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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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身勝手・11

「全部だよ先生。それに俺、先生の知らないことも知ってるし」


 じりじりと迫る怜生に、英治は青ざめながら少しずつ後退していく。


「心配ですよね、先生。昴のこと。ついさっき昴から電話がかかってきたんですよ」


 そう怜生が言った途端、英治は顔を上げた。


「陣内君、君、彼の居場所を知ってるのかい!?」


 語るに落ちるの見本のようだ。と他人事ながら柊は頭を抱える。こんな人物が本当に弓削昴の相手なんだろうか。


「はい、先生どうぞ」


 護が保健室のデスクの前にあったキャスター付きの椅子を運んで来た。


「ゆっくり話ましょうか?」


 三人に囲まれて、英治は観念したように護が差し出した椅子に深く腰を下ろした。


 それを見届けて、怜生と護も、近くにあった椅子に腰を下ろし、柊も壁の隅に寄せてあった丸椅子を引っ張り出す。


 腕組みをしていくぶん背を反らし、見下ろすように英治に対峙する怜生は、まるでこの部屋の主のようだ。


「護のお腹の中の子って、あれ、鷹司じゃなくて……父親、先生ですよね?」


 英治はもう観念したように顔を片手で覆ったまま「そうだよ」と答える。


「何故です?」


 柊のつぶやきは、この場にはいない和眞に向けたのもだった。


 自分の子ではないのなら、何故それを周囲に話さなかったのか。鷹司家という後ろ盾もあるのだ、本当のことなら、きちんと認めてもらえるはずなのに。ことは綺族の跡目争いにまで発展するような事柄なのだ。希望すれば遺伝子レベルでの検査を受けることだってできるかもしれない。


 なのに彼は、何故自分を追い込むような行動ばかりを取るのか。


 柊の思わず発した問は、和眞に届くはずもなく、その代わりに英治が答えた。


「何故ってそりゃあ、僕だって突き放そうとしたよ、彼を。でもね、発情して縋り付いてくるあの子を、無下にはできなかったんだよ」


「はあ!? あんた、それってどういう! アフターピルは! 飲ませたんですか! あんた、校医でしょ? アルファならまだしも、ベータがフェロモンに飲まれるわけ無いよね?」


 激昂する護の気持ちを、オメガである柊には理解することができた。


 発情したオメガが悪い、発情をコントロールしていなかったオメガが悪い。


 オメガが望まぬ妊娠をしたとしても、世間一般の認識は、そんなものだ。


 目の前の英治に怒りを覚えるが、柊にはまだまだ疑問が山のようにありすぎて、護のように英治を問い詰める気にはならない。


「違う、そ、そうじゃない!」


 三人の生徒を前に、保健医は激しく手振った。


「違う? じゃあこいつに話してやってくれませんか? 先生」


 怜生の指先は柊に向いている。


「鷹司和眞の婚約者なんですよ? 知る権利はありますよね?」


 英治は、もともと下がり気味の目尻を、困ったように更に下げ、ぼそりぼそりと語りだした。


「僕は……あの子を好きだったし、あの子も僕のことを好いてくれた」


「はぁ?」


 護のきつい口調に怜生がまあまあというように手を振る。


「本当だよ!」


 英治の声に、力がこもった。


 本当だろうか。この男と、弓削昴はお互いに好きあっていたのだろうか。


 英治には申し訳ないが、いくら落ちこぼれだったとはいえ、名門の直系長子アルファである鷹司和眞と、優秀だとはいえ、平民出身の学校の一校医である鳴海英治とでは、比べ物にならない。しかも英治はベータなのだ。百人のオメガがいたとしたら、九十九人、いや、百人全員が鷹司和眞を選ぶのではないかと思われる。


 家柄や性別だけではない。性格も、どこかおどおどした英治よりも和眞のほうが魅力的だと思うし、外見は、言わずもがなだ。


「俺は信じますよ。先生。あいつから直接聞いてますからね。あんたのことを好きだったって」


 そういった怜生に護と柊の「えっ!?」という驚きの言葉が重なる。


「そうか……」


 英治がしんみりとつぶやき、怜生を見上げた。


「昴にも、秘密を打ち明けられるような友達がいたんだね……。陣内君も、それをこれまで秘密にしていてくれたんだね……」


 しみじみと語る英治に嘘はないように見える。第一この男、あまり嘘がうまいようには見受けられない。


「あなたたちが好きあっていたのなら、問題はないでしょう? 弓削昴はオメガだ。発情したら早くに婚姻を結ぶことがベターとされている性です。学生結婚をしても不思議ではない。まあ相手がベータであるというのは珍しいですが、無いわけではない。そこに和眞様がどうして関わってくるんです?」


「全くですね。風紀委員としても、納得のいく答えをいただけなければ、黙っているわけにはいきませんよ?」


 膝の上で握りしめられた護の拳に、ぎゅっと力がこもる。


「あー、そりゃあなあ」


 ぐるぐると出口にない思考の渦から柊を引き上げたのは、怜生の声だった。


「俺もちゃんと聞いたわけじゃないんだが、昴は鷹司を誘惑するために何者かがこの学園に送り込んだ生徒だった。ってわけですよね? 先生。で? 先生は、昴の後ろにいる奴らも知ってるんですか?」


 怜生の言葉に英治は一瞬見を固くすると、眼球だけであたりを見回し、そっと首を縦に振った。


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