを切り替えて「和眞様からでした」と振り返った柊を、六つの目が待ち構えていた。


 柊はまた丸椅子に腰を掛けると、こちらを心配げに見つめる英治の瞳を覗き込んだ。


 見つめ返され、英治は戸惑うように数度瞬きをする。


「もし、あなたが弓削昴との未来を望むのなら、そして彼もそれを望んでいるのなら、私はあなた達に協力したいと思います」


 静かな宣言の裏で、柊の中に生まれた京極家への怒りは、少しずつ嵩を増し、心の内をひたひたと満たそうとしている。


 誰かを人質にとって、目的を果たそうなどというのは、恥ずべき行為だと思っている。もしもそれが、目的を成し遂げるための近道だったとしても、柊はその手段を用いずに目的を成し遂げることを良しとしたい。


 その誘惑に負ける者たちを、だからこそ、許すことができない。


「ぼ……僕も!」


 護の手が、柊の拳に重なった。


「ったって、なんもできねえじゃん」


 怜生はため息を吐きながら肩を竦める。


「ちょっと、君、弓削昴が心配だったんじゃないの? 僕にどうなったか聞いてきたくらいじゃない? あ、嫉妬? 昴が先生を好きだったからって、嫉妬してるわけ? いいよ、君。協力したくなかったら……」


 いつもの調子で攻め立てる護の声を遮るように、怜生の拳は、側にあったデスクの上を強く叩いた。


 とたんに護るの身体はビクリと震える。


「な、なんだよ!」


 と、強がりつつも表情に浮かぶ怯えを、護は隠しおおせてはいない。


「誰も協力しないとは言ってない」


 護をにらみながら、言う怜生に「じゃあ、決まりですね」と、柊はにっこりと微笑んでみせた。


 この二人のことも、できることならなんとかしたいが、今はそんな時間はない。


 柊は英治に向かって頷いてみせる。


「どこまでできるかわかりませんが、帰ってきた和眞様に探りを入れてみましょう。もしかすると弓削様の居所がわかるかもしれませんし……」


「ありがとう……」


 英治が深々と頭を下げた。

 数秒間の後、顔を上げると、気分を切り替えるかのように大きな声で明るく話し出す。


「授業始まってしまいましたね、三人は昼休みに具合が悪くなって保健室に来ていたことにしますよ。何しろ僕は、校医、ですからね。もしよければ本当に少し横になっていってください」


 英治は保健室に備え付けられている、内線用の受話器を指差した。


「では先生、甘えついでに、可能ならば、私と和眞様に早退の許可をいただけないでしょうか?」


 そう申し出ると、英治はそんなのは簡単なことだと請け負ってくれる。


 これで、和眞のサボタージュもなかったことになる。


 柊は胸をなでおろし、早々に英治に付き添われて、寮へと向かった。多少、元気のない様子を装いながら。


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