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運命の隷属  作者: 観月
第二章 運命は密やかに立つ
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身勝手・7

 護と怜生の間でその後どんな話がされたのか、それともされなかったのか、それはわからないが、護がそれでいいというのなら、柊がわざわざ波風を立てようとは思わない。当人たちにしかわからない、理由というものがあるのかもしれないし、今現在、護はそれほどまでに怜生を恐れているようにも見えない。


 怜生の姿を見つけた護の足は、気持ち速度を落としたが、暫くすると、意を決したように元のリズムを取り戻した。


 いや、元のリズムよりも幾分早く、そして足音も大きくなったような気がする。


 本を読んでいた怜生も、護の足音に気づいたようで、顔を上げると、こちらを振り返った。


「見回りか?」


 護よりも先に、怜生のほうが声をかけてくる。


「そうだよ……。本、読んでるの?」

「それ以外、何をしているように見えるんだ?」


 皮肉めいた内容とは裏腹に、怜生の声音はのんびりとしている。


「お前たちも一緒かよ……」


 柊と和眞に視線を移しながら、ほんの少しうんざりとしたように言う。


「こんにちは」


 柊は挨拶をしたが、背後に立つ和眞の声は聞こえない。


「ああ、結城柊、ね。入学式のときは悪かったな」


 今日の怜生は落ち着いていて、あんなふうに激昂していた人物とは、まるで別人のように柊は感じた。


「和眞。そんな怖い顔で睨むなよ。お前の嫁に、もう手を出したりしねえよ」


 怜生は声に苦笑の色が混じる。


「べつに……」


 和眞の声に苛ついたような感情のさざなみを感じて、柊は思わず振り返ったのだが、ちょうどその時、小さな電子音が聞こえてきたせいで、和眞の表情を見ることはできなかった。


 四人揃って顔を見合わせる。


 電話の呼び出し音だと気づくまでに、しばらく時間がかかった。


「誰だよ……」「あれ? これ、電話?」


 全員が驚いたような顔をして、そぞれが同時に、身に着けている端末を確認する。


 柊と護は腕時計タイプのもの。怜生と和眞は折りたたみ式のモバイルPCを胸ポケットから取り出す。


 大抵の端末には通話機能もついているのだが、コロニーをまたぐとつながらないことも多く、あまり利用されることはない。メッセージ機能ならまだしも、通話となると固定のものを使うことが一般的だ。


「俺か」


 和眞が端末を耳に当てた。折りたたまれたままの状態で通話することができる。


『和眞! つながってよかった!』


 心底安堵したような弾んだ声が、漏れ聞こえてくる。


『お願い、助けて!』


 盗み聞きするつもりなど無くともはっきり聞こえたのだから、しょうがない。早くまくしたてるような喋り方に、相手の余裕の無さが感じられた。


 電話に出ているのが本当に和眞なのか、確認するのも忘れるほどに急いているのだろうか。


 その声を聞いたとたん、陣内怜生の動きが止まった。護の目が、大きくぐるりと動く。


「おまえ、どこにいる?」

『お願い! 切らないで!』

「切らないよ」


 和眞は空を見つめながら、いくぶんゆっくりと答える。


 聞き耳を立てながらも、怜生と護の視線がぶつかり合う様子を、柊は興味深く見つめた。


 沸き立つような好奇心もあったが、その後ろから、嫌な予感が追いかけてくる。


 和眞に助けを求める相手、かつ怜生と護にこれほどの緊張をもたらす相手。


 弓削昴。


 今回の仕事を引き受ける際に予備知識として渡された資料の中にその名はあった。


 和眞の恋人であり、妊娠騒ぎを引き起こした相手。お互いの保護者と学校を交えての協議を目前にして、姿をくらませたという生徒。


 柊に事前に与えられた弓削昴についてのプロフィールはこの程度のものでしかない。


 漏れ聞こえる会話から、少しでも情報を得られないかと聞き耳を立てたのだが、和眞が三人から距離をとったために、もう話の内容は聞こえてこなかった。


 暫くして、すぐに通話を切った和眞は、あずま屋へと戻って来る。


「陣内」

「あ?」

「後を頼む」


 相手について尋ねることどころか、留める暇さえなかった。柊が和眞の言葉の意味すら理解しない内に、和眞はもうこちらに背を向けて走り出していたのだ。


「なんだと、鷹司!」

「和眞様!」


 怜生と柊の叫び声が重なった。


「ちゃんと連絡する!」

「連絡って……?」


 柊の疑問は宙に投げ出されたまま、答えてくれるはずの相手は、もう、そこにはいない。


 追いかけようかと一歩踏み出しそうになったが、結局柊はその場から動かなかった。


「いいのか?」


 怜生の問に「私では、追いつきませんから……」と答える。全力で追いかけたところで、和眞には追いつかない。


 ふうっと肩の力を抜くと、柊は歩き出した。


「ちょ……っ! 結城君! どこへいくつもり?」


 慌てたような声は護だ。


「え? どこって……見回りの途中ですよね。さ、行きましょう」


 護と怜生が後を付いてくる気配を感じながら、柊はまっすぐに、遊歩道を歩いていた。


 何気ないふうを装いながら、それでも自分自身の胸の鼓動が早くなっていくのを、どうにもとめることはできなかった。


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